第二話 金クズ男と痛々しいショタ


 「いいから出てこい。その可愛らしい顔に可愛らしい恰好。売れないはずがないんだ。一緒に大金を稼ごうじゃあないか」

 「吾輩は男である!可愛らしいとか言うな!」

 

 黒髪ショートの男と白髪ショタによる口喧嘩はまだ続いている。

 …何故か俺の体を隔てて。


 「なあ、まずはお互いゆっくりと話し合いをした方が良いんじゃないか?このままだと進展のないまま、ずっと口喧嘩することになりそうだが」


 とりあえず俺はこのまま言い争いに巻き込まれるのは嫌なので、喧嘩の仲裁をする事にした。


 「ほう、確かに貴様の意見には一理ある。円滑なビジネスとは、しっかりとした会議から始まるものだ」

 

 黒髪ショートの男は俺の意見を理解してくれたのか、近くにあった席へと腰かける。

 良かった。どうやら話の通じるタイプの人間なようだ。

 

 「ほら、話し合いで済むようになったから、お前も泣いてないで席にも戻ろう?」

 「ぐすっ…うん…」


 白髪ショタは半泣きになりながら、俺の背中から自分の席へと戻る。

 両者とも話し合いの席についた事を確認すると、俺も自分の席へと座った。


 「まずは各々の自己紹介をしたいと思う。名前がわからないと、話し合いなんて出来ないからな。ちなみに俺の名前は多々良花道。面白いことは好きだが、面倒くさいことは嫌いだ。特に今みたいな状況がな」

 「それは災難だったな」

 「本当に可愛そうである」

 

 俺は皮肉交じりに自己を紹介するが、どうやら彼らには理解されなかったらしい。

 自己紹介を終えた俺が席に座ると、「なら次は私が」と黒髪ショートの男が席を立った。


「私の名前は樋口銀杏ひぐちいちよう銀杏ぎんなんと書いていちようと読む。一応樋口カンパニーの一人息子をやっている。商いごとが好きで、金にならない事が嫌いだ」


 銀杏は話し終えるとふんっと鼻を鳴らし、長い足を折りたたみ席へと腰掛ける。


 樋口カンパニーっといえば、日本三大企業の一つじゃないか!なんでこんな高校にそこの一人息子が通っているんだよ。


「次は吾輩の番だな!ぼ、吾輩の名前はたな……闇野ダークネス《やみのだーくねす》!闇の皇帝である!お前ら凡人とはわけが違うのだ。ひかえおろう!」


 闇野は話し終えると、学ランを改造して作ったマントをバサバサとさせながら椅子の上に立ち、こちらを見下ろしてきた。


 ……なんて痛々しい。今朝起きたらできていた俺の口内炎ぐらい痛々しい。

 周りの人間は何でこんなになるまで放っておいたんだ。


 俺は思わずエアハンカチをエア涙で濡らす。

 そんな中、隣で静かに自己紹介を聞いていた銀杏が調子に乗る闇野を険しい表情で睨み出した。


 「で、本当の名前は?」

 「……ふぇ?」

 「本当の名だ。まさか偽名を使って会議を進められると考えているわけではなかろう?」

 「だ、だから、闇野だーく」

 「本当の名は?」

 「…た…田中佐藤たなかさとうです……。家は…普通のお家です。嘘ついてごめんなさいでした…」

 

 睨む銀杏が相当怖かったのか、闇野は涙目になりながら椅子から降りる。そして小さい身長をさらに小さくさせながら、可愛らしく椅子へと座った。


 「よ、よろしくな、闇野」


 俺はそんな田中に優しく声をかけてあげる。

 すると闇野と呼ばれたことが嬉しかったのか、田中はこちらへ笑顔を見せながら「よろしくなのだ!」と元気に挨拶してきた。


 どうしよう。こいつを見ていると、俺の中にある何かが目覚めそうになるんだが……。

 俺は思わず胸を押さえた。


 そんな時、銀杏が場の空気をリセットさせるためか、こほんと一回咳払いをしてきた。


 「さて、では紹介も済んだことだし商談の話に戻ろう」

 「それなんだけど、田中の写真を撮って何に使うつもりなんだ?」

 「そんなのは決まっている。ここの生徒共に売るつもりだ。ここの生徒は女に飢えていると聞くからな」

 「……ぇえ」


 銀杏は真剣な顔でそう話す。

 だがどう見ても被写体の同意は得られてないようだ。


 「そこで善は急げと、早速女であるこいつの写真を撮ろうとしたのだが……」

 「そもそも吾輩は男である。男の写真を男に売るなんておかしいのだ」


 田中は銀杏にビビりながらもそう意見する。

 それを聞いて、銀杏はやれやれと肩をすくめた。


 「…と、こんな風に自分のことを男だと言い張って写真を撮らせてくれないのでな。手っ取り早くズボンを脱がして○んこを見てやろうかと——」

 「そこがおかしい」

 

 俺は銀杏に指を刺しおかしな部分を指摘する。

 すると銀杏は机を強く叩き立ち上がった。


 「何故だ!女が男だと言い張っているのなら、ズボンを脱がして確認するのが常識だろう。私はそう本で読んだぞ!」

 「…ちなみにその本のタイトルは?」


 嫌な予感がしつつ聞いてみる。

 すると銀杏は胸を張ってこう叫んだ。


 「[男子校で生意気な男装女子をわからせてみた]という本だ」


 俺は頭を抱えた。

 横では田中が「…わからせ?」と首を捻っていた。


 「何故頭を抱える?私は何も間違っていないだろう!」

 「なあなあ多々良君、わからせって何のこと?」


 俺は両脇で騒ぐ二人のことを無視し、ふと教室の天井を仰ぎ見る。


 

 ———全く、とんでもねぇ奴らと同じ時代に生まれてきちまったぜ。

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