第3話 湖畔


……今日も授業に追いつけずに一日が終わっちゃった……

ハナは今日もまた、ため息を湖畔で漏らしていた。


訓練学校は未経験者も多く、門戸を幅広く開いている王都が運営する学校である。


冒険者や、それに準ずる職業を目指す若者たちの、登竜門であり、基本でもある。


ハナの想いは漠然としている”誰かを救いたい”、それは決して揺るがず、

心の奥底で小さくも消えないロウソクの火のように燃えていた。


しかし、次の瞬間、その小さな灯が、小刻みに揺れて震える衝撃を、胸の奥に感じた!!


「ま……魔物だっ……!」

男が叫んだ、が、その声は響く間もなく途切れた。


声は……近い


この湖畔の近くで番兵らしき人が襲われた?

そんな事がある筈がない、城跡は2メートルを越す高さで、

簡単には飛び越えられない。

城内に魔物が侵入することなど、ありえない……はずなのだ。


国民は皆、このように考える。

かくゆう、ハナもここまでの考えに及んだかは分からないが、

もしもの事で頭がいっぱいになり、身振りで身動きが取れない!


『ガァァァァ→!』

雄たけびは近い、全身が震えるなか、ハナが目線を向けると、

そのすぐ横には、紛れもない”魔物”がいた!


「ゃ……っ」

叫ぼうとしても声が出なかった。


足が震え、腰が抜けて地面にへたり込むハナ、

興奮した魔物は、キバをむき出しにハナへと近づく……っ!


(殺されるっ)

目をつぶり、恐怖から逃れるのでやっとだった。


「うぅらぁぁぁぁぁぁ!!」

怒涛の足音と共に、聞きなれぬ男の奮い立つ声が、

薄れゆくハナの意識の中に微かに聞こえていた……



白い雲の上のような世界……

ハナは気が付いた時には、そこにただ一人立っていた……


【ハナ……】


まるでお母さんに呼ばれているような声がする……


「誰……?」


【わた……は……ヴェ……ア……】


途切れ途切れの声、ハナにはほとんど聞き取れていない。


【……探し……て】


ハナの意識はまた遠くなり、闇が包んでいった……



次に目覚めると見知らぬ天井が見えた。

「あっ覚めた!!」

少し甲高い女性の声で、自分が死んではいないのだと理解したハナ。

(ここは……どこ?)


先ほどの女性はハナが目覚めるや否や、部屋を飛び出し、

誰かを呼びに行ったようだ。遠くで呼ぶ声が聞こえる。


恐怖で硬直していたせいか、体がうまく動かせない、

モジモジしている間に、今度は2人の足音が近づいて来る……


「あぁ……良かった……気が付いたんだね!」

優しくも芯の強い声がもう一人の女性だった。


「ぁ……」

言葉を出そうとしたが、やはりまだ出なかった。


「無理しないで、魔物に襲われたの。怖かったでしょ。今はゆっくり休んで……」

そういうと女性は、ハナの崩れた毛布を掛けなおしながら笑顔を見せた。


ハナはそんな優しい視線に安堵し、また、ゆっくりと目を閉じた……


再び目が覚めると、窓からの日差しが、透き通るように眩しく差し込んでいた。

どうやら、次の日の朝になっていたらしい。


「おはよう」

日差しの眩しさですぐに気付けなかったが、

ハナが眠るベッドのすぐ横には、昨日の女性の笑顔があった。

(ずっと付き添ってくれてた……?)


「ぉ……おはようござぃます……」

もう声も普通に出るようになっていた。

ただ、緊張ととまどいでうまく言えていない。


「昨日は大変だったね……外傷は無いようだけど、どこか痛くない?」

肩をさすりながら、女性は優しい笑みでハナに問いかけてくる。


「だ、大丈夫です……あの、ありがとうございます……」

もうすでに目も覚めている、だけど、この女性、とにかく美人なのだ!

パッチリとした瞳、黒髪の艶のあるロングヘア、飾らない笑顔。

ハナは大人の女性に憧れもある普通の少女、また違った緊張が全身をよぎっていた。


「ふふ、良かった。でもお礼は”彼”が帰ったら言ってあげてね」

大人の女性とは何をしても絵になる、笑った顔にも呆けてしまうほどのであった。


そして、ハナを気遣うように、昨日の事、自分たちのことを

ゆっくり優しく話してくれた……



続く。

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