いっしょにわすれないでね

ハギワラシンジ

第1話

 彼につつあり、あれはオシュグッド! おれは、感ずる! 感ずてる……。感ずたぞ! 見よだ! おれのものだ、これが、つめたきからながめていたもの、オシュグッド。母のした、温もりと、つるつると、きんぴかまんまるのきょうだいたち。暗くあたかいこのほのぐらで! 母のつよくて毛むらなまたぐらは、つちくれ、かぐわしくて。つめたきから、這い出でた、ぬくもりがうれひい。つめたきより、あたかが、うれしく? この中にあるおれの、なんだ? おれはなにを感ずてる? それはなんだ?

「つめたき天涯よ。おれの子供を奪おうというのか。させぬ、させぬ。ああ、おれの愛し子たち、よかった、かわいそうに、こんなにあたしから生まれて、そうそういきてゆけまい。天涯をおそれなさい。もどれもどれ、戻りなさい」

 母はおおしく、牙からしずくを垂る。キャリーッ、キャリリリリリーッ! くわれた、くわれた! きょうだいたちが、戻ってゆく! おーしい、おおしさが、おれをおそってくる! コワイッ、コワイッ、きょうだいたちが、母に戻ってゆく! ほのぐらになっていく! 

 おれの中に穿たれた、突然の、かおり、する。ほのぐらが、おれをさそう。くいたい、くいたい! 母のように! きょうだいたちをにがすな! キャリリ、キャリリ、頭に四つの単眼があかく染まる。このおと! あかい音、きょうだいたち、愛しいきょうだいたち! おまえたちを喰わねば、おまえたちに! おれは兄をくい、妹をしゃぶる。姉らしきおとうとよ、喉笛を裂け。あかい、あかい、くえ。ほのぐら、ほのぐらよ、アァーッ! おれに、母にくわれるきょうだいたち、なぜ逃げない、動かないの。ちがう、おれはほのぐらにいない。ちがう、おれはきんぴかではない、まんまるでもない、いでていた、おれはちがった! キャリリキャリリァーッ、ちがう、ちがうちがう、つめたきよ、され! おれのあたたかから!

 きゅーるきゅーるる、足元でちっぽけなきんぴかが鳴いた。いななき、とまどい。ちがう。おれとおなじな、動ける! きょうだい。おとうと、ほのぐらじゃない。小さなからだ。ちび。母が迫ってくる! キャリリァーッ! ちびを背負う。母から逃げる。ズグゥーズグゥー、やめろ、され! ちび、きょうだい、くいたくない、おれはズグゥーズグゥー! やめろ、あかくなりたくない、おれは!

 ほのぐらから這いいでて、おれはコワイッコワイッ、母、つめたき、ちび、ちび、つめたきつめたき、やめろ。つめたくなるな、ちび、きょうだい。ちびは牙をならす、ちいさな音だ。くいたい、だ。ちびはくいたい。おれのほのぐらがあたたかになる。ちび、きょうだい。おれは背負う、かける。

 かけ、越え、ズグゥーズグゥー、腹がつめたい。あかくなる、なってしまう、くう、おれはかけつつくう。くわねばならぬ。飛ぶ羽むし、這う土のけもの、およぐ四足、顎肢で肉を引き裂いて口に放り込む。節足で肉まるめる、ちび、くうか? ズグゥーぅぅ……、おさまれ、おさまれ、あたたかよこい。

 コワイ、逃げられぬ、かくれる、そうせねば。かけおわり、なにか、巨キナ、かたまり。ここだ、ちびを置く。ちびに肉、くうか。くった、くった! ちび、ふるえて毛をかぐわしく、立たせて、おおきくなる。なっていく。おとうと。びゅうびゅう強い風が吹いた。おれとちびは、飛ばされないように、巨キナかたまりの下で、足をからませる。おれはちびを抱きしめ、あたたかにする。小さなちびよ、おおきくなれ、あたたかになれ、おとうと、母のような毛むらになれ。

 つめたき天涯がおれたちをみている。何度もみつづけた。何回見られたか。天涯はおれたちになにもしなかった。ただ見ていた。かたまりの下で、ちびはおおきくなった。おれはちびに肉をあたえた、おれのほのぐらが、おしえてくれた、あかくならないように、おれはじっとした、あかさをやりすごし、肉を得た。ちびはおれよりおおきくなった。ちびの曳航肢は立派な長さをたくわえ、顎肢は天涯すら切り裂こうと、おおしさを得ていた。ちびは自分でにくをとってきた、おれに。おれのために。おれのために! ほのぐらがあかい、ズグゥーズグゥー。ちび! ちびの単眼が赤く染まっていた。ちびは叫び、おれをは押し倒された、おとうと、かわいいおとうと、なんて立派で強き節足! おおしい顎肢! おれも叫び牙を打ちならす、ちび、くれおまえを、ズグゥーズグゥー、すべての足を絡ませ、おれたちはぶつかり、交じりあう。天涯がおれをみる。ほほえむ。ささやいた。身震いする、天涯よ、そのためにおれをみていたか、くえ! あかきほのぐらが叫ぶ、ちびをくえ! ちびの頭突きをかわし、曳航肢をかきわけちびのほのぐらを掻き出す。くっついて、おれはちびからほのぐらを受けとる。ちびはか細い悲鳴を滴らせ、おとうとよ、おれはおまえをねじふせ、母になる。おまえの代わりに母になる。よわきおとうと、おれはゆっくり立ち上がる。ちびを睨み付け、叫ぶ。キャリリァーッ! キャリリァーッ! ちびは震え、節足をかわいそうに、おびえ、哭いて、逃げ出した。つめたき天涯がおれをみる。おれは天涯を睥睨する。ちびのほのぐらが腹にある。あたたかだ。傷ついた身体を横たえる。こどもたち、あぁ、かわいいこどもたち、ズグゥーズグゥー、くいたい、こどもたちをこのわたしのなかにいるほのぐらごと、あたたかな腹のままいてほしい、戻ってほしい、いっしょに、おれからいでよ、かわいいわが、おれをくらえ、おれを、天涯を……ズグゥーズグゥー……ズグゥーズグゥー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いっしょにわすれないでね ハギワラシンジ @Haggyhash1048

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