episode.3 死神の忠告

 あれは、中1の秋の事だった。

 放課後、女子に呼び出された。

 ひょっとして「好き」とか告白されたりして……と思って、体育館の裏に行った僕の何と愚かだった事か。


 クラスの女子5人程に囲まれて、僕は心底ビビっていた。

「お前さぁ、星南ちゃんのなんなの?」

「え、あ、友達?」

「底辺のあんたが、星南ちゃんのトモダチな訳ないじゃん」

 女子達がクスクス笑い合う。

 僕、いつから『底辺』になったんだろう。

 悲しい気持ちが込み上げてきて、涙が溢れた。

「うわっ、泣いてるよ。男のくせにダサっ」

「いい? 星南ちゃんは、みんなの憧れなの。勉強も出来ない、運動も出来ない、オシャレのセンスもない。おまけに根性もないあんたと話すだけで、あの子の格が下がるからさ。もう話しかけないでくれる?」

「で、でも星南と僕は……」

 言いかけるとガッと襟首を掴まれ、一番上のボタンが飛んだ。

「偉そうに呼び捨てにすんな。いい、二度と星南ちゃんに近づかないで。この落ちこぼれ、迷惑なのよ」

 僕は震えた。心底怖かった。

 だってこの子達、教室では可愛くして、とても優しそうだったんだよ。

 彼女達は、悪口と脅し文句を次々に僕に浴びせ、去っていった。

 

 僕は、動けなかった。

 色々ショックで頭の中がぐるぐるしている。

 僕と星南は家が近所で、物心ついた時には一緒に遊んでいた。

 笑って、泣いて、冒険して。

 誰よりも近しい存在だった。


 中学校に入って、一緒にいる時間は減ったけど、気の置けない間柄というのは変わらずで、顔を合わせばたわいもない話をするし、タイミングが合えば一緒に帰ったりもしていた。

 それが、あの女子達は気に食わなかったのだろう。


 僕は『落ちこぼれ』『底辺』。

 自分自身が冴えない自覚はあったけれど、言葉にされると堪える。

 

 ポツリ、ポツリと冷たい雨が降り注いできた。

 星南と話すなってのは理不尽にしても、彼女らの僕の不甲斐なさへの指摘は、的を得ている気もして。

 悔しくて悲しくて、どうして良いか分からなくて、髪や服がずぶ濡れになっても僕はその場に立ち続けた。

 


 どの位経った頃だろう。

 辺りはどんより暗くなっていた。


 ゾクリとして振り向くと、青白い顔、真っ黒な服を着た男の姿があった。不気味なソイツは、赤く血走った目で僕を睨んで近づいてきた。


「お前は、ダメな男だ。お前は望んじゃいけなかった。不相応な願いはやめてくれ」

 死神のような男は、訳の分からない事を言いながら、僕にしがみついた。


 僕は動く事ができない。


 すると、男の手を伝って映像が流れ込んでくる。


 男の人生?

 彼はパッとしない日々を送り……死んだ。

 彼の奥さんが、死んだ彼を見つめ、苦しそうにしている。

 …… 彼女は、僕そっくりな冴えない子供と手を繋いでいた。


 死んだ男は誰だ?

 何だか怖い。


「そうさ。怖いだろう?」

 死んだはずの男が、ゆらりと起き上がって僕に迫る。

「いいか。彼女の優しさに縋るな。『僕』は彼女を不幸にする」

 ひんやりした手で男は、僕の手首を掴んだ。

「何? 何なの?」

 僕はパニックになった。

 男は必死の形相で訴えてくる。

「頼む。なあ、燈真ぼくよ。彼女に哀しい人生を歩ませないでくれ」

 ハッとしてあの女性を見る。

 僕そっくりな男の子と手を繋いでいるのは、哀しみにくれ、やつれた姿で佇むのは……


「星南!」


 パンっと世界は弾けて。

 僕は土砂降りの中にいた。



「あ、居たっ、燈真!」

 オレンジ色の傘をさして現れた星南は、声を上げると、すぐさま駆け寄ってきた。

 彼女は傘を差し掛け、取り出したハンカチで僕の頬、額を拭う。

「大丈夫?」

 彼女の綺麗なハンカチは、僕の汚れがあっという間に染み込み、びしょ濡れになった。


 嬉しいんだけれど、すごく辛いよ。


 その翌日から、僕から星南に近寄るのをやめたんだ。

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