春の日の一幕

 スノウが地下墓地に来て、数年が経った。


「あーもう。ネメ、洗濯物は出しとけって言ったろう!」


 すっかり同胞とも馴染み、わたしの研究の手伝いをしてくれてる。二百七十年分の遅れを取り戻すように、死霊術士としての私の実力も上がってきた。同胞達の雑用をスノウは全てこなしてくれる。余計な肉体労働から解放されたわたしは研究に没頭し、不摂生をしてはスノウに怒られている。


部屋のドアがノックされてる。


「い、今ダメ!」


「どうせまた、死体が暴れて散らかったんだろ!」


 木製の粗末なドアを開け、彼が入ってくる。


「……ごめん、着替えてたのか」


「うぅ……」


 お互い赤面してて最中さなか、椅子に座った死体がスノウに親指を立てている。こいつ、壊してやろうかな。


 洗濯物を手早く回収し、スノウはいってしまった。

 また怒られても嫌なので部屋を片付けていると、


「あっ」


 洗濯物に出し忘れた下着を発見、部屋を出る。まだスノウは洗濯しているだろうか。廊下に出ても地下墓地ゆえ、相変わらず土臭い。


 小走りで向かっていたら、床に落ちてた骨で転けてしまった。


「……痛い」


 廊下を抜けると、通気口として開けた穴から風が来る開けた場所。そこでスノウは洗濯物を干していた。こちらに気付き、振り向く。


「あァ? ちょっ、ネメ。どうしたの?!」


 彼が慌ててこちらに駆けよって来る。

 どうやらわたしは鼻血を出していたようだ。


 わたしの鼻血を拭き取る為、近づいたスノウの顔。うっすらと髪と同じ、焦げ茶の髭。数年の月日で彼は立派な青年に成長していた。


「んう、ありがと」


 鼻をつままれ、変な声が出る。


「鈍くさいなァ」


 呆れつつ笑う彼の目に、わたしが握ってる下着が映る。


「あっごめん、まだあったのか」


「うん」


 手早く洗い、干す。


「よーし、ネメ。今日はまだやることあるの?」


 背筋を伸ばしながらスノウが呼びかけてくる。死体をいじったり、術の効果をまとめる以外にやることは無い。


「あっ」


 一つあった。


「ん? 何かある?」


「ざ、材料集めに行きたい」


 夏場の気温が上がる時期、死体の保存に必要な薬草が地下墓地から少し離れた山に自生している。


「いいよ、ついて行く」


 心配性な彼はわたしが外に出る時、必ず同行する。正直わたしとしても同行はありがたい。


「よーし、じゃあ運搬用の動死体の準備お願い。荷物まとめてくるよ」


「うん」


 袖をまくるスノウの右腕に刺青いれずみ。研究の過程で偶然出来た、氷の呪術を宿した呪術刻印。雪の結晶のような文様で、彼は自衛用の呪術として使っている。


 地下墓地から出て、待つ。横にはさっき親指を立ててた動死体。運搬用にでかい背嚢を背負っている。


 しばらくして、同じくでかい背嚢を背負ったスノウが合流。


「行こうか」


「うん」


 しばらく運動をして居なかったから、歩くのが辛い。少し歩いては休み、歩いては休みを繰りかえす。


「もうー、日が暮れるよ」


 小言を言われつつ、二つの小川を越える。その先の丘を越えると、


「おォ!」


 驚嘆するスノウの声。


「すごいでしょ」


 辺り一面に広がる花畑。

 この山に自生する薬草で、淡い青色の花弁は死体の腐敗を遅らせる効果がある。


「すごいな……」


「花びらを集められるだけ、お願い」


 手近な所から花を摘んでいく。


「ネメ」


 振り向くと、


「ほい」


 頭に花輪を乗せられた。


「な、何?」


 こういう心臓に悪いことはやめて欲しい。


「いや、妹によく作ってやってたなって」


 戦争で死んだという、彼の妹。


「わ、わたし。年上……」


「ん、あァ。ごめん」


 いつもの彼なら『そうだな、ババア』とでも言ってきそうなモノなのに、やけに今日はしおらしい。


 花を一輪摘んで、自分の耳に髪飾りのようにして掛けてみる。


「ど、どう? 似合う?」


 ガラにも無い事をするわたしに、少し驚いて。


「……あァ、似合ってる」


 彼は笑ってくれた。


 



 


 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死霊術士は恋をした 春菊 甘藍 @Yasaino21sann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