煉獄の決闘者~守護獣無しの欠陥品と追放された青年は、デュエリストとして世界と決闘する~

雨在 新人

決闘者と追放

『汝、炎の運命さだめを背負う者となる覚悟を問う』

 契約の神の声がユーリの脳裏に響き渡り、ユーリはその眉をぴくりと動かした。

 

 この世界に隣接する、6つの文明界と呼ばれる超獣クリーチャー世界ワールド

 火、水、風、地、光、そして闇。人は誰しも16歳の誕生日に契約神ディー=エムによって、自らを守護する召喚獣として何れかの文明界の超獣クリーチャーと契約を結ぶのだ。

 神から確実に与えられる守護獣のみならず、自力で文明界とコンタクトを取り複数の超獣と契約し召喚獣として使役する超越者『召喚士サモナー』を目指す王立召喚学校に通うユーリ・ジョーカーもまた、今正に初めて守護獣との契約を交わさんとするうちの一人であった。

 

 されど、聞こえてきたのは……聞いていた話とは違う言葉。

 『無言の肯定。世界を背負う炎、決闘者デュエリストの力を』

 どんどんと神の言葉は進んで行く。国家の誇る『召喚士』である講師によれば、守護獣との契約に際しては神は己に相応しい若き超獣と引き合わせて即座に語りかけるのを止めると聞いていたが……

 何らかの超獣と引き合わせようという感じはしない。

 

 『さぁ、王の運命と共に。立ち向かうが良い、炎の決闘者デュエリストよ。

 世界は君の掌の中に。デッキのカードが導くままに』 

 その言葉と共に、ユーリは掌に熱いものを感じる。

 それは、カードの束であった。6つの文明を示す6色の珠を円を描くように配置した白地に紅の魔法陣。裏面がその意匠で統一された60枚のカードと……それとはサイズこそ同じだが、裏面が異なる1枚のカード。

 いや、そうではない。表面にはどこまでも拡がっていく銀河のような炎、そして裏面は龍のような生きた炎が描かれた両面カードである。

 特徴として画一的なのは……そのカードの左上に数字が記されている事。大体のカードは数字が赤く縁取られているがカラスのような超獣が描かれたたった1枚だけは赤と黒。両面カードの表は赤く、裏は赤と黒そして金色の三色。

 

 デッキと呼ばれるらしいカードの束を手に、ユーリは立ち尽くした。

 契約神の像は最早光を持たない。さっきまで契約の為に光っていたが、うんともすんとも言わない。

 守護獣契約は終了したのだ。訳の分からない、薄い掌サイズの謎材質のカードの束のみを残して。

 

 とりあえず、両面カードに触れてみる。薄く、パッと見た感じそこそこ頑丈な高級紙製にも見えるそれだが……明らかに異様だ。

 熱く、そして硬い。火の近くにあるような、人肌を超える温度。曲げようと力を込めてみても、その薄っぺらさから想像も出来ないことに殆ど曲がらない。

 

 「ユーリ」

 そんなデッキを眺めるユーリに声をかけたのは、同級生の16歳の少年であった。

 彼の名はガルド。召喚学校において、ユーリの次に才能のあると目されていた天才である。

 ユーリの実家より地位の低い伯爵家の出であり、同じ火文明の資質だとされ、あらゆる点で凄いんだけどユーリの下位互換では?と言われてきた彼は、しかし真っ当に強力な超獣と契約を既に交わしている。

 「なあユーリ、お前はどんな超獣と契約したんだ?」

 その期待に応えた彼は、己の守護獣である超獣を召喚し、ニヤニヤとユーリを見た。

 

 「まっさかぁ、その変なカードじゃないんだろう?」

 ガルドが従えるのは、美しい女の顔を持つ怪物。クールな印象を与える理知的な顔立ちをした金髪女性の顔に、巨大な獅子の体。蠍の毒尾に……蝙蝠の翼を持つ火文明の巨獣マンティコアである。

 「何たって、天才でジョーカー侯爵家のユーリ様だもんなぁ、ドラゴンとくらい契約したんだよなぁ?」

 

 初めてユーリに勝てそうだからか、常に二番に甘んじてきた彼は散々にユーリを煽り倒す。

 「さぁ、な?」

 だが、ユーリ自身自分に与えられたものが一体何なのか理解できていないから、返事は曖昧になる。

 「ただ、ディー=エム神から託されたこのカードには、炎の龍が描かれている。

 これが契約した守護獣の姿ならば、火文明のドラゴンという事になる」

 「な、なんっ!?」

 煽ったものそのものの可能性に、眼を見開いたまま金髪少年は固まった。

 

 「な、なら呼んでみろよ!」

 「ユーリさまっ」

 ユーリの横に一人の少女が立つ。

 豊満な肉体の天使を従えた、幼い外見の少女。ユーリの婚約者であり、王国の第二王女のミエルだ。

 同い年の16歳ながら幼さが抜けきらない容姿や舌っ足らずな喋り方、そして……良く言えば純粋無垢、悪く言えば騙されやすいお馬鹿な性格から陰口を叩かれがちであり、婚約者のユーリにべったり。

