依存と幼馴染

「ユーリ。貴様、どの面を下げてジョーカー侯爵家の門を潜る気か」 

 何とか家に帰り着いたユーリを待っていたのは、そんな言葉と、立ち並ぶ火文明の召喚獣達であった。

 その勇をもって侯の位を与えられているジョーカー侯爵家。切り札ジョーカーの名が示すように、その血と力は強い。

 現当主たるユーリの父もまた、武装竜とすら契約を交わした『召喚士』の一人である。

 その鮮やかな赤毛の男が、自身の召喚獣を並べ、腕を組んで門前に立つ。まるで……息子を屋敷へと入れまいとするように。

 

 「父上、私は……」

 「くどいぞ、ユーリ。貴様は学校で何をした?」

 「守護獣を与えられず、代わりに……デュエリストなる謎の力を託されたのです、父上」

 「父だと?戸籍の無い棄民が、息子のような口を」

 

 その言葉に、ユーリは唇を噛んだ。

 既に、家に顛末は伝わっていたのだ。そして……ユーリは既に、見棄てられていた。その事を、どうしようもなく理解した。

 

 「しかし、ジョーカー侯爵。私にも、王女殿下の婚約者であるという存在価値が」

 「ないわ阿呆。貴様、何故未だに自身に姫との婚約に値する価値があると思っている?」

 「それは……」

 少しの間、言い澱む。ユーリ自身、そこに頼るのは卑怯だという自覚があったから。

 「ミエル王女殿下からは、恩人として多少慕われておりますので。縁という価値は」

 「陛下から直接、破棄の旨を聞いたわ。幾ら残念な娘でも、いや王家の血にしか価値がない娘だからこそ、取り込む意味の無い欠陥品にくれてやる道理はない、とな。

 このジョーカーの疫病神が」

 「……ミィ」

 ぽつりと、幼馴染王女の名を呟く。

 

 「ユーリ、貴様はジョーカーの家名に泥を塗り、政敵を強大にする為に生きてきたのか」

 「違う、俺は……っ」

 「結果は火を見ろ。明らかだ」

 代々王家に仕え、侯の位を抱く男は……心底唾棄するもののように、血の繋がった息子を見下した。

 

 「貴様はジョーカーの地位を下げ、名を汚し、役目と名誉を奪い去った」

 「……え?」

 その言葉に、ユーリは絶句する。

 父の召喚獣たる装甲竜は静かにユーリをそのオレンジの瞳で睨み続けた。

 彼とは長い付き合いだ。自分もあんな召喚獣と契約してと妄想しながら、何度も触れた。

 そんな相手が……流石に武装を向けられないまでも、契約者の意に従いユーリを威圧する。

 

 「王女と婚約し血を連ねる者も、新たなる近衛の座の内定も、あの伯爵どもに渡ったわ」

 侯爵は静かに吐き捨てた。

 「血筋上の兄の努力を奪い去った感想はどうだ、疫病神」

 そう、数年後に設立される皇太子の近衛に、ユーリの兄は名を連ねていた。まだ発足していないがゆえに内定に過ぎないが、彼の未来は安泰であった筈だった。

 が、それすらも、ユーリが壊したというのだ。謎のデッキで、ガルドに一瞬にして国家有数の『召喚士サモナー』としての力を与えたが故に。

 ユーリが、彼等の必要性を奪ったのだ。元々忠誠心の強い者より、突如力を得た者を取り込んだ方が良い、その判断を王家に下させた。

 

 「俺、はっ……」

 「何処へでも行け、疫病神」

 「しかし、私財は部屋に」

 「くどい!野垂れ死ねば良いだろう!守護獣すら居ない、生きている価値もない欠陥品が!」

 武装竜が牙を剥き出しに吠えて威嚇し、ユーリは学校の制服の着の身着のまま、実家を後にした。

 

 頬を撫でる冷たい風に、ユーリは目を覚ます。

 此処は、学校の裏門近く。何処ででも野垂れ死ねと言われ、実際に……行く宛もない。資金も無い。

 部屋にならば私物はあるし、ユーリとて仮にも侯爵家、切り詰めれば街に安い部屋を借りて10年は何もせずとも生きていけるくらいの額は持っている。

 だが、それを自室に取りに行こうとしても……小型の召喚獣が侵入者ユーリを決して入れまいと邸宅を警備していては、手出しできる筈もなかった。

 

 それで途方にくれたユーリは、制服故に案外怪しまれない学校の敷地近くで黄昏ていたのである。

 手にしたカードは7枚。両面1枚、良く良く見ると中央下に描かれている筈の『1』の数字の無い抽象的な絵柄の5枚、そして多色レインボーの1枚。

 世界には多色のクリーチャーも存在する。彼等は複数の文明の力を持つ強大な超獣だ。しかし、そんな彼等と共鳴できる人間は居ない。人は一つの文明の力しか持たないから、絶対に彼等とは契約を交わせない。

 だから……そのカードに意味など無いはずなのだ。勿論、赤黒金……恐らく火/闇/光の三文明を示すだろう両面カードの裏面に描かれた龍など、神話に描かれる神の特例たる多色使いですら従えられないのではないだろうか。

 

 「……フェル」

 学校の裏門付近の裏庭に聳え立つ想い出の木。そこで出会ったもう居ない方の幼馴染の名前を、ぽつりとユーリは呟く。

 彼女を喪ってから、強くなろうと思った。二度とこの手から大切なものを溢さないように、強くならなきゃいけなかった。

 

