口笛

 〈白波六花〉の栽培は、古時代の藩主が藩士の精神教育として奨励していた。現時代でも育成されてきた藩士の後裔こうえいによって〈白波六花〉は花を美しく咲かせていた。


 白波椿。

 白波芍薬。

 白波花菖蒲。

 白波朝顔。

 白波菊。

 白波山茶花。


 共通の特徴は雄な花芯、一重一文字咲きの花形、純粋な花色。


 芍薬は、花は、何故切り裂かれたーー。



 ***



 〔シラナミロッカ、ノ、チ。カマイタチニ、ノマセルナ……。シラナミキクノハナコロニイル、シラナミロッカノヒトリ、マモレ……。〕


 “御用聞き”こと“蓋閉め”より提供されたのは、被害者の念。


 “蓋閉め”は承った依頼で既に動いている。一方、此方捕り物は遅れをとってしまった。


 ーー今回は、あんたとは手を組めない。俺は俺で、あんたはあんたで仕事をすることになる。


 “蓋閉め”の存在を当たり前にしていたのが裏目に出たのだろう。奴からの、ぴしゃりと冷たく突き放したような物言いに腹立てるは出来なかった。


 茶太郎は“奉行所”にて、机にかじりついていた。帳面に被害者の念を書き起こし、当てはまりそうな単語に置き換えるをしていた。


「兄貴、手伝いますよ」

「気持ちは嬉しいが、此れは私がやりきる。そうだ、葉之助。珈琲を淹れるのを頼むよ」


「お待ち下さい、豆を挽いたのを淹れます」


 これで暫くは、念の解読に集中出来る。茶太郎はペンを握り直してペン先を帳面に「とん」と、押し当てるをするのであった。


「じりん」と、机に備え付けている固定電話の呼び出し音に、茶太郎は「ちっ」と、舌打ちをする。


「私だ。照斗、どうしたのかい。ふむ、ふむ……。」


 なんてや。


 茶太郎は、照斗の国なまりを真似て堪らず感情が剥き出しになってしまったーー。



 ***



 時は夕の刻。本日の任務は終了間近だった。


 ーー作ば“自身番”に連れてきたと。だんな、腹かかんで聞いてはーー。


 茶太郎は当然、居ても立ってもいられなかった。固定電話の受話器を乱暴に置くと、弾丸のように“奉行所”から“自身番”へと向かった。


「作蔵っ、貴様ごときの奴が何を仕出かしたっ」

 茶太郎が“自身番”の戸口を開くと、長椅子に腰かける作蔵と目を合わせた。そして、間、髮を容れずに作蔵の胸ぐらを掴むのであった。


「だんな、話しの途中で電話ば切らんではいよ。作は、なんも悪かことしとらんばい」

 照斗は「へらり」と、笑みを湛えながら、般若の面のような顔をしている茶太郎を止めに入った。


「ぴゅう」と、作蔵が口笛を吹いた。


「作蔵っ」

 茶太郎は当然、激昂した。


「茶太郎さん、完全に早合点されたのですね。と、いうより照斗の話し方が悪かったのでは」

「うたるっぞ、勝五郎。だんな、人のはなしば、ちゃんと聞いてはいよ」


 へらへらと、こいつらは何を笑ってやがる。


 男3人の、しまりがない顔に茶太郎は苛立った。

「貴様らっ、いい加減にしろっ」

 茶太郎はとうとう、感情を剥き出しにしてしまった。


「作。やっぱ、あたが言いなっせ」

「俺、相手からビンタを喰らったんだ。俺の折れた心はどうするのだよ」

「作さん、いきなり『護らせてくれ』は、ヤバいでしょ」

「勝五郎。だけん、作が言わなん、でけん」


「……。待て、ふたりとも。俺は“依頼”で承けたことを真正面でやっていたのだ。あれだけ騒がれたら仕事依頼の続行は無理だ」

 作蔵は「がくっ」と、落ち込んださまとなった。


「作蔵、何があったのだ」

 冷静さを取り戻した茶太郎は、作蔵のさまを見て口を突いた。


「《赤水成趣園》に勤務している、霧島椿。そいつが、切り裂き“モノ”のターゲットになっている。茶太郎、この前も言ったが今回の件で俺は“捕り物”に加勢は出来ない。薄情な言い方になっちまって、すまねえ」

「作が言った、ひと。だんなば、知っとるて言わしたごたんよ。ほんなこつならむごかと、おどんは思ったばいた」


「茶太郎さん、作さんは苦しまれた。それは、わかってもらいましたか」


 ーー私に、考える時間を与えてほしい……。


 茶太郎は、憔悴したさまになっていたーー。



 ***



 “蓋閉め”は、何もかも知っていた。やましいことではないが、隠していたつもりはなかった。


 椿とは付き合い始めたばかりだ。連絡を取り合うだけで、ふたりだけでの出掛けはまだしていない。


 〔白波菊の花頃にいる、白波六花のひとり護れ〕


 “蓋閉め”は数行にも満たない被害者からの、念の言葉を手掛かりにして動いた。しかし“蓋閉め”の素性を相手は知らなかった。勝五郎ではないが、変人か付きまといにしか見えなかったのだろう。結果的に“蓋閉め”は、仕事依頼に於いての手負いと損害を受けてしまった。こういうところは器用貧乏だ。

 損な役割を担うのはいつものことだと“蓋閉め”は「へらり」とした面を見せていた。悪くいえば、当て付けをされているようなものだ。


 “蓋閉め”が受けた、損益の賠償責任は誰が担うのか。選択の余地はないばかりか、腰を重くさせるをも出来なかった。


 示談交渉で“蓋閉め”に会食と称した現物支給を持ち掛ける。しかし“蓋閉め”は首を縦に振らなかった。食に関しては人の10倍はある食い意地を“蓋閉め”が拒んだ。


「そうか、許して貰えないとなれば“御用聞き”である“蓋閉め”の貴様とは縁を切る。長らくの間我々捕り物への協力、誠に感謝を致す」

 意を決して持ち掛けた交渉を断られた。大の男に理由を尋ねるのは気が引ける。茶太郎は、怒りを膨らませて“蓋閉め”に言うのであった。


「おい、茶太郎。よくわからないが何でそんなにぽんぽんと怒っているのだよ」

「自分の胸に手を当てて聞いてみろ。では、さらばだ」

 茶太郎は“蓋閉め”から目を反らし、すっと、翻す。


「待て、茶太郎。俺は、あんたが隠し事をしていたのにケチをつけたのだ。言えよ、あんたからはっきりと言えよっ」


 茶太郎は「ぴたり」と、徒歩を止める。

「……。食いそびれるのがある。では、ないのだな」

「バカちん、めでたいことは人にお裾分けする。俺を“蓋閉め”に育てた師匠が俺にいつも言っていた」


 おや、此方を“蓋閉め”が見ているよ。参ったね、堪らず照れるよ。


「作蔵、貴様に飛ばした発言は水に流してくれるか」

「安心しろ。言われた時点で火をつけて燃やした」


 この男は。と、茶太郎は目頭を指先で押さえた。鼻の頭がつんと、痛い。感情がどうしても制御出来ない。茶太郎はとうとう、涙を溢れさせてしまった。


「許せ、作蔵。そして、私が愛おしいと心に決めた人を、見て欲しい」

「泣くなよ。俺が見ても、あんたに相応しい相手だ。しかし、勘違いされたままだろうから、そこはしっかりと言い聞かせをしてくれい」


 ーー御意……。


 時は、夜の帳が降りる頃の刻。吹く風が冷たいと、茶太郎は羽織の衿を正したーー。

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