第29話

     四十四


 うさぎが、結界に戻って来た。

 谺が倒れて、五日が過ぎている。


「遅くなりました」

「さっそくじゃが、馬頭星雲に、谺君を迎えに行ってくれ」

「オリオン星雲に隠れているんですか」

「今時期ですと、太陽の真裏です」

「了解しました」

 言うと、自らの躰を安全な場所に横たえる。勾玉が突然光を放ち、御霊が浮き上がった。光が勾玉に治まると、御霊は琥珀に輝き飛び立って行く。

 一瞬だけ矢のように光陰を残したが、抵抗力に殺がれて消えて終った。


 通常の御霊の速度は光速の二倍である。

 うさぎは主素の取り込み方を知っていて、四倍まで上げられる。因みに神々は、八倍まで上げられる。頭領の女神だけは十倍までだが、感性に至っては十二倍である。主素の保有量の違いであるが、引力を掌る引素(エネルギー波)とは、磁石の関係にある。


 うさぎは、千里眼で辺りを見回すが、谺を探し出せない。数多で形成する星雲は、思いのほか観づらい。最期の手として、フィラメルトシートに取りつき、磁力線の流れを止めた。犠牲は覚悟の上だが、見つけられない場合、被害は甚大である。


 痺れで霞む視界には、反応が窺えない。

「谺~・こだまっ~、・・・」

 うさぎの想いは、谺の元に届かない。

 結び目(交差部分)の不自然に気付き、うさぎが近付き、

「谺、皆のところに帰りましょう」

 そっと両の手を揃えて差し出した。

 今にも消えそうな灯光ともしびが儚げに近付き、差し出されたてのひらの上に乗る。

 うさぎはゆっくりと包み込み、零れ落ちないように、懐に仕舞い込んだ。


「頑張りましたね」

 優しく暖かい温もりに応えるように、灯光に力強さが蓄えられてゆく。

「谺の魂を、疾風という神様が、見つけ出して待っています」

 静かに語り掛けながら、移動を始めた。


 魂より速く移動できる疾風は、ふたご座のα星カストル付近に彷徨う魂を捕獲して、合成に成功していた。

 電磁波でそれを受信したうさぎは、オリオン座の赤い星・ベテルギウスで落ち合うことを拈華微笑で送っていた。


 地球から時計廻りで北西方向に、七つの光が向かっていた。光りの中から、

「久しいな、女神々ねえ様」

「その声は、五弟ですね」

「俺たちも居るぞ」

「四弟様」

「なんだ、理性も居るのか」

「六弟も来たんですね」

「三妹」

「抜け駆けは無しですよ、次妹つぎねえ様」

「刻に呼び出されたときは、何事かと思ったよ」

「そういうことですか」

「わしらは、赤瞳と疾風に借りがあるからのう」

「水臭いわよ、ねぇ、四弟」

「赤瞳に施されたままだと、神の威信に拘わるからな、三妹」

「俺たちは仲が悪いが、必要ならば遠慮なく言ってくれ、次妹」

「赤瞳と疾風が待ってるから、急ぎましょう」

「それを言っては駄目ですよ、お母様」

「理性はまだひよっこだから、追いて来れないからのう」

「思念を温存したいだけです」

「勝ち気なところは、次妹様譲りだわね」

 などと、やりとりを交わしながら、ベテルギウスに到着した。


「赤瞳、主は我らの末裔みたいなもんだ」

「困ったときは恃みにこい」

「有難う御座います、四弟さん・六弟さん」

「疾風もですよ」

「・、有難う御座います、三妹様」

「疾風は、感性様に言われて、一心不乱だったようですよ」

「総指揮は、感性様だったのか」

「叔父様方が、のほほんと昼寝しているのが悪いんですよ」

「降臨したことのない神々に、苦悩は理解できないわよ、理性」

「頭領の権限で堕天使にして、下界へ堕として下さい、女神様」

「赤瞳と疾風が相談してますから、準備を始めなさい、理性」といった次妹が皆を誘導して、うさぎと疾風を囲い込んだ。


「八円界を目論んだのか、赤瞳」

「十二円界ですと、重なりが出ますからね」

「磁場はどうするの、赤瞳」

「オリオン星雲なら、五星磁場が造れたんじゃないかしら」

「ベテルギウスが赤く輝く理由は、巨大きょおだいな電磁波に包まれているからなんですよね、三妹さん」

「ちゃんと、勉強したようね、赤瞳」

「四の交差を二乗する為の八方か、考えたな」

「思念と電磁籠は、同調できるのか」

「籠の鳥にされた六弟になら判るんじゃないの」

「赤瞳がつい早急さっき説明しただろうが、三妹よ」

を取り戻しましたね、六弟」

「時間が掛かったがな」

「刻は停まらずに見守り続けます。と赤瞳に言われたのよ、女神おねえ様」

「余計なことをチクるな、三妹」

「後にしませんか、叔母・叔父神がた」

「?、位置割りを言え、赤瞳」


 北を六弟さん

 南を疾風さん

 西を四弟さん

「わしが東だな」

 北西が理性さん

