第5話混乱

 開始の合図がされてしばらくは周りの様子を伺いあって誰も動こうとはしなかったが、誰からともなくヒソヒソと話し声が聞こえ始めると徐々に気が緩み始めたのか、固まっていてもしょうがないと思ったのか話し声も大きく聞こえるようになり、席を立って移動する生徒も出始めた。


 拳斗は特に周りと話したりすることは無くとりあえず席に着いたまま状況を把握するのに努めていたが、前方から近寄ってくる人の気配で一旦思考を停止させた。


 「拳斗!これ、どういうことなの!全く分からないよ!信じられない!」


 周りが動き始めたのを見てあずさも拳斗の元へ急いでやってきたらしい。それにしても不安や怒りを抱くのは理解できるがぶつける相手を間違えていないかと拳斗は思わざるを得なかったが、ゲームが始まっても合流できないという事態にならなかったのは不幸中の幸いといえるだろう。


 「拳斗!聞いてる!?もうっ!」


 「聞いてる。聞いてるから。俺だって今現状がどうなっているのかわからないんだ。とにかく落ち着け。焦ってもしょうがないだろ。投票までの時間はまだ18分以上あるんだ。何とかなると信じてまずは考えよう」


 「そんなこと言ったって…。拳斗は考えでもあるの?こんなの考えたって適当に投票したって変わらないじゃない…」


 拳斗も落ち着いて考えようとは言ったものの、一見すると運否天賦のこのゲームにおいて冷静に考えることにどれくらいの意味があるのか正直わからない。その点においては今のところあずさの言葉に同意せざるを得ない。


 「それにしても何なのよ、上級生か何か知らないけど、あれじゃまるで二階から私たちの試験を高みの見物してるみたいじゃない」


 「事実、そうだろうな。実際これは毎年行われていることなんだろう。式が始まる前からわかっているような雰囲気だった。理事長の天童とかいうのが出てきたとき、上級生の空気感が変わったのはこれから行われることが分かっていたのと、あの天童とかいうやつがどうやらヤバいらしいな」


 拳斗はあずさと会話をしながらも学校に入った瞬間から感じていた妙な違和感が増幅していくのを感じていた。しかし、それが何処からくる違和感なのか、何に対する違和感なのかがわからずにぼんやりとした靄を抱えていた。


 「式が始まる前まで仲良く話してた隣の席の子も顔すら見てくれなくなっちゃったし、今みんなが顔色見ながら過ごしてるよ。こんな状況作り出して何が楽しいのよ、まったく」


 「上級生もこんなの見物してほんといい趣味してやがるな。俺たちはとんでもない学校に入学しようとしてるらしい」


 「それでも、ここを抜けないことにはどうしようもないわよ。私、中卒とか嫌だからね?」


 「笑えない冗談やめろよ。学力的には俺の方が中卒濃厚なんですけど」


 苦笑交じりで拳斗が言うとあずさも呆れたように笑ったが二人とも目は笑っていない。現状は何一つとして変わったわけではないのだが、少しも余裕がないよりはいいだろう。


 「それで、拳斗はどう考えてるの?この試験」


 あずさの問いかけに頷き、少し考えるようなしぐさをしてから拳斗は言った。


 「何もない」


 「はい?何言ってるの?冗談はもう十分だから真面目に答えてよ!」


 「いや、本当に何も思いついてないんだって!あずさの方が頭がいいんだから俺に期待するよりまずは自分で考えた方がいいんじゃないか」


 「じゃあ何で私が聞いたとき少し考える振りしたのよ!あれ、絶対いらないでしょ!もう信じられない!」


 思わぬタイミングでまた信じられないという言葉を聞くことになってしまったが、拳斗にしてみればこんな状況でもうすでに何か運以外で勝ち残れる方法を思いつく方が異常なのだ。あずさもおそらく本気で何か答えのようなものが聞けると思って聞いてはいないだろうがあまりにも不真面目な態度に流石に苛立ってしまったらしい。日常茶飯事のやり取りでも時と場合は十分に考慮する必要があるなと拳斗は再確認したところだったが、こんなことを考えていると知られたらさらなる叱責は免れないだろう。


 そんな会話をしているうちに周りの生徒もだんだん数人単位のグループを形成し始めていた。一番多いところで10人を超えているグループがある。これにはさすがに拳斗も驚いた。


 「グループは遅かれ早かれできるとは思ってたけど、予想以上に早いぞ。この国取りじゃんけん、確率的に考えてこれだけの人数がいてカードが二種類、もしくは一種類しか投票されないというのは考え辛い。となると、まずは三種類投票された場合の勝敗のルールを考えるべきだ。そうした場合、全体の三分の一を超える程度の人数のビッググループを形成するのが最も理想的だ。意思を統一して同じカードを出すようにすればほぼ負けることはないだろうからな」


 拳斗は独り言よりはやや大きい、あずさに聞こえる程度の声で呟いた。事実そのことはほとんどの人間が気が付いているようで積極的な自陣勢力への取り込みの勧誘合戦が今にも始まろうとしていた。


 「なんで三分の一?三分の一でほぼ確実に勝ちじゃなくて過半数で確実に勝てばいいんじゃない?」


 「あずさ、よく考えてもみろ。仮に過半数を超えるグループが出現した場合、残された人たちは確実にグループを組むことになる。もしそうなれば全体で大小二つのグループが現れる。この意味わかるか?」


 「あ!そうか!同一のグループに属する人間が同じカードを投票する場合、大小二つのグループしか存在しなかったら二種類しか投票されないから少数のグループが勝っちゃうのね!拳斗、意外と冴えてるじゃない」


 あずさは先ほどスクリーン上で行われていた二種類しか投票されなかった場合は少数が勝つという例外の図の説明を思い出したような様子で納得した。


 「そりゃどうも。あずさがこんな単純なことに気が付かなかった方が驚きだよ」


 「私だって混乱してるのよ。第一ゲームとか遊びは拳斗の方が得意でしょう?」


 「これは重要な試験なんだがな…」


 拳斗とあずさがゲームについて理解を深め始めていたころ、時間は開始の合図がされてから5分が経過しようとしていた。

 

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