第34話 早貴のタロットカード
「吸血族は男も女も、元来、異性を惹きつけるというからなぁ」
ため息をつくドワーフ、坂本店長が説明した。
「あいつらは何百年と生きる。すると見た目は若いが、中身はおとなだ。知識は深く、物腰もやわらかい。好きになるのは無理ねえと思うが」
坂本店長の言葉に、小林さんが反論した。
「でも、ちょっと異常なほど入れ込んでます!」
「それも、よく聞く話だ。吸血族に
言ってはなんだが、スケコマシか。でもどうやって、ベタ惚れにさせるんだろう。おれは疑問を口にしてみた。
「店長、それって魔法ですか?」
「いや、魔法で恋は作れねぇ」
えー、意外。
「気絶させる、または混乱させる、そんな精神へ攻撃する魔術はあるが、恋ってのはずっとだ。二十四時間と延々に魔法をかけ続けるなんて方法はねえ」
店長の言葉に半分は納得できるが、疑問もあった。
「じゃあ、呪いはどうなるんです?」
「それは魔力が込められた状態だ。魔導具なんかは全て呪いとも言える。込められた魔力は、少しずつ放出されるか、一気に放出されるかどっちかだな」
なるほど。段々とわかってきた。魔法も万能ではない。物理と同じ、無限とか、そういうのはないか。
そういえば親父の魔術は、やっとこさ一瞬だけ火をだした。魔道具のランタンなら数分か、ひょっとしたら数時間は火がでるだろう。それはおれらの世界でいえば人間は疲れるが機械なら疲れない、みたいなもんだ。
魔力と電力、似ていないようで似ている。
「そっか、店長の言うとおり、うどんとパスタだ」
「あん?」
「ちがう世界でも、意外と似てるって」
「もちろんだ。だから、この世界だって言うだろ」
「なんと?」
「恋は魔法ってな」
ドワーフからキザなセリフがでるとは思わなかった。まあでも、そうかもしれない。恋、それ自体が魔法なのか。魔法で魔法を作りだすことはできない。
「恋かぁ、恋占いでも、してみよっか?」
「
「はぁい、ごめんなさい」
早貴ちゃんの母である室田夫人がたしなめたが、なぜか坂本店長は、真面目な口調で早貴ちゃんに聞き返した。
「ほう、占いができるのか?」
「はい、ヒゲ店長さま。サキはタロット占いが得意です!」
「店長さん、中学生の遊びですわよ」
それでも、坂本店長は真剣な顔を変えなかった。
「魔力はあるか」
店長は目を細め早貴ちゃんをながめた。それから母親である室田夫人へ向く。
「そうなると、ちと聞きてえが、この子を『聖眼』で見たことは?」
室田夫人が
「あっ、お母さんが返事しないときは『YES』です」
すかさず娘の早貴ちゃんが言った。
「なら、娘さんの資質を見たはずだ」
室田夫人は、ぎゅっと口を閉じている。
「それ、占い師だったんじゃねえか?」
みんなが夫人に注目したが、女僧侶はかたくなに、口をひらかなかった。そうか、夫人は元の世界では聖職者だ。ウソをつくのは良くないとか、そういう教えはありそうな気がする。
そうなると余計に、ウソをつき続けて生活するのは気の毒に思う。旦那さん、どうにか理解してくれないかな。
「よしっ」
坂本店長は部屋を出ていった。しばらくすると、アタッシュケースを持って帰ってくる。
「早貴ちゃん、ちょっと提案だ」
「はい!」
「今日、バイト代に、店の物をひとつやると言ったよな」
「んー、言われた気がします!」
「これでもいいぜ」
店長が鍵穴に親指を押しつけた。なにをやっているのかと思えば、鍵がカシャ! と音を立てひらいた。これも魔道具か。
古めかしいダイニングテーブルの上に、ひらいたアタッシュケースを置く。
そこに入っていたのは長方形の箱だ。革でできていて深い焦げ茶色が年数を感じさせる。
坂本店長が革の箱をだし、テーブルの上でフタをあけた。
革箱の中は、これまた古めかしいタロットカードだ。いつの時代のだろう、相当に年期が入っている。一番上のカードには絵柄が描かれているが、いまのタロットとは全く絵柄がちがった。
それに豪華だ。カードの絵柄は金色の部分が光っている。それは絵の具とは思えなかった。おそらく金箔だ。
「これは!」
室田夫人が声をあげた。
「ウソでしょ・・・・・・」
小林まで、おどろきの顔だ。
「知ってんの小林さん?」
「見たことあるけど、上野の博物館で特別展のとき見たやつよ!」
ドワーフ店長が感心するような目で小林さんを見た。
「ほう、小林。おめえ、なかなか物知りだな」
「オカルトとか、けっこう好きなので」
「なんでえ、勇太郎より、よっぽど、うちのバイトが
店長は『がはは』と笑う。いや、おれは笑えないんですけど。
室田夫人が、右から見たり左から見たりと、さも珍品を観察するようにながめていた。
「現存する最古のタロット『フランチェスコ・スフォルツァ』と同じ絵柄」
「さすが
室田夫人がうなずく。
「あれは15デッキしか残っておらず、しかも一部分のみだわ」
「これは、フルセットだ」
「では、複製ですわね。まあ、よくできてること」
「15デッキねぇ。まあ、表の世界だとそう言われてるわな」
タロットに手を伸ばしかけた夫人が止まった。
「店長さん、まさか本物、とか言いませんわよね」
「さあ、どうだかな」
坂本店長と室田夫人がやりあっているが、小林さんが教えてくれた。
15世紀に作られたとされるカードで、世界に15セットしか残ってないらしい。しかも、どれもが完全ではなく一部分のみ。特に『悪魔』と『塔』は世界に一枚もないという。
「て、店長さん」
「なんでえ、小林」
「これに悪魔と塔は・・・・・・」
「だから、フルセットだって言ってんじゃねえか」
のけぞる小林さんを無視し、店長は革箱に入ったタロットカードを手に取った。
「いるかい、早貴ちゃん?」
「絵柄、かわいー! いるー!」
「ダメ! こ、こんなの、あの家を売っても払えない!」
えっ、そんな価値なんだ!
