第16話 ハプニング

「小学生の僕には、ミニヨンって少し年上のお姉さんなんだよね。

それで、そのお姉さんが、ずっと年上の男の人に失恋して死んじゃうのが凄いショックで、それで、僕がハッピーエンドになる話を作ろうと思ったのが最初かな」


「早川君のハッピーエンドバージョンは、どうなるの?」



「ミニヨンには、年下の、彼女を慕う男の子がいて、失恋したミニヨンを慰めるんだ『僕が立派になってお姉ちゃんをお嫁さんにする』ってね」と自分で話しておいて、彼は可笑しそうに笑った。



「その男の子って、まさか……」私は、笑いをこらえて聞く。



「そう、僕がモデル」



早川君が答えると、二人で大笑いした。




「綾瀬さんは、いつから書いているの?」



「去年から、初めて書いたのが『潮騒の記憶』、クオカードが欲しくて書き始めたんだけどね 笑」



「でも分かったんだ……小説の中では、わたしは成りたい自分になれる。

幼なじみに愛される病弱な女の子だったり、奔放で自由な女の子だったり。


自分にできないことを、小説の中で代わりに演じてもらうの。


そして好きな人に、『好き』だって言ってもらうの……。だから、わたしは小説を書いている」



私は、思わず早川君見つめた……。




「そうか……僕は女の子を幸せにするヒーローに、綾瀬さんはヒロインになりたくて小説を書く、根っこは同じだね」


早川君は少しはにかむように笑った。





「ふ~」


暫く私たちは夫々の作業に没頭していたが、先に私の清書が終わり大きくため息をついた。


「あ、清書が終わったんだ、見ようか?」


「うん、お願いします。早川君は?」


「僕も下書きは終わったよ。タブレットに入力中」


そう言って、テーブルから離れ、ソファーへ座った。私もソファーに移動して隣に座る。


「ねえ、下書き見せて」私は文剛が持っていたノート取り、開いた。


そこにはびっしりと文字が書き込まれている。


「うわ、いっぱい書いてある。どれかな……、『彼女は天然色』、これ?」


ノートを開いた先のページに章名が書いてあり、放課後の図書館~という記述が見えた。



その瞬間、「それは違うんだ」と慌てて文剛が私からノートを取り戻す。その勢いで私は早川君の胸に引き寄せられる形で、抱きついてしまった。



「あ、ごめんな……さい」彼の体温を感じる。


「あ、いや、僕が急に引っ張ったから……

僕のは、後で清書したものを見せるよ。

だから、綾瀬さんのを先に見ようか?」




ちょっとしたハプニングに、二人して挙動不審になる。




「そ、そうだね。あ、でももう17時を過ぎているから、あまり長居しちゃ悪いかも」

そういったが、実は心臓が爆発しそうなくらいドキドキしている。

今日いっしょに居て分かった。


私は早川君を好きになりかけている。

今、偶然にも抱きついてしまったけど、自分としては凄く良い雰囲気だったと思っている。


もし、このまま今の気持ちのまま此処にいたら、自分の気持ちを抑えきれなくなりそうな気がした。

ここは勇気ある撤退を選択すべきだと、僅かに残っている理性が撤退のラッパを鳴らしている。



早川君には好きな人がいるんだ。


私達の関係は『互助関係』。

そして、小説を書き終えたら早川君の恋のお手伝いをしてあげる。


それが彼への恩返しだ。



なのに、ズキン。何故か胸が痛くなる。





「あ、確かにそうだね。あまり遅くなっちゃうと、綾瀬さんも他にやらなきゃいけない事もあるだろうし。

パソコンのローカルには清書を保存してあるの?」


「うん、デスクトップに置いてある」


「分かった。じゃあ、後で読んでおくよ」


「うん。ごめんね、早川君ばかりに面倒をかけちゃって、それに、ネックレスもありがとう。大切にするね」


そこまで言って、私は大事な事に気付いた。

誕生日のプレゼントをもらったのだ。だったらお返しも必要なのではないか?



「そういえば、早川君の誕生日っていつなの?」


「僕は十月だよ」


「そっか、じゃあ、その頃、私も何かプレゼントするよ」

と言ってしまって、後悔した。


互助関係は七月で終わりだ。

十月、もしかしたら早川君は『好きな人』と上手くいっているかもしれない。

だったら、私がプレゼントなんかしたら迷惑ではないだろうか?


「あはは、そんな、お返しなんて気にしなくて良いよ 笑」


「ううん、大した事は出来ないけど、やっぱり私も何か贈りたい」


「うん。 じゃあ期待して待ってるね。

駅まで送るよ」



「ありがとう。早川君って本当に優しいんだね」


そうだ。早川君が親切なのは、きっと誰に対してもなんだ。だから、私は勘違いしてはいけない。揺れる自分の心を(とまれ! とまれ!)と抑え込んだ。



外に出ると、相変わらず人が多く、傾いた太陽は赤く大きくなっていた。

マンションから駅まで行くには、住宅街から公園を抜けて行くことになる。


公園に入ると人が多くなるので、私はまた早川君の腕に手を添えた。

今日は何度もこの仕草をしているが、彼は迷惑なんじゃないか?


少し心配になる。


チラリの彼の方を見ると、特に気にしていないようではあるが、不自然に前方を見て固まっているような気もする。



(早川君、迷惑じゃない?)聞いてしまうと、きっと彼は更に困るだろう。

今は、彼の優しさに甘えよう。


駅の改札の前で、「じゃあ」と手を振って別れた。

昨日は、明日また会えると思って手を振ったのだが、今度は週末まで待たなくてはいけない。



勿論、学校でも会えるけど、それは今日一緒に居てくれた早川君とは違う。




でも、私は現金だ。

この気持ちは、小説を書くうえで凄く役に立つ。




今まで、私が知らなかった気持ちだ。





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