不二

籠る

 化けになった人は“モノ”として扱われる。そして、大半は悪事に手を染めて奉行所で裁きを受ける。

 それが最近増加傾向だ。今月に入って御用した件数の内、化けになった人が絡んでいる罪業が目立つ。

 一方“モノ”そのものの、犯罪件数は減少傾向。昨年と同じ時期で比較したら半分以下。


 人の中で、一体何が起きているーー。



 ***



 一重平咲き梅芯。奉行所の庭園で、格調高い名花『白波椿』が花見頃を迎えていた。


 ーー人が“モノ”に襲われています、急いで来てください。


 男性の声での通報の場所は【天明】地区。自然環境が豊かで、学びの社が点在している。事案発生の現場は通学路。児童、生徒が下校をしている時間帯だった。聞き込みは、茶太郎と葉之助。巡回は勝五郎、彦一。そして、検証は門倉亜瑠麻を同席にしての照斗が指揮を執る。


「兄貴、こちらにいらっしゃるご婦人が事案の発生瞬間を目撃してるとのことです」

 葉之助が連れてきた女性は気品が溢れる身なりをしていた。特に髪、耳、首、指にと宝石が施されている装飾品に、茶太郎は目が眩むのを覚えた。


「どのような状況でしたか」

「女が姿を変えたのっ。象りは、全身毛むくじゃらの巨大な猫にね。でかく尖った爪で相手を引っ搔いたのが見えたわ。ああ、血を流してるのもよっ」


 女性は興奮気味だった。零れた涙でまつ毛に塗るマスカラが剥がれ、頬は黒い雫で染められていた。


「加害者の、姿を変える前の人相などは覚えていますか」

「顔は……。ええ、と」

 女性は茶太郎から差し出された白い手拭きで目を拭い、か細い声で受け答えをする。

「では、服装は」

「……。みすぼらしい格好でしたわ」

「つまり、貴女から見たら生活に困っているような……。と、覗えた」

「いえ、そこまで酷いという意味で言っていませんわ」

「分りました、聞かれっぱなしでお疲れ気味でしょう。捜査に於いてのご協力、ありがとうございました」


 茶太郎は、女性に一礼をするーー。



 ***



 現場での聞き込みと検証を照らし合わせて、犯行は化けになった人によるもの。変化の通力を発動させての傷害罪だと、奉行所は断定した。


「被害者の容態はどうなのだい」

「身体的の傷は軽いけど、心的外傷が深すぎて事案に於いての聞き取りをする状態ではないよ」


 奉行所の会議室にて、門倉亜瑠麻からの報告に「そうか」と、茶太郎は顔色を曇らせる。


「通報者と目撃者。別々なのが納得いかないね」

「門倉、我々の役割に踏み込むのではない」

「万楽寺、ケチをつけないで」


 茶太郎は「ぴくっ」と、鼻腔を膨らませる。

「では、きみの見解を提示してみたまえっ」


「だんな、まってはいよ」

「ん、照斗。どうしたのだい」

「顔が、こわか」

「……。感情を膨らませたのは詫びる。照斗、君からの見解を訊こう」

「はいよ。目撃者は被害者を負った“モノ”の顔を覚えていない、服装もはっきりとしていない言い方をしとったごたんな。おどんは、そこが引っ掛かったばいた」

「目撃者は残忍な状況を見ていたのだよ、動揺して上手く喋れなかったのが覗える」

「わかったばいた。そっなら、だんなが拾ったこれを調べるでよかとね」


「あの時、彼女は着けていたよ。事案の瞬間の“念”が籠っているのは、間違いないよ」

 茶太郎は照斗が掲げる、ビニール袋に詰まっている赤い宝石が施されている耳飾りを見据えていたーー。



 ***



 事案が発生してから数日が経過した。漸く、被害者から事案に於いての聞き取りが執り行われた。

 茶太郎は、葉之助を同行させて被害者の自宅を訪れていた。俯いてか細くだが、被害者は当時を語り始めたのであった。


「ご婦人、辛いことを思い出させて申し訳ございません。先ずは、お身体を治されることを大切にされてお過ごしください」

「ありがとうございます。……。あの目、あの目は人じゃなかった」


 悲痛な経験を振り返るのは苦痛で堪らなかっただろう。顔の傷跡は、女性にしてみれば悲しいことなのだ。それでも、被害者は振り絞るようにして応じてくれた。


「兄貴」

「ああ、君と同じだよ」

 被害者宅を後にした茶太郎と葉之助は、奉行所に引き返す為の乗用車内で相槌をする。

 目撃者の情報と被害者の状況説明は、ほぼ一致している。被害者の、獣の爪で引っ掻かれたような傷跡は目撃者が見た状況を物語っていると。


「被害者は『あの目はひとじゃなかった』と、おっしゃっていた。ですが、兄貴は詳しく聞くのを止されたのですね」

「傷口に塩はどうなものかね、葉之助」

「ははは、流石ですね。私的事が充実されている、余裕からきたのですね」

「こら、葉之助。車内とはいえ、任務中に冷やかすのはいけないよ」


「……。もうすぐご結婚される、それまでに今回の事案が処理されたら良いのですが」

「日取りは押さえているのだよ、だから任務を願掛けにするのはいけないよ」


 茶太郎は信号待ちしている車内から見える、婚礼衣装を身に纏う男女が神社の境内に入る姿に目尻を下げたーー。

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