第4話 《透明なストーカー事件》/出題編 「気持ち悪いから、二度と捜査に関わらないで」



「さて……、それじゃあ改めて、今回の依頼について確認しようか……、ん?」


 話を進めようとしたところで、ミサキはふとハルトの方を見つめた。


「……ハルトくん? どうかした?」


 なにやらボーッとしている。

 様子がおかしい。


「いや、なんでもない」

「? まあいいか。それじゃ、再確認だ」


 『透明なストーカー』。

 それが、めぐるから聞いていた話だ。ストーカーにあとをつけられているような視線を感じる。

 そして、部屋の中で足音がしたり、物が壊れていたりする、ということだった。


「物が壊れてる、っていうのは、例えば……《ポルターガイスト》とかも考えられたんだ。

 松原さん自身に原因がある、ってパターンだね。ストーカーのストレスがトリガーになって、そういう《怪異》に目覚める、ってのはありそうな線だったんだけどね……。松原さん自身からは、怪力かいりょくをまったく感じないから、原因は別かな」


「かいりょく?」とめぐるが首を傾げる。


「霊力とか魔力とか……、言い方はなんでもいいけど、《怪異》を操れば痕跡が残るものなんだ。上手い使い手なら、消すこともできるけどね。でも、無意識ならわかりやすく残っててもおかしくないけど……、そうじゃないから《ポルターガイスト》説はなしだ」


 そこでハルトが手を挙げた。

「はい、ハルトくん」と、ミサキが教師のように指をさした。

 指さすな、と小声で言ってミサキの指を払いつつ、


「……《ポルターガイスト》って《怪異》なのか?」


「《かまいたち》みたいにわかりやすくキャラクター化された妖怪でなくとも、そういったオカルトはだいたいなんでも《怪異》だよ。

 確かにジャンルが違う感じはするけど、『妖怪』だの『都市伝説』だの、それも人間が作った区分だしねえ。オカルトである必要すらないね。

 神話だとか、偉人だとか、モチーフはなんでも良いんだよ。

 ――――『語られるもの』であれば、『語られる』ことで、力を得る。

 なんだって《怪異》になるさ」


「なるほど……」


 『そんなことも知らないの~?』と書かれた紙がミサキから差し出される。

 ――筆談。

 めぐるやサクに聞かせるわけにもいかない会話ということだろう。

 ハルトはイラッとしたので、紙を高速で奪って丸めて投げつけた。

 ミサキは素早く反応し、丸めた紙を手で払って正確に打ち返してくる。さすがの反応速度。戦った時の動けることはわかっていたが、体育5はやはり本当らしい。

 ハルトはこれまた正確に打ち返し、ミサキの背後にあったゴミ箱へ紙が叩き込まれた。

 ハルトの体育3は、当然手を抜いた結果だ。体育3で《カイサン》は務まらない。

 あまりにも一瞬の攻防。

 俯いていたサクは、気づきすらしなかった。めぐるはかろうじて二人が何かをしていたのは見えていたようで、不思議そうに目を細めた。


「……なんか、二人って、そんな感じだっけ? 仲良し?」

「そりゃあね。探偵と助手だよ? 息が合ってないと」

「仲良しじゃないですよ……、生徒会長様に、お……、僕なんかが恐れ多い……」

「ごめんね、辻さん……人前だと照れちゃって。いつもはこんなことないんだけど」


 いつももクソもねえよ、とハルトは思った。出会って数日だろうに。


「へ、へえ~……?」

 曖昧な相槌になるめぐる。

 彼女の視点からでも、奇妙な状況だろう。なにせ、めぐるの前では演技状態の関係を多く見せた後だ。

 今はどうしても、ミサキに対するイラつきを、以前よりも出してしまう。

 あまり見せたくはないが、依頼者である時点で《怪異》のことなどを教えるのだから、『裏の顔』についてなど隠しても今更な気がするが。

 白銀ミサキ。

 本当に面倒で、ややこしくて、鬱陶しい女だと、改めてハルトは思う。


 『表の顔』――生徒会長。

 『裏の顔』――怪異探偵。


 そして、

 『奥の顔』――《怪異の王・玉藻の前》。


 さらに、姉を殺した仇……というのは、まだその経緯・詳細が不明だが、ミサキ自身は殺したと証言している。


 こんなやつとどう付き合えばいいのかさっぱりわからないが、ミサキのめちゃくちゃな態度に流されている気がする。


「で、だ。《ポルターガイスト》以外にも、《幽霊》とか《サイコキネシス》とか《テレポート》とか、まあ可能性をあげていけばいろいろある。細かいことは捜査をしていけばわかるかな。今はとにかく、地道に手がかりを集めたい」

