流雲

 〔赤水かまいたち事件〕


 各メディアは事案が発生した地名をとって、事件に於いての報道合戦を繰り広げていた。テレビ局、新聞社より遣わされた報道陣が「現地」に毎日のように押し寄せていた。


『お客さんが、特に観光客がめっきり減りましたよ。仕方ないですけど、正直にいえば困っていますよ』


 報道番組で映し出されている、観光地で生計を立てる住民より取材者が手向けるマイクに叫ぶ姿が痛々しい。


「よく言うぜ、こいつら此方奉行所を舐めていたんだぜ。なあ、茶太郎さん」

「勝五郎、言葉が乱暴だよ。私が幾度も注意をしていたのを忘れたのかい」

「御免、茶太郎さん。つい、癖が出てしまった」

「解れば、いいよ。それよりも、食事を済ませるのが先だよ」

「おっと、今日からあの口うるさい照斗と“自身番”での勤務シフトだった。茶太郎さん、たまには葉之助と組ませてくださいよ」

「そう、したいけどね。残念ながら、葉之助をシフトに組んだら“奉行所”が困る。勝五郎、麺が伸びてしまうよ」

「それだけ、葉之助は“奉行所”のやり手。平たくいえば、人望が厚い。羨ましいですよ」


 時は昼の刻。麺処にて、茶太郎と勝五郎のやり取りだったーー。



 ***



 被害者の名は芍薬斎しゃくやくいつき。被害にあった半年前に勤め先の定年退職を迎えたが、嘱託での雇用継続を結んだ。遺族いわく、退職後は知人が経営している町工場に勤める予定だったが、会社の役員が被害者を引き止めたということだ。

 被害にあった当日は体調不良を起こしていたのにも関わらず、身体に鞭を打って出勤した。しかし会社は被害者の異変を見抜き、早退を促した。時間帯は、午後2時頃。被害者は帰宅の路を踏んでいた。そして被害にあって、帰らぬ人となってしまった。


「体調が悪いのに会社から自宅まで徒歩での帰宅をしようとしていたのでしょうか。無理がありますね。被害者の自宅は“現場”寄りの交通機関を使って30分くらいの移動距離地域ですよ」


 “奉行所”の会議室にて、茶太郎は葉之助と事案に於いての話し合いをしていた。事件当日の、被害者の足取りに不可解な部分があるのを、葉之助は指摘をするのであった。


「葉之助、いいところを突いたね。被害者は会社を早退したが、家族に帰宅時間が早い理由を問われるのを嫌がったと、しとこう。何せ、体調不良を家族に隠して出勤しているからね。だとしたら、大体の見当がつく筈だよ」

「時間潰しに、何処かに寄り道をしようとしていたのでしょうか」

「臆測がどうあれ、被害者は無念の死を遂げたのには変わらない」

「兄貴、身も蓋も無い言い方をされないでください」

 茶太郎の物言いに葉之助は気落ちしたのか、僅かに「むっ」と、顔をしかめた。


「待ちなさい、葉之助。話しは続きがあるのだよ。御用聞きから連絡が入ってね、それも今回の事案と関係があると、いうことだよ」


「……。まさか」

 葉之助は、息をのむさまとなった。


「“蓋閉め”は、死者の声を聞ける。そして“現場”で彷徨っていた豹の依頼を承けた。私達捕り物に協力してくれる“蓋閉め”の存在は、実にありがたいのだよ」

 茶太郎は、会議室に備えている固定電話の受話器を握りしめて、外線に繋げるをしたーー。



 ***


 やっと、出番が来た。


 賞味期限切れのきな粉団子があったな。それを食わせとこう。


 新章が始まって以来、ご無沙汰していた作蔵の安堵。茶菓子を用意するのにケチが丸出し。それぞれの心の声が駄々漏れしていた。


「兄貴ーー」


「しっ」と、口元に人差し指を乗せる茶太郎に、きな粉団子と緑茶を持ってきた葉之助は口を閉ざす。


「茶太郎、本当に全部食っていいのか」

「ああ。私は昼食で食べた天ぷら定食で胃もたれを起こしてしまって、とても甘味物が入る余裕がない」


「では、遠慮無く」

 作蔵は、きな粉団子の串を5本まとめて握りしめて「ぱくり」と、口に含む。


「兄貴」

「大丈夫、作蔵はちゃんと


 ばくばくと、作蔵はきな粉団子を食べていた。葉之助は、作蔵の食いっぷりに呆気になりながら茶太郎に「ぼそっ」と、口を切る。


「茶太郎、は俺の本業では、まだ正式に依頼が成立していない」

「御意。我々奉行所にとっては、重要な証拠。容疑“モノ”を逐う手掛かりになる。葉之助、作蔵が“蓋を開く”から“念録の術”を頼むよ」


「ちゃんと“録”しろよ。葉之助」


 呼び捨てをされて不愉快だ。葉之助は「じろり」と、作蔵を睨みつける。しかし、茶太郎に「とん」と、腕を肘突きされる。


「……。作蔵さん、始められてください」

「おう、葉之助。茶太郎、あんたもしっかりと耳を傾けとけ」


 作蔵は、腰に絞める前掛けのポケットから小さな木箱を抜き取る。


 ーー術、念録……。


 作蔵が木箱の蓋を開くのと同時に、葉之助は通力を発動させる。


 ーーシラナミロッカ、ノ、チ。カマイタチニ、ノマセルナ……。シラナミキクノハナコロニイル、シラナミロッカノヒトリ、マモレ……。


 これが、無念の死を遂げた被害者の念。なんとも重苦しく、息が詰まる。


「葉之助、大丈夫かい」

「はい。念はしっかりと、自分の中に録しました……。直ちに〈念録〉の器材に移し変えますーー」


 葉之助は、息を荒くしていた。

 念を直に吸収するのは手慣れている葉之助が憔悴したさまを見せるのは初めてだろうと、茶太郎の胸の鼓動は激しく打っていた。


「茶太郎。蓋を開けた時点で此方としては依頼が成立した。あんたらにしてみれば、喉から手が出るほど欲しかっただが、扱い方には気を付けとけ」


「待て、作蔵……。切り裂き“モノ”は何を狙っているのかを、貴様の口からはっきりと伝えてほしい」

 茶太郎は掌で胸を押して、畳に膝を着いていた。


 ーー“白波六花”をなぞっている。今、何処で何の花が咲いているのか、其処に誰がいるのか。あんた“捕り物”だろう。それくらい、自分で把握しろよ……。


 眼に汗が入ると目蓋を綴じた隙に、作蔵は立ち去っていたーー。


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