第16話 都合の良い奇跡なんて



「てめえだけは絶対に殺してやる」


 ミサキは本気の殺意を込めて、そう言った。


「あははっ。いいねえ! 目的があるのはいいことだ」


 春日アキラは、本当にムカつく女だった。



 

 白銀ミサキは、『白銀』の名をもらう以前、普通の家庭に生まれている。


 ミサキのややこしい人生を大きく分けるとこうだ。

 

 1 普通の家庭に生まれる。

 

 2 その後、異常な怪力を持っていることが判明して、施設に入れられる。施設というのが、地獄のような場所で、ミサキはひたすら、人体実験を繰り返されて、壊れた。

 そこから救ってくれたのが、アキラだった。


 3 アキラに救われてからは、名探偵・春日アキラの助手としての日々。


 出会ってからしばらくは、ずっとアキラのことを殺そうと思っていた。

 アキラはいつも笑っている。

 アキラは誰からも慕われ、頼られている。

 気持ち悪かった。

 ずっとゴミのように扱われていた自分とは、根本的に、違う人間。

 そんなやつと一緒にいるのは、無理だと思っていた。


 アキラがミサキがいた施設を解体してくれた後は、アキラと一緒に住むことになった。


「ミサキ、お風呂にしようか」

「一人で入れよ」


「ミサキ……また好き嫌いかい? なんでも食べないとダメだよ」

「関係ねえだろ」


「ミサキ……アイスでも食べようか」

「てめえの味覚は腐ってるからイヤだ」


 ミサキは、《たまも》という強力な怪異と適合できる素質を持っていたため、ひたすら実験を繰り返されていた。

 激痛の走る適合試験と、戦闘訓練。そんなことをすれば、壊れた人格ができあがるのは当然だ。

 けれど、時間をかければ、少しずつでも、傷つける以外の人との関わり方ができるはずだと、アキラは信じ続けた。


 アキラは、虐げられる子供を見捨てることができない。

 それだけは許せない。

 弟と同じような子供を、一人だって放っておけない。

 

 ミサキのことは、そのうち弟に紹介しようと思っていた。

 きっと良いケンカ友達になるだろう。本音でぶつかれる関係は素敵だろうと、アキラは気楽に考えていた。


 いつか三人で、事件を解決する日がくるかもしれない。

 そうだ。

 ミサキとハルトが、組めばいい。

 我ながら天才的な思いつきだと、アキラは笑みを我慢できなくなる。

 アキラには、宮地アイというパートナーがいる。

 やはり探偵には、助手がつきものなのだから。




 ■



「ミサキは何か、これからやりたいことはあるかい?」

「……探したい人がいるかな」


 きさらぎを追っている時にした、何気ない会話だ。


「へえ、誰だい?」

「名前もわからないけれど、地獄の日々で、私を救ってくれた人」


 この頃のミサキは、アキラの真似をし始めていて、ずいぶんと昔とは変わっていた。


「なら私も探すのを手伝おうか。名探偵にかかればすぐ見つかるさ」


 その言葉は果たされないまま、アキラは死んだ。


 アキラが死んだあの日のことを、ミサキはずっと夢にみる。

 あれから、悪夢ばかりを見ている。


 ■



 ランのナイフが振り下ろされる。


 ここで都合よく、アキラが生き返って助けてくれる。


 なんてことは、絶対にない。


 都合のいい奇跡なんて、ない。




 ない、はずなのに。


 

 ――――キィン……ッ、という金属音。


 ランのナイフが、何者かの刀に防がれた。






 

「――悪い、寝坊した」


「――遅いよ、ばーか」


 ハルトの言葉に、ミサキは愛おしそうに悪態ついた。





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