「それなら……、私の部屋を見てもらえますか? 私にわからない痕跡とかも、白銀先輩ならわかるかもしれないですよね」

「だね。いや~、アイドルの家なんて初めてだよ。楽しみだね、ハルトくん」

 ガタンッ――と、返事の前に、ハルトは膝をテーブルへぶつけていた。

「なにやってるんだい? さすがに喜びすぎてキモいよ?」

「違いますよ……」

「……??? まあいい、それじゃあいこうか」


 珍しくミサキの方が眉根を寄せて疑問を残した形となるが、それ以上は追求せず、一同は事件の現場である、松原サクの自宅へと向かうのだった。


 ◆


「……本当にどうした、ハルトくん」


 松原サクの自宅――その玄関にて、異変が起きた。


 サク、めぐるが部屋に上がって、ミサキが靴を脱いでいる時のことだった。

 ハルトが、玄関に入らない。


「いや……実は、俺、『セイレーン・サイレン』の『クルー』……ファンなんだ」


 おずおずと語りだすハルト。ミサキの眉間に刻まれたシワがさらに濃くなっていく。


「セイレーン……は? なに? クルー?」


「だから……、松原さんと……、あと平戸シホノさん――平戸さんもうちの学校な。依頼者のプロフィールくらい頭に入れておけよ、探偵。それで……、二人が組んでるアイドルユニットの名前が、『セイレーン・サイレン』な。まず二人とも歌が上手い。それでいて、二人の組み合わせな。サーク……、あ、松原さんがファンからそう呼ばれてるのな? サークって普段はクールだけど、ステージの上に立つとハイになるんだよね。それで、シーホ……あ、こっちが平戸さんな? シーホは内気なんだけど、サークがシーホを引っ張っていくのが尊いっていうか……、もちろん本人に『skshサクシホ』の話とかゼッッッタイにしないけどな」


「は? なに? ぼそぼそした早口……こわ。え、オタク?」

「クルーな」

「はあ……。ファン特有の用語をかたkな押し付けようとしてくるのキモいな……」

「キモくない」

「え、ええ……? ああ……うん……」


「セイレーンってのは、ギリシャ神話の人魚な。細かく言うともうちょいいろいろあるけど、ざっくり。で、美しい歌声で船乗り達を惑わせて、船の難破させる。だから、ファン達は『クルー』ってわけ。クルーはサークとシーホの歌に魅了されて、海に沈みたい……ってことな? わかるか?」


