第十五話 漆黒の武神の闘い


「ロバート王。我らの主である若さまがすでに援軍に移動中ですので、ご安心くださいとのことです。我々、刃黒流術衆と御庭番衆は防衛体制をとります。


ただ、今双方が争う最中に我らが参戦すると我々だけではなく、世界を巻き込む大戦になり、今後どちらとも敵対する覚悟の確認を、聞くように言われました」


ロバート王は口で伝えるよりも早く頷いた。


サツキはディリオスへの要請を使者にも伝えた。


「御使者、もうご安心ください」


使者は苦悶の表情で問いかけた。

「失礼ながらディリオスさまお一人で行かれたのですか? 敵は魔族と天使が相手で千五百ほどいます。多勢ですが大丈夫でしょうか?」サツキに申し訳なさそうに使者はたずねた。


「全く問題はありません。我々の予定は変わりますが、例え万を数える多勢であっても今の若さまに敵う者はいないでしょう。もう安心して怪我の手当を受けてください」サツキは微笑みを交えた顏で伝えた。



 ディリオスの気がかりはサツキも同じく考えていた。天使の指揮官だけを倒せば、第八位の天使の軍団が出てきて、悪魔と我々は襲われる。


そうなれば第八位の悪魔が優勢に立たされ、現在のように均衡が崩れてしまう。

悪魔が優勢になるほど天使が劣勢なら、人間はうまくその均衡を調整していかなければ非常に不味い事態になってくる。


今はまだ敵は弱いから対応出来ているだけで、悪魔が優勢なまま中位クラスが出てくる事になると考えるだけで、国家単位で被害が出てくる。


その詳しい事情を話す時間は無かったが、天魔聖戦の再来になる事を知る者たち覚悟した。


今はまだ身体及び特殊能力も身につけだしたばかりであり、一部の人間しか戦えない。皆が戦えるようになってから動こうとしていたが、これほど早くこの戦いに参戦するつもりは無かった。

 

そしてディリオスは、本当の意味での実戦をいきなりする事への不安はあった。試してみたいことは多数あったが、それらをいきなり一秒が命取りという文字の如く、命取りとなる実戦をすることは、彼らしくない行動であった。


 この援軍は人類滅亡の道を進むことになる可能性の高い、行動だと新たな主となったディリオスとサツキは気づいていた。だからえてロバート王のに再確認した。



普段ならすぐに助けにいく真の強さを持つディリオスが、再確認を求めた事を改めてサツキは考えてみた。


確かに世界中を巻き込む戦いになる。

しかし、それだけじゃないはずだと、サツキは思い起こした。

あの方がわざわざ再確認させた事には理由があると。

サツキはしばらくその訳を考えた。


(人類全体で結束しなければ勝ち目はない。人類同盟軍が仮に可能だとしても、

それには多くの時間と犠牲が必要になる。


どこかの国が一瞬で滅びるほどの事でもない限り、同盟の話を出したとしてもすぐに結束など出来る訳がない。


元々不仲な国も幾つかある状態から、本物の同盟を結ぶことなど不可能に近い事は、あの方もご存じのはず。今は敵が弱いから誰も何も言わないし、関わろうとしないはず。


でもこの先、敵はどんどん強くなる。


そして多くの国々に犠牲者は増えていく、そして人間は身勝手な生き物だから、必ずこの天魔聖戦の事を何も知らない人たちは引き金を引いた人間を責めることになるのは明らかだわ。


引き金を引いたのは人間ではないのに、必然的にエルドール王国は多数の部族や国に、責められる立場になることに必ずなる)



イストリア王国とエルドール王国、刃黒流術衆だけでは勝ち目は全くない。だから再確認させたんだと思うと、ディリオスは先の先まで考えて動いていることを理解した。


そして私は遅れてその事に気づいた以上、彼は更に深くまで考慮していて、この最悪の結果から抜け出す抜け道を探しているのだろうと思った。


サツキとアツキは彼の従者であったからあの言葉は何度も聞いてきた。


”日常が崩れ非日常が起きた時には、必ず裏で何かが起こっている”


サツキは彼の常に、先の先を見る力も能力者並みだと感じた。



 黒い戦士は疾走しながら今後の情勢確認と、己の能力を活かす戦い方を自分なりに考えていた。

森を抜けた彼の目にはざっと見ても千以上の魔族に対して、天使は二百ほどしかいなかった。



(あれか。魔族のほうがまだあれほど多勢なのか。あの絵巻物にあった天使が人間も状況次第で倒すとはこういうことか。


天使は人間を食らえば、混沌の思想が体に入り堕天使となるため情勢を変えるには、悪魔どもの力がこれ以上高くなるのを抑えるために、人間を殺すのか。


魔族からすれば食べれば力を増す神の遺伝子とやらは、魔族にとっては御馳走のようなものだな。俺たちは力をつけるまでは、今後は戦いを控えよう)



