File:3-2_治安維持部門特殊対策課第三隊=Seltsam Jaeger/

 インコードは彼らを見ながら、私に声をかけた。

 こちらに億劫そうに歩いてきた三名。男性二人、女性一人。一様に緊張感がなく、横柄なほどにマイペースな足取りで、インコードのもとに集まってくる。

 インコードやラディも含め、見た目も、年齢も、服装もバラバラだった。


 まず、私より少し年上に近いであろう二十代半ばの男性が一人。血色のいい焼けた肌かつウエアラベル式のライトカラーなサングラスをかけている時点で苦手なタイプだと瞬時に判断した。インコードと見比べると、人相的にこちらの男の方が少し年が上にも見えるが、皮膚年齢よりこちらの方が若干若いと断定。

 ツーブロックにショートパーマ、コントラスト系の黒に近い茶髪の、どこかのサッカー選手にいそうなスポーティワイルドな男。少し厳つく見え、背も一七八あたりと私にとっては長身の部類だ。ニットの上にはオレンジダウンジャケットを着ており、デニムとセットで着こなしている。白いスニーカーも目に入る。


 もうひとりは初老の男性。枯草カーキ色の古臭いロングコートの下にはダークブラウンのスーツにも似た服装で、靴は明るめのブラン。かなり大柄で、一九三とこの中で最も大きい。ラウンド鬚とオールバックの黒い長髪、鼻は高く、ダンディな雰囲気を感じさせ、見た目の筋肉質な肉体に対し知的な印象をもたらせる。しかし顔には斬られたかのような古傷が残っており、中には首元にまで火傷の痕が続いている。顔の骨格、瞳の色からおそらくロシア系デンマーク人であることは分かった。


 そして唯一の女性は、整形や加工のない自然さでありつつ、人形のような無機質さを含めた綺麗な顔立ちをしている。女でも惚れかねない男役のようなポテンシャルをも兼ね備えているその一方で、無関心そうダウナーで気怠くも物静かな赤い瞳。引き込まれそうなそれも含め、ベージュのタイトなニットミニワンピースを着こなす様はどこかの女優かモデルのよう。胸は豊満といえるほど大きく、腰はくびれていて、服の上からでもヒップが引き締まっているのがわかる。長く艶やかなロングデジタルパーマの金髪、一六八の背丈を有する体骨格、そして白い肌からロシア人だと読み取った。美容手術じんこうで行われていない、造り物でない美はこうも違う。思わず感嘆の溜息をつきそうになった。


「お、その子がインコードの言っていた新人さんか。なかなかしっかりした顔つきをしている」

 初老の大柄な男性が渋みのある声で言う。

「それにめっちゃかわいいじゃん! 年いくつだっけ?」

 その若い男は見た目に反し、ぱっと明るい笑みを向け軽い口調で話しかけてきた。


「今年で二十歳だ」と当然のように答えるインコード。

「うっは! マジか! 俺二十四だから気が合うかもね」

 サングラス越しの目元を細め、ニカッと笑窪を出して笑う若い男のギャップある表情とアプローチに私は嫌悪感を奥底にしまいつつ戸惑いを見せる。しかしいかつそうな印象から一気に剽軽なそれへと転換された。インコードがまだまともに見えてくる。


「おい、出会い頭にナンパするなよ」

 インコードは呆れたように言う。

「いいじゃんか、女の子との交流はこっから始まるんだよ。出会ったその日にワンナイトするのが俺の人生設計だ」

 これで理解した。この男とは生理的に駄目だ。それどころか生理的に危ない。


「カーボス。相手の顔を見てから話したらどうだ」

 大柄の初老が戒めるようにじろりとカーボスという男を見た。おっしゃる通り、私の顔は引きつっている。

「はいはい」とカーボスは私から離れ、両手をポケットに入れる。


「失礼したね。ここで自己紹介したいところだが、生憎そこまで時間がない。移動のときに話そう」

 大柄な初老はやさしい口調で話した。面と向き合うと、一九〇の体格はもはや巨人にしか見えない。


「じゃ、詳しいことは後でね~」

 カーボスは私に笑顔で手をひらひら振りながら、開いている装甲バンの分厚い後部ドアの中へ入っていく。紳士風に話してくれた大柄な初老と、冷徹な目を一瞥しただけで一言も話してくれなかった金髪の美人も同様に乗っていった。


「インコード先輩、運転は自動オートにするっすか?」

「いや、俺がするよ。こいつとコミュニケーション取っておけ」

「了解っす!」

 ラディが笑顔で敬礼する。喜んでいる様が犬のようだった。ラディも装甲バンの中に入っていったが中からカチャカチャと金属音が聞こえる。やはり中で準備をしているのだろう。


「しっかし、あいつはまだか」

 インコードが時刻を見ながらそうつぶやいた。あとひとりいるのかと訊こうとしたときだった。


「ごっめーん! 遅れちゃった!」

 後ろから甲高い女子の声が聞こえてきた。

 振り向くと、黒縁の丸眼鏡をかけた可愛らしい女性が白衣を揺らしコツコツと走ってくる。藍のインナーカラーを施した白髪のツインテールが目立つ。先ほどの金髪の美女よりも、いやそれどころか私よりも幼なそうに見える。背も一六〇程度と低いが(それでも私の方が小さい)、かなり明るい性格の持ち主だとその一声でわかった。

 手が隠れるほど袖が無駄に長い白衣の下は青っぽいシャツに膝より短いスカートと、どこか高校の制服を連想させる。


「満面の笑顔で遅れてきてもな。どこにいたんだよ」

 インコードは訊く。

 その女性は急いできた割には息が上がっていなく、「へへへー」と笑いながら頭をかく。


「やだなぁ隊長、研究に決まっているじゃないですかー。『第二プロジェクト』の方が捗っちゃって興奮してたんですよ」

 特策課は現場に立つ戦闘員だけではないようだ。あの現象をどう研究しているのか、少し関心があった。


「第二ってあれか、超電導リングを使った非実在性Ⅰ型ハイブリドーマ細胞のマクロ性検出だったか」

 ニッチすぎる内容どころか、扱っているものが扱っているものだから、色々とぶっ飛んでいることだけはわかった。彼女は目を輝かせ、盛り上がりの反応を見せる。


「そうそう! そこからReia因子改変させたRNAウイルスをそこに突っ込んでiCPRコードの編集カッティングをしてですね……あれ、アレレレレ! 隊長、この人誰ですか? ……ッ、彼女ですかァ!」

「あーいや、彼女じゃねぇ……からそんなネタにしか見えない顔をするくらいがっかりすんな。こいつは鳴園奏宴。今日から俺たちと行動する新入りだ。お前にしたら嬉しいだろ、女性メンバーが増えたんだし」

 すると、その白衣の若い女性はラディと同じように目を輝かせ、


「やったーっ! 新メンバーだ! 私はエイミー、よろしくねっ、かなえちゃん!」

「あ、えと、よ、よろしくおねがいします」

 力強く両手で握手されながらぶんぶんと振られる。輝いた笑顔が眩しい。先程の金髪の女性と真逆だ。


「んじゃ、早く乗れ。出発だ」

「はーい!」とエイミーはいい年して園児のように元気よく返事をする。「行こ、かなえちゃん」と私の手を引っ張り、装甲バンの中に連れていかれる。

 これからとても、命を懸けた現場に向かうとは思えない。それほどまでに彼らは真剣味がなく、生き生きとしていた。

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