「へぇ~……、詳しいね~……、かまいたちは知らなかったくせに。ギリシャ人か?」

「そもそも妖怪だの神話だのに詳しくないんだよ」

「怪異探偵の助手がそれじゃ困るなあ……。で? だからなに? 松原さんについて調べたの? もしかして前からファン?」

「クルーね」

「で、クルーのハルトくんは、推しのアイドルの自宅に入ることに躊躇いがある、と」

「はい……」

「キッッッショ…………!!! 寒気する。捜査に私情入れて邪魔するのやめてくれない?」

「ナメてない。絶対に、必ず、解決する。推しは俺が守る」

「…………。……」

「いってえッ! なんで踏んだ!?」

「もう早く入れよ鬱陶しいなあ……」

「……心の準備がだな」

「……………………………………ねえー……。松原さんと私……、どっちが可愛い?」

「は?」

「だから……、早く答えてよ。『可愛い』か、だよ? 『好き』かじゃなくてね」

「サーク」

「……」

「なんで踏むんだよっ!」

「次ふざけたこと抜かしたら、もう助手クビだから。気持ち悪いから、二度と捜査に関わらないで」

「真面目に言ってんだよ! ……踏むな! こらっ! 人の家の靴べらで叩くな! 自分の手を使え! いてえ! 本当に使うな!」

「……あ~、こいつ、なんか松原さんを見てボーッとしてたのはそういうことか……キッショ……」


 ◆


 いざ部屋に入ってみると、ハルトは粛々と捜査をしていた。

 ミサキに脅されたのだ。


 ――『次にふざけたら、松原サクに全てをバラすぞ』と。


 サクの部屋は、いかにもな可愛らしい部屋というわけではない。それどころか、恐ろしいまでに殺風景な部屋だった。

 とにかく物が少なくて、ぽつんとギターやアイドルの衣装が置いてある。

 『わー、アイドルに成りすましてる暗殺者の部屋みたい』とミサキが失礼なことを言っていた。

 ハルトは何重にも苛立ちを込めて睨む。サクに失礼なこともそうだし、ハルトへの皮肉も入っていたからだ。

 正真正銘の『探偵助手に成りすましたスパイ』がハルトだ。


「《怪異》の痕跡はやっぱりないね。人が操ってるんじゃなくて、『野良』の可能性も考えたけど、なさそうだ」

「また《怪異》を操ってるやつがいるってことか。これも《きさらぎ》の仕業か?」

「だろうね」


 本来、怪異事件というのは大抵が怪異が引き起こす現象のようなものに近い。

 知性のある怪異もいれば、動物の如く自身の習性のようなものに沿って不可解な現象を起こすものもいる。

 そういった場合は、事件はそれほど複雑化しない。

 しかし、人間が怪異を操るとなれば、厄介さは跳ね上がる。

 《きさらぎ》は人に怪異を与え、事件を起こしている。

 辻めぐるの一件もそうだった。

 推測ではあるが、めぐるは直接接触しているわけではなく、SNS経由でかまいたちを与えられたようだ。


 めぐるには動機があった。

 サクのストーカー被害。

 つまり、きさらぎはこれを知っていたということだ。

 そうなると、きさらぎの素性も絞られていく。

 今回の犯人ならば、きさらぎに繋がる情報を持っているかもしれない。

 ミサキとしても、その点から今回の事件には熱が入る。

 めぐるとサクに聞こえない程度の声量で、一つの事件の裏側にある、大きな事件について語るハルトとミサキ。

 めぐるやサクが《きさらぎ》ではないと断定することもできないのだ。

 迂闊に彼女たちへ情報を与えることもできない。


「あ」その時、サクが彼女にしては大きな声を漏らした。


「どしたのサクちゃん」

「シホ来るって。あっちの捜査も進んでるみたい」

「おお、白銀先輩をいるし、ちょうどいいね」

「捜査というのは?」めぐるとサクの会話の中にあった疑問点について口にするミサキ。


「シホ……、平戸シホノって、うちの学校の生徒で、一緒にアイドルやってて、私の親友の子がいるんですけど、シホも、力になりたいって言ってくれて、それでストーカーっぽいかもな人を調べててくれたんです」


「あ~……、平戸シホノ、ね」


 ミサキは顔をひきつらせつつ、ハルトへ視線をやった。


 ――――ハルトは両手で口を押さえて震えていた。

 アイドルに会えるとわかったファンのようだった。

 ようだ、というかそのものだ。

 