 だというのに……

 カードは応えない。デッキは崩壊している。未来など何処にもない。

 

 そんなユーリの手に、不意に生暖かい何かが触れた。

 「ユーリさまっ!」

 「ミィ?」

 無邪気でころころと表情を変える少女が、疲れきった顔で立っていた。

 

 「ミィ、王女が一人で……」

 「おかしいの!ミィ、おとーさんにユーリさまを助けてって言ったのに。

 お家行ったら、ユーリさまはもう家の子じゃないって……」

 良かったとユーリの掌に小さな少し暖かい包みを押し付けながら、幼馴染王女は何で?とユーリに問う。

 

 「俺はもう君の婚約者じゃないし、ジョーカー侯爵家の者でもない。戸籍もない、流浪の人」

 「ユーリさま、ミィと結婚してくれないの?」

 とたんに不安そうにユーリの制服の袖を握り、少女の手が震える。

 既に結婚も何もなくなっているのだが、彼女の中ではまだ婚約者はユーリらしい。

 実際、王家……というかミエル王女の希望でまあジョーカーだし価値はあるか、と成されたのがユーリの婚約である。当人は解消する気など無いのだろう。

 

 けれども、だ。

 「ミィ。君の婚約者は、ガルドに変えられたようだよ」

 「ミィ、かえないよ?結婚するならユーリさま」

 「ミィのお父さんが、そう決めたんだ。俺にもさ、今はどうも出来ない」

 幼馴染をあまり傷付けないように言葉を選んで、ユーリは優しく諭す。

 「ミィ、ユーリさまに捨てられちゃうの?」

 すがりつくような上目遣い。恐怖に怯えた瞳で、幼馴染はユーリにしがみつく。

 

 「捨てないで、ユーリさま。

 ミィ、お金なら持ってきたから」

 「あ、これお金なんだ」

 何時もの調子の王女に毒気を抜かれながら、桃色の包みへとユーリは視線を向ける。

 「つつめるものなくてちょっぴり恥ずかしかったけど、キラキラのたかそうな石を持ってきたの。

 売ればお金になるよ?」

 どうやら、ハンカチか何かにくるんで宝石を持ち出してきてくれたらしい。

 外であまり高価なものを出しているのも良くないだろう。物盗りですら守護獣を持つがユーリには居ないのだから、とユーリはその包みを中身を見ずにポケットにひとまず仕舞い込んで……

 

 「ミィ、何時も言ってるけど、俺は君を捨てたり見棄てたりしない」

 寂しげなその頭をくしゃくしゃに撫でる。

 「うん」

 こくりと嬉しそうに目を細めて頷くツインテール。

 その背後から、ぬっと鎌を両手に握った影のような超獣が姿を見せた。

 「居たぞ!」

 「ユーリ・ジョー……唯のユーリを発見!ミエル王女殿下を救出せよ!」

 そう、王女ともあろう者が一人で抜け出してきたら当然来るはずの捜索部隊の召喚獣である。

 偵察用のそれはあまり強力な力を持つものではない。が、そんな理屈はそもそも召喚獣を持つから言える言葉である。16歳を越えれば誰しも持つはずの守護獣すら居ないユーリには、対抗手段など無いのだ。

 

 ひゅっ!と風を切る鎌。

 横凪ぎに振るわれたそれは、ユーリの前髪を数本切り落として空を切った。

 「っ!」

 唇を噛むユーリ。

 

 「彼は貴族では?」

 「殺しても構わん、許可は出ている!何としてもミエル王女殿下を拐わせるな!」

 と、走り寄ってくる兵士達の会話が耳に入る。

 

 まあ、そうだろうなとユーリは自嘲した。

 ミエル王女がユーリにべったりなのは周知の事実だ。彼女自身が満面の笑みで婚約の旨を自慢していたのだから、当然であろう。

 そんな王女を他人と結婚させようとしたら……ユーリが生きていたら困るのだ。死んで貰った方が都合が良い。

 そんな折、下手したら王女がそのままユーリに着いていきかねない状況が勃発した。なら、都合よく誘拐未遂として処分されるだろう。

 

 既に、ユーリに価値を見出している者など、ミエル王女以外に居ないのだから。

 

 「天使さま!」

 更に縦に振るわれる鎌の前に、舞い散る羽と共に光文明の天使が姿を現し、その鎌を受け止めた。

 「ミィ……」

 「ユーリさま、ミィまってるから!」

 少女は声を限りに叫ぶ。

 「ずっと信じてるから!ユーリさまに託されたものだもん、でゅえりすとっていうのも、あんなのが本当のじゃないって!」

 その言葉に、ユーリは顔を上げる。

 

 何を黄昏ていたのかと、奥歯を噛み締める。

 足掻け、まだ終わってなど居ない。

 

 覚悟と共に、ユーリは兵が来る方向を見た。

 反対ではない。どうせ、伏兵が居るのは確実だろう。

 ならば、正面突破の方がまだ勝機はある!

 『ハァァァァッ!』

 天使の輪から光が放たれ、逃げるように影の超獣は暗がりへと姿を消す。

 「だから、行って!ユーリさま!」

 「ああ、ごめん、ありがとうミィ!」

 最後に一瞬だけ幼馴染を振り返って、ユーリは駆け出した。

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