「まあ、心配するな。これは、わしも賭けに勝って手に入れたものだ」
「そうは言っても!」
「ひょっとしたら、早貴ちゃんのもとにいく運命なのかもしれねえ」
坂本店長はそう言って、カードを伏せた状態でテーブルの上に広げる。
「このタロットは、こっちの世界で作られたのは確かだ。だが、どうやったのか、相当な魔力が込められている」
店長は、両手でテーブルに散らばったカードを混ぜだした。
「このタロットを自分の物にする条件はひとつだけ」
早貴ちゃんが、服のそでをまくった。
「なに?」
「わしの言うカードを一発で引くこと」
「そのカードは?」
「そうだな」
ドワーフ店長は長いヒゲをなでた。考えているようだ。
「大アルカナの13」
「吊られた男、りょうかい!」
早貴ちゃんが右手でカードの上をなぞりだした。金属探知機で地中でも探しているみたいだ。
「しかし、これ、枚数多くね?」
タロットって20枚ぐらいだったはずだ。それが軽く50枚は超えているように見える。
「それは『大アルカナ』だけの場合よ」
答えたのは、オカルトにくわしい小林さんだ。
なんでも、正式なタロットというのは、有名な22枚ある絵札のほかにトランプのような数字カードが56枚あるという。
「それなら、78枚から当てるのか!」
「いや、これは『スフォルツァのタロット』だ。もっと多い。86枚あるぜ」
坂本店長が補足した。なら、86枚から、1枚を当てんの?
「おかしい。今日、ぜんぜん勘が来ない!」
早貴ちゃんがイラだった声をあげた。さきほどからカードの上で右手をくるくる回している。
「ほう、引くのは右手か」
ドワーフ店長がつぶやく。早貴ちゃんが、はっとなった。
「やばい。私、緊張してるのかも。いつも引くのは左手だ」
早貴ちゃんはイスから立ち上がり、目を閉じた。深呼吸し、イスに座り直す。
「これ、いつものようにやっていい?」
「おう、いいぜ。ズルして見なけりゃ、なにやってもいい」
早貴ちゃんはうなずくと、みずからさらにタロットを混ぜだした。眠いのか、混ぜている早貴ちゃんの目がとろんとしていく。
「利き手と引き手が逆か。こりゃ、ほんとに才能あるかもな」
「店長、どゆこと?」
「画家などでもいるのさ。文字は右、絵を書くと左とかな。魂がそうさせる」
才能か。ふと進路アンケートが頭に浮かんだ。おれに才能があるとしたら、どんな職業なんだろうか。
早貴ちゃんは、カードをほどよく混ぜると集めだした。とろんとした目が、さらに細くなっていく。86枚あるというカードをひとつに整頓したころには、完全につむっているように見えた。
ひとつにまとめた86枚のタロットカードを、左手で三つの山に分ける。そこで左手の動きが止まった。
「まだ、まとめてないわ」
目を閉じた早貴ちゃんがしゃべった。
「もういいの? もう動かすなってこと?」
早貴ちゃんは、まるでだれかと会話しているように言う。
三つに分けたカードの山に手をかざす。右にかざし、次に中央、そして左の山に手をかざしたとき、動きが止まった。
「・・・・・・はい、そうします」
早貴ちゃんは、だれに返事したのだろう。左の山の一番上にあるカードをめくる。
そのカードには、逆さに吊られた男の絵が書かれてあった。
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