第35話 吸血鬼と恋の真実とは

「当たりだ。このタロットは、おめえにやる」


 坂本店長は、早貴ちゃんにそう告げた。


「なんか、すっごい疲れたぁ!」


 もらった早貴ちゃんが背伸びをしながら言う。すげえ、86枚から一発で当てた。そして家一軒より高価らしいタロットをもらい、お母さんの室田夫人は顔面蒼白だ。


「室田さん、大丈夫ですか?」

「・・・・・・」


 そっとしておこう。おれは早貴ちゃんに向いた。


「早貴ちゃん」

「ほい、勇者センパイ?」

「だれとしゃべってたの?」

「タロットです。って言っても、ほんとに言葉が聞こえるわけではなくて」


 そうか、ボールに語りかける昔の野球選手いたっけ。あんな感じか。


「でも、このカードは、ほんとに語りかけてくる感じ。でも疲れた!」

「こいつぁ、かなり強力なタロットだ。一日一回ぐらいにしたほうがいいぜ」


 店長の注意に、早貴ちゃんも真剣にうなずいた。


「さっき言った『恋占い』は明日にでも・・・・・・」


 そこまで言った店長の言葉を、早貴ちゃんが手をあげて止めた。


「それ、もう出てるみたいです」


 はっ? と場にいる全ての顔に疑問が浮かんだのは言うまでもない。


「早貴ちゃん、意味わかんね」

「残りのふたつ、それが恋占いの答えって言ってました」

「言ってましたって、だれが?」

「カードが」


 オカルト大好きな小林さんの顔が引きつって止まっている。そうだよね、おれも肌に寒イボが立ったと思う。


「さすが、伝説のカードだな」


 いや店長、そのひとことで片づけるには摩訶不思議すぎでしょ!


 早貴ちゃんが真ん中の山、その一番上のカードをめくった。


 カードは、天使が笛を吹き、その下では人間が風呂に入っている。なんだこりゃ。


「20番、審判ね」


 つぶやいたのは小林さんだ。


「なんで風呂入ってんの?」

棺桶かんおけよ。まあでもスフォルツァの『審判』は、お風呂に見えないこともないけど」


 小林さんの説明によると、いまのタロットだと一人ずつが長方形の棺桶に入っているらしい。でもこのタロットの絵だと男女が四角いプールのようなものに入っていて、風呂に見えた。