 今も、その袖をきゅっと掴んでいる。

 

 「ユーリさま!やりましょうっ!」

 と、幼さを強調するようなツーテールを跳ねさせて、婚約者少女はふーっ!と婚約者を馬鹿にする少年を威嚇する。

 「ただ、神から伝えられたのはデュエリストの力。文明界の超獣との契約じゃない」

 聞き覚えはない。デュエリストとは……サモナーとどう違うのだろうか。

 ユーリは手元のカードに眼を落とすが……沢山の文字が描かれているものの、全く読めない。画数の少ない音を現してそうな文字と画数が多い意味を持ちそうな文字が組み合わさった見ず知らずの言語で書かれた文の意味など読み取れよう筈もない。

 分かるものといったら、左上と真ん中下にある数字のみ。しかしそれも、常用のものではない。といっても、下の数字が全て『1』の意味である事は分かる。

 

 「でゅえりすと?」

 「何だそりゃ」

 当然の疑問にも、ユーリは応えられない。

 「まあ、召喚してみれば分かるだろう」

 そう思って、表に『6』、裏に『11』とある両面カードを構えてみるが……

 特に何も起こらない。

 

 「ユーリさま?」

 「すまない。力の使い方が微妙なんだけれど、多分最初から高い数字は出せないんじゃないだろうか」

 「は?召喚にそんな制限ないだろ?」

 馬鹿にし腐ったようにユーリを見下すガルド。

 「デュエリストは違うのかも知れない。その分、最初から60体近く」

 ぱらぱらとカードを見る。

 選んだのは1枚のカード。鉱山で何かを掘る数匹のゴブリンが描かれた、左上が『1』であるカード。

 「契約しているのかもな!」

 

 「召喚!」

 …………

 …… 

 何も起きない。

 

 「ん?どういう事だ?召喚!」

 カードはうんともすんとも言わない。

 直感的に分かるのは、マナが足りないからチャージが必要だという事だけ。

 だが、ユーリはマナは知っていても不足だのチャージだのの概念など知らない。

 

 「マナ、チャージ?

 先生、何か知りませんか?」

 じっと事態を見ていた男性教員にユーリは問い掛けてみる。

 彼は『召喚士サモナー』である。マナ……即ち文明界に満ちるエネルギーであるとされ、召喚獣として契約してくれる超獣が持つ超パワーの源についても詳しい筈だ。

 

 しかし、唯一の希望である彼すらもお手上げだと肩を竦める。

 「マナをチャージするなど聞いたことがない」

 どうすれば良い、とユーリはカードを見つめる。

 ゴブリン。火文明の世界に住む小鬼だ。気の良い性格で、契約は簡単。強さは人と同レベルと強くはなく彼等との契約を交わしても召喚士の称号は得られないが、労働力としてそこらの人間が守護獣とは別に契約している姿を割と見る超ポピュラーな超獣である。

 そんな存在すら、召喚できない。ならばこのデュエリストなる力は一体何なんだ。そもそもマナをチャージするとは?

 

 混乱するユーリの手から、カードの束が引ったくられる。

 「っ!あっつ!?」

 燃え上がり、即座にガルド少年は手にした両面カードを放り投げた。すると、カードはふっと燃え尽き、ユーリの手の中に炎と共に再度現れた。

 が、そんな挙動をかますのはそのカードのみ。60枚の、良く分からないがデッキと呼ばれるらしいカード群はガルドの手に収まる。

 

 「ユーリさまの!かえして!」

 王女は叫ぶが……この場で支配的なのは一番強力な守護獣と契約したガルドである。唯一止められるのは、不測の事態に興味を引かれたのか止めるでもなくなりゆきを見守るだけの教師のみ。

 「ったく、俺様が使い方を教えてやるっての!」

 そのまま、少年は適当にカードを振り、召喚!と呟くが当然何も起きない。

 

 「ん?じゃ、契約?」

 その瞬間、裏の魔法陣が光り、数匹のゴブリンが姿を現した。そして、カードは燃え尽きる。

 しかし、両面カードとは異なり、ユーリの手に戻ってくる事はなかった。

 

 「マジかよ。適当に言ったら当たったわ」

 「……返してくれないか?」

 静かに告げるユーリ。

 

 「あ?誰が」

 返す気など無さげだ。

 あのカードの束さえあれば、一瞬で沢山の超獣と契約しひとかどの召喚士になれるらしい。そんなもの、誰の所有物か等の道理をガン無視してでも窃盗する価値があるだろう。

 例えゴブリン等が混じっていたとしても、ぱらぱら見ただけでも凄そうな超獣のカードは何枚もあった。それらと全て、あのカードを使うだけで契約できるならば……。その者は即日国家『召喚士サモナー』として厚遇を約束されるだろう。

 