 その時、インターホンが鳴った。

 どうやらシホノが到着したようだった。


 ◆


「は、初めまして……。平戸シホノです……。一応、サクちゃんとアイドル……みたいなことを、一応……してます」


 一応と、二回言った。

 か細い声。

 長い前髪。髪の隙間からのぞく瞳。自信なさげに視線をきょろきょろさせている。


「白銀ミサキだ。生徒会長としての私なら知っているかもしれないけど、今の私は名探偵だ。よろしくね」


「……春日ハルトです。捜査のお手伝いをさせてもらっています。よろしく」


 控えめに挨拶するハルトに、ミサキは怪訝そうな瞳を向けるが、無視。


 こいつ……さっきまでキョドってたくせに……という意味合いの視線で刺してくる。だからこそだ、ハルトはオタク丸出しになるくらいなら、無になることを選んだ。


「それで? 平戸さんがしてた捜査っていうのは?」

「……は、はい……。わたしなりに、考えてみたんですけど、クルー……あ、私達のファンをそう呼んでるんですけど」

「あー、うん、知ってるよ」

「え!? あ、ありがとうございます……っ!」


「いえいえ、いつも素敵な歌をありがとう」

 しれっと言ってのけるミサキを、ハルトは鬼の形相で睨みつけていた。


 ミサキはハルトを無視して話を続ける。


「それで? クルーに怪しい人はいた?」

「それは……、まだ……。クルーの人を疑うなんて、したくないんですけど……、でも、サクちゃんに何かあってからじゃ遅いし……」

「苦しい状況だね。まあ、人間生きていれば理不尽に、変なやつに目をつけられるなんてしょっちゅーさ。気が立ってる動物に絡まれるようなものだよ。人も動物もそう大差はないからね。それで? 具体的に、どういう捜査を?」

「これなんですけど……」


 シホノが取り出したのは、いくつかのSNSのアカウントを開いたページをプリントアウトしたものだった。

 それから、それとは別にいくつかの写真が。


「サーク推しで、この近所に来てることが、アップしてる写真とかからわかる人たちで絞って調べてみて、何人か該当する人がいました」

「へえ。賢い。キミ、探偵にならない? アイドル探偵。ウケがよさそう」

「ひぇぇ……っ、た、探偵、ですか?」

「謎の勧誘をするな」


 ぐい、と身を乗り出したミサキの肩を引っ張って、シホノから引き離す。


「あはは、助手の熱い嫉妬を感じたので勧誘はこのへんにして……」


 嫉妬はしてねえよ、とハルトは小さく呟く。


「確かに松原さんがアイドルなんだから、そのファンを疑うのはイイ線だと思う。これ、こっちでも精査してみたいからもらってもいい?」

「はい。データはこちらでまとめてるので、そっちも送ります」

「ありがとう。……それじゃ、もう少し詳しく話を聞こうかな。……松原さん。ストーカーについてと、部屋で聞こえた物音について、もう一度聞かせてもらえるかな?」

「わかりました。何から話しましょう?」

「なら、まずはストーカーについてなんだけど、あとをつけてくるやつの姿とかって、見てるかな?」

「……ジーンズに、白のパーカーとかだったかな。フードをかぶってて、背格好とかも、一瞬で、よくわからなかったけど」

「……それじゃ、部屋で起きた異変については?」

「その……、これなんですけど」


 差し出したのは、スマホだった。そこには、割れた赤色のグラスが写ってる。もう一枚、別の写真。そちらは紫色のグラスだった。


「これ……、紫の方が、シホちゃんので、アイドルの時のイメージカラーなんです。で、赤色の方が、めぐるちゃん。アイドルじゃないけど、でもめぐるちゃんって赤! って感じで、元気で、だから、二人が遊びにきたら、そのグラスを使ってたんですけど……」

「で、この青いグラスが、松原さんのってわけか」


 ミサキとサクは、会話をしつつ移動して、キッチンの方へ来ていた。

 戸棚の中には、ぽつんと寂しそうに青いグラスが残されている。

 本来は、横にめぐるの赤と、シホノの紫があったのだが、二つのグラスは、何者かに壊されていた、というわけだ。


「朝起きたら、こうなってて……。前の夜に、物音がした気がしたんですけど、でも怖くて、気のせいなのか、すぐ確認しようか迷ってたら、そのまま寝ちゃって、それで……」


「残念ながら、夢ではなかった、と……。スマホ、少し借りていいかな?」

「え? は、はい」


 サクからスマホを受け取ると、ミサキは割れたグラスの写真を見ながら、部屋を移動。


「……なにしてるんだ?」

「いや、少し気になってね」


 ハルトへ視線を向けず、写真と部屋を何度も見比べている。


「松原さん。グラスが落ちてたって、そこと」キッチンの戸棚のすぐ下を指差すミサキ。それから、「窓際の……、そこだよね」次に指差したのは、外へ面した窓だった。

 写真の位置を調整して、実際に落ちていた状態を正確に再現していく。


「割れ方を気にしてるのか?」

「なーんか変なんだよね……。どうして二つのグラスは割れた位置がこんなに離れてるんだろう? それに、赤――辻さんのグラスは、普通に落ちたような割れ方だけど、紫色――平戸シホノさんのは、窓側に向かって散らばってるんだ。なんでかな?」