「しかし審判? 吸血鬼との恋が審判って、どゆこと?」


 早貴ちゃんに聞いたが、占い少女も小首をひねった。


「はてー、タロットって、ひとつのカードに意味が多くあるんです。なにかなぁ」 

「マジかよ、引けても意味ねー!」

「むかっ! んで、その解決法はこっち」


 続けざまに早貴ちゃんが右の山をめくる。


 でっかい十字架を持った女性だった。


「えっ? なにこのカード」


 小林さんでもわからないカードなのか。


 しかし、坂本店長と室田夫人は小さく「んー!」とうなった。ふたりにはわかったのか。


「店長?」

「おう、これは、いまのタロットには入ってねえ。このカードは『信仰』だ」


 みんなが室田夫人を見た。信仰の女性、といえば前の世界で僧侶だった室田夫人しかあり得ない。


「室田さん、この『審判』と『信仰』の意味、わかります?」


 リメインダーの僧侶は苦笑しながらうなずいた。


「ええ、わかりやすいぐらいに」


 女僧侶は『審判』のカードに書かれた天使の下、風呂みたいな棺桶に入る人間たちを指さした。


「勇太郎くんの言った説もあるの」

「おれの説?」

「これ、ニガヨモギの薬湯だっていう説があるの。つまり、恋愛の原因はくすり

「レイプ・ドラックですか!」


 思わず大きな声をだしてしまったが、室田さんは冷静に首をふった。


「おそらく、そこまで行かないわ。多幸感や高揚感を生む、霊薬の応用じゃないからしら。自分に惚れた相手へ与え続ければ、ゾッコンになりそうよね」


 なんとまあ。ヴァンパイアとの恋って、ミステリアスな響きだと思ってたら、急にどこかの大学サークルみたいになってきた。


「店長、これ、警察に突きだしたほうが早いんですかね?」


 ドワーフ坂本さんに聞いたのだが、代わりに答えたのは室田夫人だ。


「使っているのが地球の禁止薬物なら捕まるでしょうけど、別の世界のものだったら検出されない可能性も高いわ。魔力も使われているかもしれないし」


 それは納得。そして、そうなると別の不安も浮かんできた。


「治るんですか?」

「この世界の治療薬だと難しいでしょうね。私がやるしかないわ」

「室田さんが?」

「もちろん。薬の作用なら浄化の魔術で一発ね」

「おう、なんだかそれ、二日酔いにも効きそうだな」


 おいドワーフ、神聖魔法を自堕落な生活に使うんじゃねえ。


「すべて、答えはでましたね」


 ここまで声を発してなかった玲奈が、あごのさきに手を添えていた。考えにふけるときのクセだ。


「もうわかったのかね、玲奈くん」

「ええ、わかりましたよ中村警部」


 ありゃ。名探偵の明智小五郎を問い詰める警察のマネをしたら、すぐバレた。


「玲奈ちゃん、どういうこと?」


 おい小林、そこは『明智先生、いったいこれは!』とかだろう。


「小林さん、友人を吸血鬼の魔の手から救うには、ふたつ必要です」

「ふたつ?」

「ひとつは、友人をどうにかして連れだし、室田さんに治してもらうこと」

「もうひとつは?」

「その薬をうばうこと」

「そっか!」


 小林さんが納得している。なるほど。治しても、また薬を飲んじゃうと同じか。


「しかし、玲奈くん、その薬とやらがわからんではないかね」

「警部、ぼくはすでに、そのありかを小林少年から聞いていますよ」

「おお、小林くん。きみは勇敢だねぇ。ささ、ありかを教えておくれ」


 おれと玲奈のやり取りを聞いていた小林さんは、目をパチクリさせた。


「し、知らないわよ!」


 えー!


「ここに来る前に言いましたよ」


 玲奈の言葉に、おれと小林さんは見あって首をひねった。それを見た玲奈がヒントを口にする。


「授業中、彼女が口にしているのは・・・」

「アメ!」


 おれと小林さんが同時に答えた。


「玲奈、じゃあ、アメ玉を盗みに入るのか?」

「その答えは、怪人マスタードの内ポケットに」


 えっ、おれ?


「か、怪人マスタード」


 マスタードの一件を知っている坂本店長が笑った。


 それより内ポケットをさぐる。


「いや、生徒手帳しかないぜ?」


 おれは生徒手帳を、みんなの前にだした。


「あー!」

「うるさいな、FD小林!」

「アホ勇者、そこに書かれてるでしょ!」

「ここ? あー、校則!」


 おれは室田夫人に向いた。


「うちの学校、家族が作った食べ物以外は、持ち込み禁止なんです」

「えっ、作れなかったのどうするの?」


 室田夫人が不思議そうに言った。ほらね、おとなでもそう思うじゃん。


「ここはひとつ、先生という権力で、没収してもらうのが手かと」

「そういうことね!」


 室田さんは大きく息をついた。


「いよいよもって、主人にわかってもらわないと」

「それじゃあ、あとは、おめえら、どうやって友達を室田さんに会わせる?」


 ドワーフ店長の指摘はもっともだ。どうしようかと思ったとき、軽い口調で室田夫人が言った。


「それは、私のハンバーガーショップでもいいわよ。浄化の魔術は一瞬だから」

「ほかの客に見られません?」

「二階の奥、人目に触れない席があるわ。監視カメラも写らない」


 おおう、さすがベテラン店員。


「では、どうやって連れだすかですね。今日のお話では、友人とのつながりも希薄になっているようですし」


 玲奈の予想は正しいだろう。普通に呼びだして来るとは思えなかった。


「ああ! こうなるなら、待てばよかった」

「うん、小林少女?」

「もう何回も『話がしたい』って言ってるの。最近では無視されてる」


 あちゃちゃ。


「これ、よっぽどのことがない限り、無理だよ」


 そう小林に言ったが、なぜか、おれの顔をじっと見る。


「あれしかないかなぁ」

「あれ?」

「最近見た映画でね、ハイスクールで最大の問題と言えば・・・・・・」


 うえい! おれわかっちゃった!


「妊娠かよ!」

「そう、私が妊娠したと言えば、さすがに話を聞きにくると思う」

「そりゃそうかも。でも相手、だれにするよ」


 みんなが、おれを見る。


「えー、おれか!」

「山河くん」

「なによ、小林!」

「子供つくろ♡」

「ことわる!」


 そんな気分、味わいたくもなかったが、みんなから『作り話でしょ』と言われしぶしぶ受ける。


 おれ、親父から『チョメチョメするな』って言われているのに、そこを通り越して妊娠させちゃったよ。

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