第十三話 ロバート・エルドール


 初代エルドール王国の王であったブラック・エルドールの名誉ある死闘に命を懸けた物語が幼いヨルグは大好きで寝つきにつくとき、よく世話係のばあやにお願いしていた。


 このひとときがヨルグは何より好きだった。世界を統べようとする暗黒竜と暗黒竜の吐く青い息にさらされた人々は暗黒竜の配下になり、人類を懸けた英雄たちの伝説の話だった。

 

ヨルグはふかふかの寝台にわくわくしながら急いで入った。寝る前なのにその目は輝きに満ちていた。ばあやは本を取り出しゆっくりと、振り子の椅子に腰をかけてゆっくりと読みだした。


「遥か昔、この地がまだエルドールと呼ばれる前はこの大地を支配していたのは暗黒竜だった。暗黒竜の放つ青い息を受けた者は暗黒竜の手足となり全ての大地を支配しようとしていた。国という国々が滅ぼされ、抵抗する者には戒めとして炎で灰にしていった。


心を支配されたものたちを開放するには暗黒竜を倒す以外に方法はなかったが、すでに無数の人間が暗黒竜ギヴェロンの支配下にあり、暗黒竜は配下にした人間を使ってホワイトホルンの国土はほとんど奪われていった。最後に暗黒竜が姿を現してから十年が経とうとしていた。青い炎を纏った人間たちは容赦なく次々と人間を襲ってきた。このままでは世界は終わりを告げると、何もしなければ対抗するのは困難になる一方だと判断し、今まで争ってきた各国の優れた者たちは暗黒竜を倒すための誓いを立てた。

そして真に勇気ある勇者たちが集結した。

 

 この栄誉ある戦いに参加した勇者たちの名は、大陸の南東地方からは部族長アルバート・ゴードン、雪の東北方領土からは無音の狩人ヴラジミール・クラリゲート、極寒の北西からは堅氷けんぴょう無頼漢ぶらいかんアレクサンドル・ブラーギン、ホワイトホルン中央からは森林の民ブラック・エルドール、そしての大陸南西からは岸壁の戦士ディミトリ・ドークスであった。

 

彼らは一致団結して暗黒竜を倒すことを誓い、まずは支配された領土を取り戻していった。

青い炎で支配され操られている人間を入れる専用の牢獄をつくり、暗黒竜を挑発した。しかし全く出てくる気配は無かった。


竜は宝石や黄金など宝を集める習性があり、支配した人間に各地を支配下におさめさせていた。

自らは黄金の中に身を置いて貢物として、秘宝や黄金を送らせ宝石に舌鼓をうち膨大な量の宝の中で眠っていた。下界がどうなっているのかなど暗黒竜は知らなかった。

偵察はヴラジミールが担当した。雪国で狩人として育った彼は雪に紛れて襲ってくる白い野獣を相手にしているだけあって、気配を殺す事や隠れているものを見る力に長けていたからだった。彼らは暗黒竜の巣までたどり着きをヴラジミールを偵察として送り込んだ。

遥か昔、採掘や細工が得意なドワーフが、何百年かけて作ったのか分からない程の巨大で神秘的な部屋に何カ月かけたら運び出せるのか分からないほどの黄金や宝石がため込まれていた……」



少年はいつの間にかすやすやと眠っていた。ばあやは静かに伝説が記された本を閉じると本棚に戻してヨルグの寝顔に笑みを浮かべた。


 そっと気づかれないように部屋への扉がゆっくりと開かれた。

ロバート王が息子の様子を見に来たのだ。少年が起きている時には、何かと忙しく息子であるヨルグに会えるのはきまって眠りについた後がほとんどだった。「ご苦労」ロバートは世話役のばあやに一言だけいった。


ばあやはエルドール王に敬意を払い部屋から出ていった。

ロバートはそっと寝床に座り、ヨルグの頭を気づかれない程度にしばらく撫でた。これが日課となっていた。

もっと一緒にいたいが、王としての役目を果たすには日々ヨルグが眠りについたあとであった。


少しだけ顏を出せる程度に扉がすーっと開いた。

そこから妻であるローザは顏を出し、ロバートに微笑みかけた。そして音をころして扉を閉めて入ってきた。ローザはロバートの広い背中に身をゆだねた。そして耳元に聞こえるくらい小さな小鳥のようにささやいた。


「ヨルグは立派に育っています。あなたを尊敬し祖先にも感謝の念を忘れていません。わたしたちの大切な宝であるヨルグは日々成長しています」妻は王を安心させた。


ロバートは背中から伸ばされた手をとり、優しくにぎりしめた。

「初代王ブラック・エルドールに憧れて、毎日鍛錬に励んでいます。

ですがそれ以上に優しい子です。あなたの王の資質を受け継いだ立派な王となることでしょう」

ローザの言葉に沈黙したまま優しく微笑みうなずいた。


そして、振り返りローザを見つめた。妻を感謝と愛情を込めて抱きしめた。

それは強い愛と優しさにあふれたものであると、ローザとロバートは無言で相手の心中を察した。

 

近くにいても、離れていてもローザとロバートの愛は本物だった。それを邪魔することは誰にもできないものであり、二人の人生を結びつけた。その愛情を受けて育ったヨルグは平和を愛し、二人を見て育った。



