第19話

      三十


 足並みが揃い始めていた。

 当たり前の日常は、同じことの繰り返しが齎すものである。


「青色の液体は軟素です」

 うさぎがジュラルミンケースの中身を説明していた。

「黄色の液体は、液素ですが活動を再会した臓器・細胞に必要な酸素とを六対四で合成しています」

「その割合いが、最適ベストなんですか」

「個人差がある以上、最適とは言い切れません」

「それに、使われた元素の精製度? も判らないよね」

「地下組織は、液素の単独分離に、成功してはいないそうです」

「なら、自分たちの安全も保障出来ない、ってことだよね」

「型を変えた自爆テロ? なのぉ」


「米国さんの情報は確かなの」

「情報は確かですが、元素の定義に捕らわれ過ぎています」

「定義? って」

「いっくんは身に染みていますが、主素は元素ではありません」

「感性が創り出すエネルギー、と教えてくれたよね」

「宇宙空間に漂う細菌・ウイルスから身を守ってくれます」


「地球では、エネルギーになるの? かなぁ」

「地球上では今のところ必要ありませんが、電素・酸素・液素の化合で応用できます」

「オゾンホールが空いたことで、必要な時期が来るのでは」

「科学者たちが、なっくんのように、臨機応変に立ち回れば、生命だけは守れます」


「電素って、新元素ですか」

「放射原理をつかさどります」

「なら、見つけるのが困難になるよね」

「特効薬に欠かせません」

「その為のマッサージだったの」

「どういうこと? なのぉ」


「人間の体温は、伝達に必要な熱量の確保なんだよ」

「神経を維持する為に、熱が必要なの」

「定温を保つ為の、センサーでも着いてるの」

「高温・低温問わずに、火傷しますからね」

「思考が霞む状態は、高熱時? ですよね」

「低温時は」

「脳を護ることに専念しますので、眠くなります」

「なんで」

「脳はほぼ液体だから、氷結させない為だろうね」

「だからって、氷結させないために、眠くなるなんて、可笑しく? ない」

「幼児で判るように、血液が暖められると、眠くなるのが、人間なんです」

「だとしたら、氷河期が訪れたら、人は生きていけなくなるよぉ」


「地球上の絶対零度は南極で観測したもの(約-43℃)と言われていますが、永い年月をかけて馴染めば、-200℃近くに届くでしょうね」

「どうして、宇宙空間の絶対零度に、ならないの」

「酸素が多く有るからです」

「酸素」

「水が氷になるときに、質量比を変えるよね」

「えっ、変わるんですか」

「氷るときに質量を変えるから、缶が萎む実験をしなかったかい」

「覚えていませんよ。昔のことですから」

「酸素って帰化するよね」

「酸素は宇宙空間のお荷物なんですよ」

「だから人間が、宇宙のお荷物になるのですか」

「どういうことよ、高橋」


「恒星の基は核です」

「それは、地球の地殻を基にしているからさ」

「太陽に酸素の輪があるからというだけで、恒星の総てが核とは限らないよ」

「誰も知らない事実があるかも知れませんね。そういう科学者は、居ないのでしょうか」


「宇宙には億千万の元素があるんだよ」

「赤瞳さんの意見を聴かせて下さい」

「私に言えることは、太陽はブラックホールになれない。という事実です」

「何故でしょうか」

「核運動の天体は酸素の輪が見えます」

「やはり、酸素がキーワードなのですか」

「酸素を持つ天体は、伸縮します。その為、ブラックホールには、なれなくなるのです」

「伸縮性? なんですか」

「感性は、その酸素の支援性に恐怖を抱いてます」

「支援性? なのですか」

「その役割を果たす為に、質量比を変えるのです」

「中里さんと、伊集院さんの言うことが起こるのが真実なのですね」


「未来は、誰も解りません」

「百三十七億年の歴史では足りないのですか」

