第11話再考

 「木村、次はどうするんだ?次こそ勝たないと状況は回を追うごとに悪くなるぞ」


 集まってからお通夜のような空気になっていた中、国の中の誰かがとうとう声を上げた。当の木村は椅子に座り頭を抱えて何か思考にふけっているようだったが、誰かが上げた声は届いたようですぐに顔を上げた。


 「少し待ってください」

 

 木村は誰が声を上げたのかを分かっていたのか声のした方向へ向けてそう答えると、続けて全体に向けても声を発した。

 

 「それと、みなさんも何かいい案が浮かんだら気にせずどんどん共有してください!お願いします」


 そう言うと木村はもう一度席について考え始めた。誰かの声を聞いてからのこの反応の良さといい、良いと思う意見は構わず受け入れようとする柔軟性を見るとやはり木村は優秀なのだろうと拳斗は感じた。拳斗も木村の考えを聞きたいとは思っていたが、約80人いるこの国の行動を決めるのは当然簡単ではないようだ。仮に負けたからといって木村を本気でこの国の全員が叩くとは思えないが、最終的な判断をする以上一定の責任が伴うことは本人であるところの木村自身が一番よくわかっているのだろう。教員や上級生が見ているのもあるかもしれないが、その判断の難しさ、心労を少なからず理解しているために拳斗も他の生徒も闇雲に騒ぎ立てて判断を焦らせるようなことはしなかった。


 第二回投票までの時間は残り15分。刻一刻と次の投票までの時間は過ぎていく。


 拳斗の元にあずさがやってきたが、拳斗は気づいているのかいないのか俯いて腕を組み目を瞑って考え事をしていた。


 (第二回の投票をしのぐためにはどうしたらいいんだ…。このまま最後まで考えがまとまらずもし運任せで投票するようなことがあればそれこそ最悪。少しでも勝つための可能性を高めるような理論、ロジックが欲しい。だけど、木村はおろか俺も、同じ国の他の奴も名案を思い付いている様子のあるやつはいない。それも当然…。ない。全く突破口が見えない。前回の投票までの俺たちは馬鹿だった。あまりにも愚か。木村の国でなら勝てるかもしれないという甘い夢を見ていた。第一回の投票は規模の大きい国なら有利。たったそれだけのとてつもなく浅い思考、単調な論理で浸っていた。勝てるかもしれないという幻想の海に。だが、それじゃだめなんだ。必ずあるはずなんだ、勝ち残るための方法が…)


 拳斗は考えに煮詰まって一旦顔を上げた。あずさがいたことに全く気付いていなかったため目を開くと目の前に立っていて少々驚いたが、とくに表情には出さず目で返事をした。


 「拳斗、他のグループ見た?私少しふらふら歩いてたんだけど大体もう同じグループのメンバーの顔は覚えてるらしくて、どこ行っても近く歩いてるだけで近寄るなっていうオーラすごいだされちゃって怖かったんだから!」


 「だろうなぁ。今はまだどんな手を出すか指示を出されていないだろうけど、自分たちが出す手を他の国に知られたりしたら困るからな。多少ナーバスになるのもしょうがないだろ」


 あずさは怒っているような様子でそう言ったが、すでに連帯感が生まれている国に外からよその人間がふらふらと入ってきたらそれは嫌な目をされても仕方ないように感じる。拳斗も自分たちが作戦か何かを話しているときに他の人間が近くにいたら鬱陶しく感じるだろうなと思った。あずさはまだ周りをキョロキョロと何かを探すように見ているので、拳斗は気になって聞いてみた。


 「何か探してるのか?」


 「うーん…。ふらふら歩いてる時から思ってたけど、室井君の姿が見えないのよ。今見ても私たちの国の中にいないみたいだし、見てるんだけどどこにいるのかわからないのよね」


 そうあずさに言われて拳斗はすぐに周りを見渡したが見える範囲にはいないように見える。確かに第二回が始まってから一度も姿を見ていない気がする。それにもっと遡ると投票した後結果発表の時にも国のみんなが集まる中いなかったような気もする。結果発表の時にいなかったかどうかは気のせいかもしれないが、現状姿が見えないというのは明白な事実であり、奇妙に感じた。もう一度周りを見渡してみてもやはり見当たらない。他の国の中のそれも中心の方にでもいない限り見当たらないなんてことはなさそうなのだが、会場には未だ300人近くの人がいるため、重なっていて分からなかったということもあるし、なにしろ今日たった数十分前に知り合ったばかりの人間なのだから見逃していたということも十分にあり得る。


 拳斗は室井に関する思考は一旦停止し、先ほど周りを見渡した時に何か自分は、また、木村含む自国の人間は、重要な見落としをしているのではないかというような感覚に陥ったことを思い出した。


 「あずさ、さっき歩いて回ったって言ったよな。なんか気づいたこととかなかったか?なんでもいいんだ」


 「えーっと…。うーん。気付いたことねぇ」


 拳斗は自分ではその胸のつかえの正体にたどり着けないためあずさの意見を求めたが、あずさも漠然な問いに困っているようだった。


 「うーん。そうだなぁ。強いて言えば空気が浮ついてた?かなぁ」


 「どういうことだ?」


 「今回ってうちの国結構状況的には焦ってるじゃない?だけど、他の国はそんな感じはしなかったっていうか、まるで今回の投票も大丈夫だってわかってるみたいな感じ。気のせいかもしれないけど」


 あずさの意見を聞いて拳斗の違和感が正体を現した。拳斗はこの第二回全体を覆う空気感と木村率いる自国との空気感の乖離に気持ち悪さを感じていたのだった。


 (そうだ…!今回始まってからの決定的違和感。入学がかかっているという必死さ。そう、必死さが他の国には決定的に足りない。俺たちの国は最悪まだ無所属グループが残っているうちは助かる可能性が高いがそれにしても状況は少なくとも余裕があるようなところじゃない。なのになんでだ?この違和感は。他の国にしたって仮にも手を外したら即終了。条件はほとんど変わらないはず。なのにどうして余裕がある。勝ったような顔をしている。前回までの緊迫した雰囲気はどこへ行った…?)


 再び拳斗は泥沼のような思考の闇に飲まれかかっていたがあずさによってすぐに引き戻された。


 「拳斗もなんかいい案が浮かんだら木村君に提案してよね。考えてばっかで何も浮かんでないんじゃ話にならないわよ」


 「そんなの俺だってわかってるよ。第一俺以外にも誰もまだ解決策なんて浮かんでないんだ。他の国が出す手でも確実にわかるなら話は別だけどな…。いや…。いや、待てよ……。まさかな……」

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