第6話
魔王と盤を挟む。全ての駒が美しく並べられている。
指導はいつものようにしているが、平手で指すのは久しぶりである。相変わらず威圧感はすごい。
今日は、タブレットも用意している。指し手をソフトに入力していく。
「いくぞ」
「まかせておけ」
いくら実験とはいえ、やはり心が痛む。だが、将棋を指す人間たちを救うためには仕方ない。僕はソフトに表示される、最も勝率の高い手を指した。
「むむむ」
えらいもので、今まで何回も見た局面での全く見たことのない手だった。人間では思いつかない領域で、ソフトは手を見つけてくる。その後も僕は、ソフトの示す手を指し続ける。魔王の形勢がどんどん悪くなっていく。当然だ。
ぞわぞわっと背中をさするような感覚があった。振り返っても、何も見えない。けれども、何かいる。確実に、現れている。
「来たぞ。さすがだ」
魔王は立ち上がると、両手を前に突き出した。
「現世に姿を現せ、怪よ!」
びりびりと窓の震える音がした。僕の目の前に、桃色の肌が現れる。狐のような顔に、山羊のような角が生えている。ぎょろりとした目がこちらを見ており、細い腕を僕のこめかみへと伸ばしていた。
「う、うひい」
「小物がずいぶんと騒がせてくれたものだ。魔王に見つかったが運の尽き、魔界の土へと還るがいいわ」
魔王はそのモンスターをグイっとつかむと、そのまま握りつぶしてしまった。一瞬青く淡い光を発したかと思うと、そいつは姿を消してしまった。
「どうなったんだ」
「人間界の物質とは完全に関係性が切れた。魂が魔界へと送られ、地獄へと落ちていることであろう」
「これで……終わるのか」
「おそらく。あれの名は『虚勢の怪』。心の弱さに付け込む者だ。ある一つの様式にしか反応しない。様式が生み出す魔物ともいえる。今回は『ソフト』とやらが原因だったということだな」
「そのようだね……」
現在ネット将棋を中心に「ソフト指し」が問題となっている。将棋ソフトの示す指し手を選ぶことで、実力以上のレーティングを得ることができる。当然違反行為であり、多くのアカウントが停止処分になっているが、それでも次々とソフト指しは現れているようである。
今回のモンスターは、そんなソフト指しをする人々の心の弱さに付け込んで、魂の一部を奪っていたようだ。「虚勢の怪」というのはなかなか考えさせられる名前で、確かにソフト指しは「虚勢」と言えるかもしれない。
「どこで気が付いたのだ」
「ショッピングモールの人……落としたスマホとは別に、左手にもソフトを持っていたんだ。複数持っている人はいるけど、同時は変だな、と。あと……実際ソフト指しっぽい人たちは気になっていた。序盤は人間っぽいのに途中で切り替わる感じの人が何人かいた。『かなり強い、プロレベルのソフト指しがいる』と思ったから、相生さんの話を聞いた時にある程度確信に変わったんだよ」
「しかし何のためにプロが」
「聞いたことあるのは、ソフトの手に人間がどれほど対応できるかを調べるため、というね。アマトップでは確実にいるという情報はつかんいでた。プロではいてほしくなかったよ」
「悲しいか」
「まあ、ちょっとは。ただ、すっきりした部分はあるよ。悪い事したら報いを受ける可能性もあるっていうことで。性格悪いかな?」
「普通だろう。その普通を以下にコントロールできるかというのが問題だ」
「魔王……思ったよりもちゃんとしているな」
「言わなかったか? 俺は帝王学をみっちり受けているのだ」
「教育のしっかりしたご家庭なんだなあ、魔王家は」
魔王がふんぞり返っている。いやいや、しっかりしているならそろそろ仕送りを届けてほしいところでもあるのだけれど。
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