 春に芽吹き花々は人の心に安らぎを与え、夏には実を実らせ太陽のようなヒマワリ畑に人々は見惚れ、秋は大空のように一面を枯れ葉が覆いその並木通りは肌寒さを忘れさせてくれる幸せを感じさせ、冬には一年の最後を告げる雪が暗い夜空の隙間を白く彩り、誰もがその空を見上げた。


春夏秋冬のあるエルドールの季節を幾つも越えた頃、ローザは病に倒れ最後の最後まで、ロバートは己の愛を一人の女性に伝えきれないほどの想いを、日々伝えていた。

ロバートは誰にも知られないように毎日、何度も何度も涙を流していた。


治療法もなく彼女は日々痩せていった。

大好物である食にも一切手をつけなかった時には、ロバートは覚悟した。

覚悟とは何かと自問自答したが、覚悟という言葉を彼は初めて理解できなかった。

それほどローザはロバートにとって、愛してやまない存在だった。


その終生愛することを誓ったローザは、彼女の一番好きな春の桜の舞う中で、天に召された。


覚悟と現実は違い、彼の身体を蝕んだ。また来年も一緒に見たいと言っていた桜並木を棺に入ったローザの横をロバートは歩いた。「今年の桜は今までで一番きれいだ。君と同じくこの美しさは永遠に変わらないよ」ロバートは棺に手を当てて話しかけた。


妻ローザを亡くして以来病状に臥せっていたロバートだったが、何故か今日は調子がよく心の痛みがとれることはないが、いつもと変わらない日であったが体の調子はすこぶるよかった。


 ロバートは城内を見回したが、いつもと明らかに違う様子に何かあったのか気になった。最城壁へと続く石の階段をのぼっていく兵士に声をかけた。

「一体何の騒ぎだ?」王の問いかけに兵士は何も答えることが出来なかった。


「失礼ながら王ご自身の目でご覧になったほうがよいかと思われます」兵士はそういうとロバートを支えようと手を出した。「大丈夫だ」


「王のお通りだ! 道を空けよ!」ロバートは城壁に登りきる前に異常に気づいた。光が夜中であるにも関わらず石階段の中まで届いていたからだ。否が応でも足早になった。

 

ロバートが城壁をあがりきった頃には、すでに大きな夜空は無くなっており見渡す限りどこまでも美しく輝いていた。


 彼の頭に自然とローザが浮かんだ。天使によって天国にいる愛妻のことを。


「これは一体何が起こっているのだ?」彼は装備を整えている騎士に迫った。


「現在、刃黒流術衆のディリオスさまが単身でお調べに行きました。もうすぐお戻りになるはずです」エルドールの騎士はそれだけしか答えようがなかった。


「何を調べにどこへいったというのだ?」王は続けていった。「刃黒流術衆のものたちはどこにいるのだ?」


「ディリオスさまの作戦変更により現在は関門内に移動しております。何かを調べている様子ですが詳細は不明です」


「あの激闘の場所に彼は独りでいったというのか……」遠くてもそれが死闘だとわかるほど戦場は拡がっていた。ロバートは巨大な激流が止めどなくぶつかり合う様子を見て言った。


「息子はどこだ!? ヨルグはどこにおる?」

「ヨルグさまは全兵士とその家族を城内に移動させております。オーサイ領主は戦うことを拒否し、アヴェン一族の中でディリオスさま唯一人戦うことを決意されました」


「領主を守る近衛兵も全員ディリオスさまに従うことを選択しました。

誇りと約定の誓いを果たす為、一族を抜けたらしく、今までの刃黒流術衆の戦力の中心であったディリオスさまとその一党は戦うことを選んだと皆が話しております。


刃黒流術衆の新たなる将としてディリオス様と側近たちは、独自の諜報活動によりすでに色々な事を館にいた頃から調べていたらしく、現在はヨルグさまの部屋で戦局をみております」


「ヨルグさまは我々に城内に入るよう命令を受けましたが、すでに城内に入れる場所がないためここにきました。ヨルグさまより絶対にこちらから手出しはするなと厳命を受けております」

エルドールの騎士は現状を話した。


「ヨルグさまは何か知っておられるようです。王ご自身でおたずねくだされば話されるかと思います」騎士は進言した。

「わかった。ご苦労。指示通り目立たないように出来るだけ隠れておくのだ」王は命じた。


 ヨルグに状況や現状を聞くために王は階下へと急いだ。 

あまりのことに我を忘れていたことに気がついた。

昨日までは足早に動くどころか、起き上がるのも世話係に肩を貸してもらわなければ起き上がれなかったが、力もみなぎり昨日までの自分でないことに、今更ながら気がついた。


 息子に会う前に自室に戻り、王の剣である大剣の柄をにぎりしめ腰にさして剣を抜いた。若いとき以上に軽々と扱えた。まるで手足の如くとても大剣とは思えないほど若き日を思い出させるよう意のままに自在に使いこなせた。


王の剣はあくまでも魅せるのが目的であり、戦うには適していなかった。鍛え抜かれた剣ではあるが、この王剣で戦ったことは一度もなかった。


 先ほど見た天使のようなものが関係していることは確かであり、地上から噴き出す何ものかと戦っていることだけは分かった。

もう使われないと思っていた己の装備は、地下にしまい込んでいた。

しかし、あれを見た以上切れ味の悪い剣でも、持っていたくなるほどの恐ろしさを感じさせた。


 


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