黒衣の男は百本の飛苦無を繋げている黒装束の留め金に、走りながら手をかけた。


サツキは神経を集中させてディリオスの力を感じ取り、どう動くのか見ていた。

エルドールから魔の穴に行く時に見せた時は半分の力だと言っていたが、更に遥かに上昇しているであろう身体能力と独自の特殊能力の使い方にも気になった。


 アツキはサツキのように力を感じ取る能力はなかったが、気になって仕方がなかった。その強く強く願う思いは、特殊能力の開眼に繋がった。


主の声は聞こえなかったが、天使の会話や魔族の会話を覗くように感じ取れるようになっていた。元々諜報活動を主な任務としていたアツキだからこそこの能力を身につけた。



(人間が一人でこちらに向かってきています。高速移動の能力者並みの速さです。高遺伝子所持者だと思われます)天使の声が聞こえた。



(今は悪魔どもを倒すことに集中するのだ。悪魔の指揮官は多数の人間を食べたようだ。今のわたしより力はあるが、戦闘とは力に多少の差があっても絶対に強いほうが勝つとは限らない。


しかし、勝つための最善の努力は行わないといけない。

わたしは指揮官である以上絶対に負けるわけにはいかない。悪魔どもは人間を執拗しつように狙っている。


その隙をついて悪魔どもを片付けていき、悪魔の指揮官の力を少しでも削ってわたしの勝機を上げるのだ。こちらに向かっている人間は、人間を襲う悪魔を倒すはずだ。


我々には丁度いい、我ら天使は人間を狙わずしばらく静観しておこう。その人間には構わなくていい)



天使の会話がアツキの頭の中に流れ込んできた。天使の指揮官は声質からして女の戦士だとわかった。


(魔族はまだ精鋭部隊込みで千近くはいる。天使の精鋭部隊はほとんど減ってしまい二百程しかいなかった。若さまはどの敵から倒すのだろう)サツキもアツキそれぞれの能力を使い、ディリオスに集中していた。


 人間を襲う悪魔たちの前に激走したまま立ちはだかって、己を標的にさせるためにディリオスは躊躇ためらうことなく一気に真の力を解き放った。


彼の思惑とは逆ではあったが、全ての悪魔と天使は黒衣の者の力により人間を襲わなくなった。


時間にすれば短いが静止した世界が生まれた。


 黒い武神はその動きを止めた一瞬に、黒衣の留め金を外して天に飛翔した。

黒い刃を黒衣と夜の闇に紛れさせながら、高速で飛苦無を蹴り上げていく姿は飛んでいるかのように見えた。


(この人間は飛べるのか?! 光速移動能力者ではない。皆、気を抜くな! 本気で戦え!!)魔族の指揮官の声がアツキに聞こえた。



 魔の指揮官の命令が悪魔たちに伝わりきる前に、男は黒衣を脱ぎ捨てると黒刀を抜き魔族の集団の中に飛び込んだ。人間の男は最後の固定させた苦無を足場にして、密集している魔族に向かって高速で回転して全てを斬り捨てた。


それらの死んだ悪魔を蹴りつけながら他の悪魔にも襲いかかった。魔族は警戒し人間から距離を取っていった。そのおかげで敵は彼の能力は飛行能力だと思い違いを生んだ。


ディリオスはこの時、敵が吹き飛ばないように一瞬だけ蹴りつける事によって次の敵へと繋げていた。

僅かな間合いだと彼が飛行能力でない事はバレていたが、敵が距離を取ってくれたことによりそれを可能にした。彼の高速の動きについてこれる者は悪魔には皆無であったのも功を奏した。


皆戦いに集中しており不自然に空に漂う黒衣に目を向けるものは誰一人としていなかった。

黒い衣には黒い刃が数十本隠れていると思う者は誰も。


 ディリオスの黒刀は、指揮官近くの精鋭の悪魔の頭から心臓までを斬り離した。指揮官には目もくれず、その悪魔を足蹴にして目に留まる悪魔に次々と襲い掛かった。


悪魔たちの視線が、ディリオスに向けられた。彼は黒刀の威力や自らの跳躍力を試していた。


男は頃合いを見計らい、黒衣を風に靡かせながら悪魔の背後から頭部と心臓のみを貫いた。

そして自らは空中にその心臓を破った飛ぶ刃を蹴って、直線上にいる悪魔を黒刀で確実に仕留めていった。


突然の両脇からの思わぬ攻撃に、悪魔たちは次々と命の灯を消していった。


黒刀を手に縦横無尽に目で追えない速さは、飛ぶごとに加速していった。それは多数の鏡に光が反射を繰り返していくように高速で悪魔の命を消していき、闇夜に交じって魔族を斬り落としていった。