 南東が次妹さん

 北東が三妹さん

「私が南西ですね」


「判った、離れていろ、赤瞳」

「私が中心で、魂と心を支えます」

「神々の思念量を舐めてるのか」

「電磁籠は、表裏一体ですよ」

「赤瞳の想いと、疾風の想いを合わせたのよね」

「有難う御座います、三妹さん」

「信じるは掬われる。何方が言ったんでしたっけ」


はじめましょう」

 疾風の号令で、それぞれが位置に着いた。


「初めは女神様がたの優しい思念を送って下さい」


「跳ね返るものはどうするの、赤瞳」


「受け流して下さい。併せるように、男神々様の思念を送って下さい」


「いきなりマックスにしないでよ、理性の所に歪みが生じますから」


「少しづつ、少しづつ想いを載せて下さい」


「大丈夫か、理性」


「歯を食いしばるのよ、理性」


「もう少し・もう少しです」


「赤瞳、電磁籠を回転されて、思念を取り込むんだ」

 疾風の指示で電磁籠が動き出した。


「うわっ」

 刹那に、理性が吹っ飛んだ。

 瞬間に、七神が思念の放出を止める。


 次妹が、理性の元に駈け寄った。五弟と三妹が続いている。四弟も気に掛かっているが、踏み出せないでいた。


 卑弥呼が四弟に近付き、

「傍にゆき、ねぎらいなさい」

 優しく、背を押した。


「過去は過去。慈しみ合うことは、悪いことではないんだぞ」

 六弟も声を掛ける。


 おじおじと歩き出したが、六弟の言葉で踏ん切りがついた。

 理性の元に駈け寄り、

「大丈夫か、理性。初めてにしては、頑張った方だよ」と言い、手を差し伸べる。


「有難う御座います、四弟様」

 理性も過去の経緯を消去した。


 うさぎは電磁籠を廻しながら、馴染むのを待ち続けていた。


 疾風がやって来て、

「損な役まわりをしたな、赤瞳」

「谺を掬う為には、こうするしかありませんでした」


「人が神々によって掬われるのだからな」

「まだ、終わった訳ではないですよ」

「それは、私に任せてもらえないかな」

「長い付き合いになるでしょうから、お任せします」

「有難う、赤瞳。この埋め合わせは必ずするからな」

 こちら側の想いも重なっていた。


 うさぎと卑弥呼は、結界に戻っていた。置き去りにした躰に戻る為である。


「首尾はどうじゃった」

「抜かりなく終えました」

「それは何よりですね」


「本来は、此処に連れて来るのが良いのでしょうが、仕来りを変える訳にはいきません」

「どうした」

「博士たちが電磁波に残って、ここを出られる算段を整えませんか、卑弥呼さん」


「その先読みが、次妹の癪に障るみたいですよ」

「どういうことでしょうか」

「現代人が無くしてしまった心を、博士たちに再建させたいようですからね」


「何時気付いたんです」

「結衣さんをここに連れて来た時に、違和感を抱きました」


「何の話しをしているのかめん。理解できるように、話してくれ」


「人が心を無くした現状を、手玉に取ったんですよね」

「だとすると、谺君は試みの犠牲者になるところだったんですか」

「赤瞳が生きている、今にしかできなかったんです」

「失敗したら取り返しのつかないことを知っての狼藉だったのか」


「最期の賭けです」

「最期ですか」

「赤瞳を使って、震災を教えましたが、誰も聴く耳を持ちませんでしたから」

「私の拘りが、原因だったんですね」

「感性様の意を汲めない人間を、生かして置くべきか思案しています」

「罪のない方々の命を犠牲にする理由なんて、それこそが傲慢です」

「地球ごと原点回帰しても良いんですからね」


「結果(未来)が判らないから、希望を持てるんですよ」

「細やかな光が、端から端まで照らすことはできないんですよ」

「点が線になり、それを違う点が引き継げば、端から端まで繋げられます」

「その思想すらできないようですよ」

「137億年の結果では足りないんですか」

「も、と考えるか、しか、と考えるかの違いですよ」

「私は、存在をしたため続けます」

「線になる前に、朽ち果てますよ」

「その時は、博士たちのように、心の再建に努めます」

「ならばこそ、心の転生に着手しないと駄目ですね」


「先ずは、電磁波に乗れるように、頑張りましょう」

 うさぎの意思とは裏腹に、博士たちが目を点にしていた。


 繋がるものは永遠なり

 ひとつは数を重ね

 今の継続は過去となり

 想いの丈だけ輝いてゆき

 それ等が温もりに抱かれる

 そんな時世も夢ではなかり



  0 zero  完


 

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