第17話 軍曹と曹長

吉祥寺から八王子まで、京王線を利用すると小一時間はかかる。

その間に、私は清書した小説をもう一度確認しようと思った。


スマートフォンに指を滑らせ、端末に保存した小説に目を通す。

今日書けたのは、AVの現場を見学のつもりで訪れた紗栄子が止むを得ずAVに出演してしまうところまでだ。


なぜ嫌がっていた紗栄子がAVに出演する事になったのか?

読者を説得できるだけの理由付けとストーリー展開は出来たと自負している。


ただ、官能シーンがエッチシーンになってしまっているところが気になる。

登場人物がセックスを通して、どう感情が変化していくのか、そこがまだ書ききれていない気がした。



早川君が読んでくれると言っていたので、そこは彼のアドバイスを待とう。



書き上げた小説を読み返していると、あっという間に八王子まで来ていたようだ。

電車のアナウンスが八王子に到着することを告げている。

清書した小説の確認を終えた私は、スマートフォンの画面を閉じた。




”ピコ~ン”


と、その時、メッセージ受信の通知があった。

相手は千佳だった。



村松千佳むらまつちかは私の数少ない友人の一人で、地元の国立大学の2年生だ。


たまにメッセージのやり取りをしている。

メッセージを開くと、彼女らしい文面が踊っていた。



<やほー、カノン>

<元気でやっとるかね?>

<分かっていると思うが、オトコができたら>

<報告は厳だぞ、軍曹>



相変わらず宇宙人だ。そう思いながら私は笑った。

千佳とは、もし彼氏ができたら報告し合おうと約束していた。


虫の知らせ――あれ、使い方間違ってる?――でもあったのか、絶妙のタイミングで連絡が来る。


千佳に返信する。

<曹長!>

<実は報告したい事があります>


<なんだとーー!!>

<まさか、オトコか >

<許さん、許さんぞ、この非国民め>


「あはは、何が非国民よ」


スマートフォンの画面を見ながら笑う。トロロ軍曹とかいうアニメが好きな千佳に合わせているが、私は軍曹と曹長のどちらが階級が上かなんて知らないし、こんな口調で喋るのかも知らない。


<オトコは出来てないけど、気になる子がいる>

<もうすぐ駅に着くから、帰ったら電話できる?>


<まあ、カノンの恋バナなんて興味ないけど>

<相談にはのるよ>

< ・ω・)b >


(絶対に嘘だ 笑)

スマートフォンの向こうで、千佳が目を丸くしているのが手に取るように分かる。

自分に興味がある話になると目を丸くして態度で示すのだ、千佳は。


ほどなく電車は八王子に到着し、私は自宅への道を急いだ。

私が住むおんぼろアパートは、京王八王子駅から15分のところにある。


八王子は都内でも家賃が安く、大学も多数存在することから学生が多く住んでいる街だ。また、自然が豊かでのびのびとした空気を感じることができる、田舎者に優しい街でもある。


夏暑くて冬寒いのが難点だが……、あとゲリラ豪雨の発生率も高い事を付け加えておく。




アパートに着き、私は直ぐに千佳に電話をかけた。


「ちょっと! 軍曹、気になるって、どこまで進んでるの?

もしかして、もうチューはした? まさか、エッチまではヤってないよね 」


ワンコールもしないうちに、秒の速さで千佳は電話に出た。


「ちょっと、落ち着いてよ千佳」


「これが、落ち着けるわけないじゃない。わたしだってまだ男っ気が全然ないのに、まさか花音に先を越されるなんて~

あ~~友よ、抜け駆けしたな~~」


「だから、まだ気になるってだけ。それに、その人には好きな人がいるんだもん」



「え、どういう事?」



私は、千佳に図書館での出来事から今日までの事を話した。


「つまり、まとめると、こういう事ね。

①花音は官能小説を書いている

②その官能小説執筆に、早川君が協力を申し出た

③早川君はお金持ちの長身イケメン男子

④早川には【他に好きな人がいる】

⑤花音は不覚にも早川君が好きになりそうだ

⑥お人好しの花音は早川君の恋のお手伝いをしようとしている」


「まあ、概ね合ってる『他に好きな人がいる』ってところを強調し過ぎな気もするけど 笑」


「この、金の亡者めーー!!」


「いきなり、そこ?」


「賞金に目がくらんで、お金持ちの男子の玉の輿を狙うなんて、わたしはお前をそんな子に育てた覚えは無いぞーー」


「だって、東京で生活するにはお金がいるんだもん。それに、早川君がお金持ちだから気になるんじゃないよ」


「冗談よ、花音がそんな子じゃない事なんて、わたしが一番知ってるよ」


「分かってるわよ 笑」



千佳とはいつも、こうやって冗談を言い合っている。彼女とは中学生の頃からの付き合いなのだ。


「でも、冗談で済まされない状況だよ、これは」


「え、どういう事?」


千佳の声のトーンが変わり、私は少し不安になる。千佳はになると冷静に分析して的確なアドバイスをくれるのだ。



「つまり、その早川君と二人っきりで二日間も一緒だったんでしょ?」


「う、うん……」


「しかも、花音が手作りのクッキーやお弁当を持参して、更には腕を組んで、トドメに自慢の美乳で抱きついた!」


「なんか、その纏めだと、わたしってあざとくない?」


「だって、そうじゃない!

花音は良いわよ、誰にも誇れる美乳があるんだもん、わたしだって一度くらい胸をブルンブルンと揺らしてオトコを誘惑してみたいよ」


千佳は地元でも有名な美少女なのだが、Aカップの貧乳を異常なまでにコンプレックスとして気にしている。

自分に恋ができないのは、貧乳のせいだと思っているくらいだ。


だが、実際は千佳は男子にモテる。ただ、その性格が男子から敬遠される要素となっているのだ。彼女の男子に対しての免疫不全症候群は深刻で、男子の前では恥ずかしいのか一言も喋らずにムスっとした態度をとってしまう。

そういう態度が、逆に男子からは『自分は相手にされていない』と思われてしまい、結局仲良くなれないでいる。



「き、今日は『ヒンヌー教』は止めて、状況について教えてよ」


千佳がヒンヌー教のお経を唱え始めると収まりがつかなくなる。



「良い?

オトコってオオカミなの」


「オオカミ?」





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