彼が作った苦無と苦無で出来上がった多数の空の道を通った後には、生者はおらず一瞬で斬られ地へと落ちていく者は増えていく一方だった。

既に数百の魔物が地へと落とされ塵となって消されていた。

 

 魔の者は指揮官と少数の精鋭以外は一斉に逃げるように地上へ向かった。天の者たちもそのまま空からゆっくりと様子を見ながら下りてきた。


 ディリオスは天使を一瞥し、確認した。地上に下りた天使の精鋭は皆、武装化していたのに対して指揮官が武装化してない事を不思議に思ったが、襲ってくる気配がない事を確認したと同時に、地上に下りた指揮官以外の魔族に向かって、彼の熱い魂を刃に宿して疾走した。


彼の移動速度は速かった。しかし、全力では無かった。

彼はすでに誰にも気づかれないように、苦無を地上にも落としていた。


 魔族たちは一番固い防御態勢を取っていた。

大地に大きな地響きが幾つも周囲に轟きわたり、そのことからかなりの重さと硬さであることを彼は知った。


ディリオスは悪魔が完全に防御態勢を取るのを待っていた。弱い相手ではあるが防御に徹した時の硬さを知るために。

それを見届けると彼は苦無の上に足を乗せて一気に身を低くして速度を上げた。彼は追い風に吹かれて疾風となった。


そして両の足の下にある左右の飛苦無を参列になっている悪魔の両脇に飛ばして、自らは疾風のまま一直線に走りながら、中央に身構えている悪魔に光速で剣を鞘から抜くと同時にそのまま下から斬りつけた。オーサイに振るった剣の威力とはまるで違って渾身の一撃は激風を呼んだ。


固さが自慢の悪魔たちを真正面から、何の抵抗もなく最後の悪魔まで斬り分けた。

彼は自分自身でも信じられないほど強くなっている事に気づいた。


彼はあらゆる場所に飛苦無の足場を作って固定させていた。

そして地上に下りた悪魔たちに、空中固定していた飛苦無の雨を一斉に降らせた。

彼の能力で更に切れ味を増した飛ぶ刃は、そのまま黒い鎧ごと貫いた。


 黒い戦士はそれに紛れて苦無を空中に幾つか上げて固定させた。自らもその黒い砂塵の中に入り、黒刀を利き手の左手で柄を握ると空中にいる悪魔の精鋭を頭から下まで割ってみせた。ディリオスは同時に他の苦無も悪魔を囲むように空に散らしていた。


怒りに身を任せて絶え間なく命の火を消していった。彼を遮るものはこの世界にないほどの勢いで、次々とこの世界から悪魔は消えた。


 

不動のドラガ族にディリオスは合図でエルドール王国に行くよう促した。怪我人も多くいたため彼はアツキに連絡して、命じていたレガに怪我人の回収と治療をするよう伝えた。


ドラガ族が動いても悪魔も天使も動かず人間の男から目を離さなかった。


 殺意に満ちた男は再び黒衣を纏った。

飛ぶ刃もいつもの場所に流れ込んでいき、彼は再び黒衣で身を包んだ。彼は実戦で色々試していた。味方には出来ない能力を使った殺しの技を。


自ら両方とも殺す気でいたがあまりの弱さに、このまま相殺させようかと思い直していた。


しかし、予想よりも悪魔の指揮官の強さが天使の指揮官を上回っていることに気づき、均衡が崩れると予想外な事が起こるだけでなく、勢い次第では後々自分の手に余ることになると考え、両方とも確実に息の根を止めると再び決断し直した。


何の前触れもなくディリオスの念じる強さが一気に増大したことに、サツキはすぐに気が付いた。これまで感じた事の無い凄まじい殺気の念がどんどん膨れ上がっていた。


サツキは息が出来なくなるほどの恐ろしさを感じた。その殺意に耐え切れないので彼女は、ディリオスの気配を遮断するために能力を抑え込んで止めた。


それでも震えは止まらないほどだった。一体何が起きたのか考えたくないほどの殺意であった。

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