「あ、あの……」その時、シホノが恐る恐る手をあげた。


「そ、その……、犯人? のメッセージ、ってことはないですか……。わたしのグラス、派手に割れてるから、悪いほうに考えすぎちゃうからかもしれないですけど……、わたしが酷い目に合う……とか?」


「なるほど。その場合、辻さんと平戸さんで割れ方や位置が違うのは、例えば……襲う場所や方法が違う、とかかもね」


「お、襲う!?」大きく仰け反るシホノを、サクが近寄って頭を撫でた。


「それなら返り討ちだよ、剣道部ナメんなっての」

 ぱしんっ、と手のひらに拳を打ち付けるめぐる。


 彼女は本当に犯人を倒そうとしていたからこそ、《怪異》を使っていた。

 『かまいたち事件』の後日談として、なんとめぐるが襲っていた他の生徒も、《怪異》の使い手だった。めぐるは《怪異》使いとの戦闘を経験しておきたかったらしい。

 だが、めぐるからも、他の生徒からも、《きさらぎ》へ繋がる手がかりは出なかった。


「平戸さんの推理から、素直に読み取れば、襲撃の予告かなって。でもなーんか回りくどい気もするんだよねえ。辻さんや平戸さんへの脅迫なら、本人に直接するんじゃないかなあ。やっぱり松原さんに用があるというか、この場所に来ないといけない理由がある気がするんだけどなあ」


 うーん……、と腕組して唸りだすミサキ。

 その様子を、サク、シホノ、めぐるは不安そうに見つめていた。

 仕方ないだろう。ミサキの推理に、自分達の身の安全がかかっているとなれば、今すぐにでも真実が欲しいと思うのは当然だ。


 それから、シホノがSNSのページをプリントしてきたものと一緒に持ってきていた写真にも目を通す。


「…………石像?」

 

 精巧なカラスや猫の石像だった。

 事件に関係あるかわからないが、なぜかここ最近になって突然置いてあるの見かけたので、気になったそうだ。


「……これも《怪異》か?」

「さあ、どうだろうねえ」


 相変わらず無駄にはぐらかしてくるミサキの態度が鬱陶しい。 


 ◆


「だいたいわかったよ。犯人の目星もついたし、使われてる《怪異》もわかったし、真相も見えた」


「……もうわかったのか……!?」


 再び、ハルトとミサキの密談。

 いきなり驚きのことを口にするミサキ。ハルトにはまだ少しも事件の全容が見えていない。

 バラバラの手がかりが少しも繋がらない。


「ストーカーの疑いがあるアカウント。ストーカーの目撃情報。割れたグラス。謎の石像。まあ……、ちょっと現状、確証に欠けるだろうけど、名探偵の推理と知識と想像力で補えば真相は見えたよ」


「ちゃんと合ってるんだろうなあ……? 言ってみろよ」

「ヤダ」

「はぁ……? ふざけんなよお前、いい加減に……」


「――ふざけてない。私にはもう答えが見えてるけど、逆に答えに縛られる。思考が狭まる。これからきっと、私は自分が導いた答えに沿って情報を集めるように、バイアスがかかる。これはもう、意識しても止まらない。だから……、あえてハルトくんに、私の考えは言わない。キミはキミのルートで答えにたどり着いてよ」


「……なるほど。ふざけてるわけではないみたいだな」

「名探偵をナメないでくれ。私がふざけるのはハルトくんに対してだけで、事件に対しては常に真面目だよ。楽しくやることと、不誠実にやることは、全然違う」

「なぜ俺にはふざける」

「とりあえずこれから、私の推理を確かめる提案をしていくから合わせてね」


 スルーしやがった、とハルトは頬をひくつかせた。

 だが、真相に近づくのなら、それは歓迎する他ない。今はミサキの奇怪な人格などどうでもいい。彼女がどれだけ狂ってようが、事件を解決してくれるのならば、それでいいのだから。


「……ところでさ」

「ん?」



「さすがアイドルだよね。可愛い……なんだろこれ?」


「……きぐるみ……いや、寝袋か? 奇抜なデザインだな」





 サクの部屋のベッドには、臓器が剥き出しになった牛の姿がポップに描かれた寝袋が置いてあった。









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