割ける

【天明】地区で発生した事案に於いて、被害者と目撃者は女性。危害を加えたのも、女性とされている。


 ーー目撃者と通報者が別々なのが納得できない……。


 事案の会議で、門倉亜瑠麻が言うことを頭ごなしで否定してしまった。これは、失態だった。通報者が第一発見者だとしたら、または目撃者の指示で通報をしていたとならば。


 いや、肝心なことを見落としていたことには変わりはないーー。



「通報者の足取りが判らないというのですね。勿論、通報時の記録は録ってました」

「駄目です。どんなに発信源の位置探知を試みても“障り音”で跳ね返されるばかりでした」


 奉行所の緊急通信受け付けを担う操作者を同席させての鑑識報告に、茶太郎は苦虫を嚙み潰したようだった。

「“障り音”は、私も聴けるのかい」

「それは……。茶太郎さんは通力の使い手ですよね、無理強いはさせたくありませんよ」

 茶太郎の提言に、鑑識員は渋る受け答えをする。


「ああ、葉之助も同じくだ。と、いうことで、葉之助。私も同行するから“音鑑識”の申し送りを承けなさい」


「御意」


 時は夕の刻。奉行所の庭園で花咲く『白波椿』が、みぞれ雨で濡れていたーー。



 ***



 奉行所内にある、防音室に茶太郎と葉之助はいた。目的は、事案での緊急通報で通信操作者が録音していた“障り音”の解析作業を行うために。

「兄貴っ」

「……。大丈夫だよ。思った以上に、きつく聴こえただけだから。葉之助、君なら私よりもっと辛かった筈だよ」

 録音再生機器を再生すると、呻き声と奇声が交互に流れる。これこそが“障り音”で、鑑識員が茶太郎に渋るをしたのはそこにあった。

 “障り音”は通力を持たない人にはただの“雑な音”に聴こえるが、通力使い手に害を及ぼす。半官神経に刺激を受けての目眩。他にも呼吸困難、手足の痺れという、身体的な苦痛に襲われる。当然、茶太郎と葉之助はその症状に際悩むをするのであった。


「“音”は、通力発動で発生する“波”で間違いありません」

「ああ、その通りだよ」

「では、通報者は通力使い手だと」

「いや、それはまだ断定できない。さらに深く聴くをして人か“モノ”を見極める必要があると、私は思う」

「お気持ちはわかりますが、我々ではもう限界ですよ。もっと探るをするとならば“障り音”を何も影響なく聴き取れる通力使い手でないとーー」

 葉之助は「はっ」と、して口籠る。


「なにか、閃いたようだね」

「……。兄貴に、お任せします」


「今日は遅いうえに冷え込みが厳しい。葉之助、帰宅の準備をしなさい」


 茶太郎と葉之助は、夜の帳が降りて霧が立ち込める帰路を踏みしめたーー。



 ***



 次の日、茶太郎は作蔵の自宅を訪れた。


 今回も、奴にしてみれば傍迷惑な“依頼”だろう。現にこちらから物言いする度に、渋柿を食ったような面をしている。


 客間の座敷にて、茶太郎は作蔵に手土産(餌付け)を差し出しながら“障り音”についての詳細を述べる。

「そうか、伊和奈様の高音を聴き慣れている貴様でも無理か。長居をして失礼した。ではーー」

 作蔵は茶太郎から受け取った菓子箱を抱えたまま俯いていた。良い返事を期待できない証だと、茶太郎は諦め切ったさまをして、襖へと歩み寄った。そして、襖を開こうと引き手に手を添えた。


 その時だった。


「待て、茶太郎。おまえが言うことは間違っている。正しくは伊和奈の汚い高音より“障り音”がおもいっきり、まだまだ真面に聴こえるっ、だ」

「そうか、引き受けてくれるのだな。実にありがたい。早速打ち合わせをしたいところだが、貴様に火急の要件が発生したとみなす。明日奉行所にて、待つを致す」

 茶太郎は、作蔵に振り向いて「ふっ」と、嘲笑い、半開きの襖を全開させる。


「おうい、茶太郎。寒いから、襖、閉めて」

 作蔵は、身震いしていた。確かに、寒そうにしていた。しかし、直ぐに襖を閉じなかった茶太郎は知っていた。そう、茶太郎が言っていた、作蔵のと関係するのが、何かをだ。

 ぺたぺたと、湿り気がある足音だった。それは、ゆっくりと作蔵へと近づいていた。かたかたと、作蔵の歯を噛み合わせる音の間に足音が聞こえていた。

『ふっしゅうう、ぷっしゅうう……。』

 燻りがある、空気が漏れる音も聞こえていた。


「作蔵。貴様のいう通り、襖を閉めよう」

「いやああ。うそうそ、閉めないでえ。茶太郎ちゃああん」


 なんだ、その間抜けな呼び方は。実に不愉快だ。

 茶太郎は襖を「ぴしゃり」と、乱暴に閉じる。


 すると。


 ーーきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ……。


 確かに、作蔵が言ったことは一理ある。

 ふらふらと、茶太郎は奉行所に戻る。


 しかし、だった。



「あ、丁度よく戻られた。奉行所に緊急通報が入りまして、場所は【山女魚】地区の住宅街です。其処の住民からのですけど、なんでも叫ぶ植物のような奇声がうるさいから止めてほしいとの……。あれ、どうなさいましたか。とても、具合がわるそうですね」


「なんでもないよ、葉之助。私が直々厳重注意をするから【天明】地区の事案に集中していなさい」


 奉行所に戻って、僅か五分。茶太郎は、再び作蔵の自宅を訪れるのであったーー。

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