「人の歴史は、一割にも満たないんだよ」

「その一億年前のことも正しく理解出来ない人間に、宇宙を荒らし回る権利があると思うのかい」

「荒らし回る? ってどういうことなんですか」

「人工衛星と其れ等にまつで、宇宙がゴミだらけってことなんだよ」

「災害と呼ばれる自然現象は、その罰なのかも知れませんね」

「挙げ句の果ては、あっくんのお告げでさえも抹殺してるんだよ」

「人間が絶滅危惧種になっても不思議じゃ無いよね」

「だとしたら、あたしたちのしていることは、無意味になりますよ」

「世の中にはそういう役割も、なくてはならないものなんです」


 理不尽を語るには痛みを伴うことを、その場に居た誰もが理解した。


 毒を持って毒を制することもある。特効薬を手にしたことで、伴う責任を理解したのである。


 数日後の早朝に、斉藤マルコスからの連絡が入った。

 石はすぐさま、うさぎに連絡を取った。

「大和駅前で、犠牲者が出たそうです」

「全員集合は無理かも知れませんね」

「赤瞳さんはどうやって向かいますか」

「私は、バイクで向かいます」

 言い終えた瞬間に、通話が途絶えた。石も合わせるように電話を切り、伊集院に連絡を入れる。

「大和駅前で、事件が発生しました」

「了解。石ちゃんは直ぐに向かって良いよ」

 伊集院は、現場を想定して、小野に連絡を入れた。現場までの距離を考えると、自らが到着するまでに二時間以上かかる。注射というものに資格がいるからである。資格を持つ小野も、距離を考えるとギリギリであった。

「事件が発生しちゃった。直ぐに用意して、大和駅前に集合だよ」

「了解」

「僕が間に合わない時は、頼んだからね」

「誰に連絡したら良いのぉ」

「斉藤さん。それから二期のメンバーだね」

「タクシーの中でするねっ」

 小野は着替えながら言うと通話を切り、部屋を飛び出した。



 うさぎが現場で手持ち無沙汰に考え始めた。待つよりも、投与が先。思考が目まぐるしく廻るのは、注射を打つことである。選択したのは、流し込みだった。

 バスの運転免許には、緊急時の応急措置が含まれる。心臓マッサージの経験はないが、知識があるだけで臨んでいた。


 三十分近くマッサージを施したが、動き出す気配すらない。その時、石がタクシーを降りた。うさぎは汗を拭いながら、ほっと一息ついた。

 石はタクシーの中で、もどかしさに打ち拉がれていた。神通力が発生したのは、互いの意思が重なったからである。


「何をやっているの、赤瞳」

「心臓マッサージです」

「知恵の使い方が人間ってことね」

「石ちゃんの心を占領しましたか、理性さん」

「気付いたようね」

 一台のタクシーが横付けされた。降りて来たのは斉藤で、やはり何時もの振る舞いではない。

「何を、やっているのよ。赤瞳あんたは」

「感性母さんの加護、なんでしょうか」

「そんなことどうでも良いから、思念を送り込むわよ」

「待ちなさい、理性」

「どうしてですか? お母様」

「赤瞳の努力を無下にするつもりなの」

「私の努力なんて、取分け必要ではありません」

「赤瞳の拈華微笑は、流れを生み出すものでしょう」

「ただの人間に、電磁波は操れません」

「試してみたんですか」

「そんな知恵、持っていませんよ」

「黙っていなさい、理性」

「解りました。やってみます、次妹さん」

 うさぎは瞑想に臥した。


 意志の疏通

 人と神ならば、神通力である

 人と人ならば、拈華微笑である

 言葉の起源は、『うっ』なのだろうか?

 遠吠え『うお~』や『う~』と言った威嚇を考えれば、尚のこと混乱する。混乱=混沌と視れば、宇宙に起源があることになる。


 地球のように合成を生業に質量を増やした星はともかくとして、衝突することがあるのだろうか?。無重力と重力の理由だけでも、解明した方が良い。そこに引力が入り込めば、三つ巴(争い)又は三竦み(混沌)に陥るのである。


