武蔵野戦線の朝は爆発音と煙硝の臭いで始まる

広畝 K

今日も戦線に異常は無し。

「よう、異常は無いか」

「相変わらずだよ」

「まあそうだろうな」


 巡回兵から乾飯と干し肉の欠片が入った小袋を受け取り、鍋に水と共に入れて火を焚き、沸騰せぬうちにさっさと食べる。

 石垣をもって築いた防衛陣地は、要塞と言っても良い程に高く分厚く堅牢であり、大砲の百発やそこらではびくともしない。

 それこそ、朝飯をのんびり食っていても命の危険が無い程には安全性の高い代物だ。が、戦場の態度としては急いで食っておくのが礼儀というもの。とか思っているうちにすっかり食い終わってしまった。


「あちらさん、戦うつもりは有るのかね?」


 城壁に開いた銃眼からひょいと向こうを覗いて見れば、高く聳えた石垣の上に向けて白い炊煙が濛々と立ち昇っているのが視認でき、「ああ、あちらさんも朝飯を食ってる頃合いか」という安心感というかなんというか、親近感が湧いてくる。


 まあ当然、気分の良い時には鉄砲や大砲を撃ち合ったりもするが、まあそんなものは挨拶代わりのやり取りでしかないから、死人も出なけりゃ怪我人も出やしない。

 ここ数年に渡って似たようなやり取りを行っているから、まあ戦時中とはいえ割と気楽なもんである。


「あちらさんには無くとも、こちらさんにはあるさ」

「と言うと?」


 炊煙から視線を外して尋ねると、巡回兵は辺りを見回し、声を潜めて小さく言った。


「なんでも、近い内に新兵器が幾らか配備されるらしい。それさえあれば、石垣程度の厚みなんか紙切れのように吹き飛んじまうんだとよ」

「新兵器? 石垣を吹き飛ばすって……そりゃ凄いな」


俄かには信じられぬ話ではあるが、話から香る新鮮な匂いを嗅ぎつけたのだろう。

彼方此方からわらわらと見張りの兵が寄って来て、新兵器の話題に食らいつき、そう言えば俺も知ってるぜ、等と話を始めて新兵器のものらしき情報をちびりちびりと差し出してきたのだ。


情報の断片を纏めると、その新兵器とやらは鉄砲や大砲がやってきたのと同じく、海の外から渡ってくるものらしい。

なんでも北条さんの若い人が談判し、上杉さん対策のために取り寄せたものをここらで試しに撃ってみるのだとか。


「眉唾な話だなぁ。信用できんわ」

「嘘じゃないって。親戚の手紙には確かに書いてあったんだ」

「そういやお前さん、小田原からの出向きだったな」

「親戚って誰だ? 女か?」

「すぐお前はそうやって相手が女かどうか聞きやがる。そういうお前も女だろうに」


「女が女を想って、何が悪いと言うのだ!!!」


「別に悪くは無いが、お前さんは声が一々でかいんだよ馬鹿野郎」

「ああもう、あちらさんもげらげら笑ってるじゃねえか」

「笑ってるって? 何も聞こえんが」

「お前は鼓膜をもっと鍛えろ。そろそろ散っとかないと、また大将にどやされるぞ」


 最後の見張りの一声で、またぞろ見張りたちは持ち場に戻る。

 巡回兵もまた何事も無かったかのような顔付きをして、別のところへと去っていく。


 それらを見送ると、まあ暇になる。

 暇というのは大敵で、戦場に弛緩と油断を連れてくる。

 だから鉄砲の筒を磨いて弾を押し込み、あちらさんの頭上に向けてズドンと一発撃ってやる。


 あちらさんもまたズドンと一発、恐らくはこちらに向けて大きな音を撃ってくる。

 暇というやつは大きな音が嫌いなもので、大体は一発撃てば消えていく。

 あちらさんの暇もまた、こちらの一発で消えただろう。


 新兵器の正体は気になるが、まあ届いたときにでもまた気にすれば良い。

 それまではこうして、緊張感を適度に保って戦線を維持して置けば問題は無い。


 戦場の動向は、まあ、お偉いさんが必死こいて考えていることだろう。

 さて、そろそろ交代の時間だ。

 また時間つぶしに韓非子でも読み合うとするかな。

 

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