File:3-1_冷たい駐車場=New Contacts/

 アンダーライン第五層のEブロック通路は今まで歩いてきたような広い通路ではなく、人三人分の幅しかない無機質な廊下だった。天井はパイプと電線で覆われ、それ以外は白鉄の一色。

 ホテルの通路のように等間隔で何かしらの部屋に繋がる扉があるが、どれも近づくと赤字の立体ホログラムで『LOCK』と表示される。


「あんの等軸晶系ダイヤモンド統括め、おかげで予定が全部パアだ。何考えてんだ本当に」

 中年期特有の結晶性知能も考えものだ、とインコードは早歩きでぶつぶつと文句を言っている。私はそれに小走りでついていく。

 治安維持部門のフィニジャンク統括――端的に言えば取締にしてインコードの所属部門の総責任者。思考を読み取りたかったけど怖くてそれどころじゃなかった。どちらにしろあの総統括と同じように訓練されて読み取ることはできなかっただろう。

 私の扱いに対し思うところはあるが、それ以上にこれから起こるであろうあの"不可解"を本日二度も味わうことになる事態を前に体が強張っていた。それにインコードの様子からも、彼を責める気にもなれなかった。


「ねぇ、任務って……」

「休日出勤ってことさ」

 インコードは若干の苛立ちを示す。オフの日に私を連れてきたのかよ。というかそんなリスクありまくりの手術を私にさせようとしていたのかよ。

 だが、彼はすぐに落ち着いた顔に戻り、エレベーターに乗ってる最中に説明を始めた。


「さっき請け負った任務は処理と回収。M-三六-九……東京都心から一八六km先の深見区足利市の複合施設『イオンアークヒルズ』内部で"シフト"係数の規定値超過を計測したそうだ。繰り返し高強度の理にかなってない時空歪ズレとかヒッグス場の消滅・形成が数日間そこで不連続的に生じてんだとよ」

「それってつまり、不可解現象イルトリックが発生してるってこと?」

「正解。それも今回は行為的なものだ。アンタが今日体験した現象そのものとは少しばかりタイプが違う」

 つまり犯人を捕まえるということか。国家公安委員会の刑事とそう変わりない、いや、今日の昼に体感したイルトリックを思い出せば、刑事や機動部隊じゃ敵わないと考えを改める。

 エレベーターの扉が開く。短い通路の先にガラス張りの自動ドアがみえた。


「区域移動用の駐車場だ。ここから現場へと向かう」

「車って……到着までかなり時間かかるじゃん。……何よその顔」

「なんでも。まぁ行ってみりゃわかるさ」

 ガラス張りの自動ドアに電子表示されたフレームにインコードは手を当てると、「LOADING」の緑色の電子文字が表示される。すぐに青字で「OPEN」と切り替わると同時に自動ドアが開く。


 ひらけた先は普通の地下駐車場と然程変わらない無機質な構造だったが、どこか清潔感があった。一台一台には専用のスペースがあり、収容所のように壁で隔たれている。入っているほとんどが装甲車。壁やスペースの端には何かの資材や道具が整頓されており、ガレージの機能と兼ね備えているようだ。


「あそこの車だ」

 インコードが指差した先には黒い装甲バンが駐車されていた。番号無しのナンバープレートに目が行く。

 すると、車のスライドドアが開き、中から人が出てくる。


「お、もういたのか」

 車から出てきたのは、ひょろりとした高身長の好青年。ミディアムウルフカットにした鮮やかな赤茶の髪が真っ先に目に入るが、すらりとした手足に少し憧れた。

 作業着、否、よく見るとおしゃれらしく、軽そうなブルーグレーの半袖ツナギは少し大きめで、ダブルジップやスナップボタンなど、ディティールが細部までこだわっている。私の"目"で見る限りポリエステル五割コットン二割の素材でできているが、残り二割は金属繊維らしき何か。