 「おい!」

 怒りと共に、己のデッキを取り戻そうとしてユーリはカードに手を伸ばし……

 「はい、契約、契約、契約、契や……」

 気にせずカードを消費していくガルドの手から一枚のカードをとりあえず引ったくる。それは、大きな熊のようなクリーチャーの描かれたカード。

 

 「契約っ!」

 しかし、ユーリのその叫びは虚しく響いた。

 決闘者は通常の召喚契約は不可能。それだけを理解する。

 

 じゃあどうしろというんだ!と内心で叫ぶが、答えは返ってこない。

 

 「ってか、邪魔」

 「うぐっ!」

 ガルドの言葉と共に彼の守護獣たるマンティコアの蠍の尾が振るわれる。

 婚約者の守護獣である天使がその手を翳して半透明のバリアのようなものを貼ってくれはしたものの、それは激突の威力を下げることしか出来ずに砕け、ユーリは為す術なく凪ぎ払われる尻尾によって吹き飛ばされた。

 

 その間にも、次々と増えていくガルドの召喚獣。流石にドラゴンといった恐ろしい強獣こそ居ないものの、鎧の熊や機械のようなものを纏ったトカゲ等、人類では到底敵わないだろう超獣が召喚されていく。

 その全てが、ガルドを襲うでもなく、側に控えているのだ。

 

 「あー、ちょっとあいつ抑えてて。

 あ、ミエルちゃんは優しく」

 その言葉に合わせ、ジャキリと音を立てて有翼のトカゲ兵はその手の機械弓をユーリの心臓部に向けた。

 それは……確かに彼等全てが、ガルドに従う召喚獣としてこの場に居るという事実を現していて……

 

 「っ!天使様!」

 「止めろ、ミィ」

 自身の守護獣に呼び掛ける婚約者の肩を強く抑えて、ユーリは首を横に振る。

 「でもユーリさま!あれはユーリさまの……」

 「良いんだ、ミィ」

 「どろぼーなのに!」

 「君が傷付く方が困るんだ」

 婚約者に強く言われて、少女は黙り込んだ。天使の守護獣は、静かに佇んで自身の契約者を見守っている。

 

 「せんせ、止めてよ!」

 王女に請われ、漸く唯一止められるだろう『召喚士』が動く。

 しかし、それは……

 「あー、ガルド少年。数枚此方に回せ。独占するな」

 決して、ユーリへの助け船ではなかった。

 

 「でもよ、センセ。これほっとんど火文明だぜ?

 センセの文明違うだろ?人は一文明としか契約出来ないってジョーシキを、まさか俺以下に成り下がったとはいえ『召喚士サモナー』様が知らないわけもないよな?」

 「そのルールが、異例のカードによる契約で通じるのか、見てみるべきだろう?」

 ニヤリと人が悪い笑みを浮かべ、教師はガルドに与する。

 

 「っ、ミィ」

 その光景に耐えきれなくなったのか、王女たるツインテールの少女は幼い顔をぐしゃぐしゃにして何処かへ走り去っていった。

 それを追うか、それともカードを取り戻せるか行動してみるか……一瞬、ユーリは迷う。

 

 だが、迷うことに意味はなかった。既に30を越えたガルドの召喚獣軍団と呼ぶべき超獣集団の一体が、大講堂の出入り口を塞ぐ。

 これでもう、ユーリは婚約者を追いかけることは出来ない。

 

 「……文明の差は覆せないか」

 教師はカードを手にぽつりと呟き……

 「ならば要らないな」

 ぽい、と興味を喪ったそのカードを放る。

 それはユーリとは反対方向であり、拾った少年に使われて燃えた。

 

 「ルークス」

 「ユーリさん。有り難うございます!俺を強くしてくれて!」

 「違う!」

 「ったく、最初からそうならそうと言えよユーリ。

 お前はこのガルド様を最強の『召喚士サモナー』にする為に産まれてきたんだって、さ!」

 「そんな事はない!俺は……っ」

 圧倒的な力。召喚獣契約が交わせないどころか、守護獣すら持たぬユーリには、絶対に覆せなくなった存在の差。

 それを噛み締めながら、ユーリは叫ぶ。

 「俺は、もう、あの子のように喪わないように……っ!」

 「ってかよ、ユーリ。『召喚士』に絶対になれないお前が、何で召喚学校に居るわけ?

 不正入学だろ、お前。出てけよ」

 「ああ、そうだな。資格不足として、ユーリ・ジョーカーを除籍」

 

 「っ!そうかよ!」

 足音荒く立ち去ろうとするユーリ。

 その背に、ばらばらと6枚のカードが投げつけられた。

 内訳は……たった1枚だけ赤と黒で縁取られていたカラスのカードと、抽象的で超獣の描かれていないカードが5枚。

 

 「返してやっよ。クリーチャーじゃねぇのと、存在するけど絶対に契約を交わせない多色レインボーのクリーチャーのカード。

 流石に使えねぇのは要らねぇわ」

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