 うさぎを瞑想から引き戻したのは、

「げほっ・げげほっ」の、甦りを果たした被害者の声であった。


 被害者が息を吹き返したのである。


 瞑想から引き戻された時に、朝日が降り注いでいた。小野の姿を確認すると石と斉藤が、何時もと変わりのない日常に戻っていた。


 うさぎは、夢から覚めた感覚を覚えていた。


 普通に過ごす今この時も、夢の中なのかも知れない。それでも、不安を打ち消すものが見当たらない。心の安心だけが便りであった。


「遅かったよねぇ」

「最悪だけは免れたようよ」

「特効薬さえあれば、という段階から、ステップアップしたようです」

「これが、責任なのかな」

「私の過ちへの罰なのかも知れませんね」

「罰ってぇ」

「苦労したM工科大学で、お世話になった方々の悔しさです」

「ここが、米軍基地の近くだからですか」

「あちらさんも、特効薬に執念を抱いていた、ってことなのぉ」

「私の千里眼は、罪のない方々の為にある、ということでしょうね」

 うさぎが下を向いたときに、高橋と小嶋を伴った伊集院が、改札口方向から歩み寄っていた。

「無事に甦らせることが出来たみたいだね」

「時間とのせめぎ合いでした」

「帰って、皆で考えれば良いんじゃない」

「そうしましょう」

 斉藤は言うと、光に包まれていた。うさぎには、光の中に消えて行くように見えていた。


 執務室に戻ると、何故だか安心した。

 行動を共にする仲間たちとの時間は、掛け替えのないものである。

 安心感を持つことが悪い訳ではなく、時間の流れに溶け込むと、抜け出せないことがある。その不安を取り除く為に、五感が備わっている。

 気の緩みと呆けることが、紙一重であることは、誰もが味わうものだろう。集中力の持続は難しいし、人に纏わり付く油断は、誘惑(魅惑)に包まれている。

 誰が用意した訳でもなく、この世にそれ等が、散らばっているのである。言うなればこれも、元素が造り出したものだろう。元素が人の害になるという認識は、現実的に身の回りを支配しているのである。その中から掴み取るのものが運だとしたら、幸運が少なくて当たり前なのだ。


「明らかに間に合わない距離の場合は、諦めるのぉ」

 小野の質問が、口火を切った。

「私にも、夢の解読ができないかなあ」

 小嶋の戯言が、注目された。

「赤瞳さん、夢の解読を教えて下さい」

 石は真剣に言っていた。

「多分ですが、拈華微笑が肝になると思います」

「拈華微笑?」

「時間が足りないよね」

「やってみないと、判りませんよ」

「真由美さんでさえ修得できなかったんだよ」

「始めて会ったときに、そんなことを言ってたよな」

「進化の過程で無くしたDNAだと思うよ」

「なんで赤瞳さんだけできるのよ」

「選ばれし人だからじゃない」

「それは、見当外れですよ」

「どうしてぇ」

「心があるか無いかなんじゃない」

「皆さんなら、二~三年で修得できると思います」

「二~三年も掛かるんですか」

「世知辛い世の中に曝されましたからね」

「何か、端折はしょるやり方はないのですか」

「私にできて、皆さんに出来ないことですか」

「こじつけ、とかさぁ」

「妄想、って手もあるよね」

「瞑想かも知れません」

「瞑想ですか」

「わたしは出来るよ」

「はるちゃんのは、ただの思い込み、なんじゃないかなぁ」

「以前、音が纏わり付くと言いましたが?」

「人の持つバイオリズムに引き寄せられますからね」

「その段階で、『悟り』の領域だね」

「無の境地ですか」

赤瞳わたしが言うのもなんですが、寡黙な方は修得が速いかも知れません」

「なら、石ちゃんと高橋なら、速いかも知れないよ」

赤瞳わたしは、斉藤さんならば、一週間程で修得できるかも、と思っています」

 うさぎには、ある種の確信があった。

 神々が選んだといえど、現代人の心は荒み続けていたんでいる。そんな心が、電磁波の解読を、できる訳がない。期待は、神々との疎通を完了させて、教えて貰うことであった。

 目の前に居る斉藤の心に宿る次妹は、二番目に誕生した女神なのである。最初に誕生した女神が堕天使として地上に居る間、天界を束ねている。


 因果応報の柵みに包まれる地上は、魑魅魍魎の隠れ蓑にもってこいであった。立っている者なら親でも使え、などの理不尽を蔓延させている。善と悪の凌ぎ合いは、今に始まったことではない。永遠に終わることのない争いは、人の社会に限らないのである。


 終わらせるのは一瞬だろう。原点回帰(元素還元)に至らない理由は、創世主に希望があるからだ。奇跡が身近で起こるのは、神々が側に居るからである。信じる者が掬われる理由として、生命を輝かせている。

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