 ツナギの下は藍色の長袖アンダーシャツが袖口と胸元から確認できた。耳には小さめのフープ型ステンレスピアス。HMDヘッドマウンドディスプレイ、というよりは遠視や電磁波を視覚化する役割を持ってるであろう軍用ゴーグルに近いものを額につけている。


 右手首には腕輪型の情報端末機が付けられており、そこから投影されている光が手の甲にデジタル式の時刻として映っていた。左手は機械化された義手だが、違和感なく自分の手のように扱っている。

 そしてズボンで隠された両足も腿から下は空圧機関とナノコンポジットエラストマーで占めるソフトアクチュエータ、軽金属スプリングでできた義足だ。少なくとも、ここ日本でここまでの義体化が施されている例はあまりない。というのも、再生医療の方が発達しているからだ。


「あ、先輩こんちわっす!」

 軽々しく、しかし爽やかに挨拶をした姿を見て、私は運動部の熱心な後輩を連想した。放課後のグラウンドや体育館から聞こえる暑苦しい掛け声が脳内の隅っこから蘇る。

「よっ、準備は整ったか?」

「いま終わったとこっす」

「さすがだな、準備が早い。他の奴らはまだ来てないか」

「そうっすね。でもそろそろ来るんじゃないっすか?」

 すると、今気づいたのか、その青年はインコードの後にいた私を見た。丁度目が合い、青年は一瞬身体が固まったように見える。


「……インコード先輩、そちらの女性は誰っすか?」

 言葉通り、釘付けになったまま青年は訊いた。

「こいつは今日から俺たちのメンバーに加入した鳴園奏宴だ。お前にとっちゃ後輩になるが、一応年上だから」

「一応って……」

 インコードを見、少し呆れた途端、手を突然強く握られる。金属特有の冷たさも手伝って「ひゃっ」と変な声を上げてしまい、びっくりして前を見る。たれ目を輝かせている青年のそばかす顔が視界の八五%を示していた。


「俺、ラディっていうっす! この隊のサポート役っすけど、精一杯メイエンさんの役に立つように頑張りますのでよろしくお願いしゃっす!」

「えっ? あっ、よ、よろしくおねがい、します」

 少し困惑している私に対し、ラディは両手を握ったままぶんぶんと腕と首を振り、

「いやいや敬語を使わなくていいっすよ。メイエンさんは俺の先輩っすから。姐御っすから!」

「え、いやそれは」

「俺がそうしたいっすので!」

「う、うん、わかった」

 姐御って……と思いながらも勢いに気圧されて応じるほかなかった。


「結構おもしろい奴だろ?」インコードはニッと笑う。

「まぁそうだけど……」

 ラディは手を離し、集団行動の「休め」の姿勢になってはハキハキと話した。

「コードサインは『RD29392』、年齢は十八、本名はレジナルド・ドーキンス。父がイギリス人っすけどアディス・アベバ育ちっす」


 そこは確か、発展した大都市メガロポリスがある一方で、治安が悪い上に貧困の差が激しく今も尚紛争などで問題になっているエチオピアの首都だ。

 にしてもこの男はべらべらと個人情報パーソナルデータを喋る。

「ラディ、おしゃべりはいいけど個人情報すぎたことは言わねぇようにな」

「はい、すいません!」

 素直に謝るラディ。高身長だがその素直さは子供のように可愛らしいところがあった。


「にしてもおまえって年上の人だったら地位とか関係なく先輩扱いするよな」

 呆れたように言ったインコードだが、褒め言葉と勘違いしたのか、ラディはふふんと笑い、

「インコード先輩、年上は人生の先輩なんすよ。『先』に『生』きていく先導者っす。まさに先生ってとこっすね」

 中学校の頃の担任教師が言っていたなそんなこと、と思い出しているところだった。


「おいインコード! オフの日に仕事入れるんだから、ちゃんと代休は貰えるんだろうな!」

 少し距離のあるところから荒っぽい、若い男の声が聞こえる。


「やっと来たか。あいつらが特策課第三隊、俺が受け持つ隊員だ」

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