第9話 死神との危険な第二戦

 あの駆けおりた階段を逆に登る。


 山の上にある神社への石段だ。


「では、戦いにいたる前に手順を確認します」


 玲奈がおもむろに制服の上着にあるポケットに手を入れた。ていねいに言われるとCIAの秘書官みたいだな。


 そんな美人秘書官は、ポケットから指輪ケースぐらいの小さな箱をだした。なんのへんてつもない木の箱だが、これが『パンドラの箱』というのだから恐ろしい。


 おれはズボンのポケットから果物ナイフ、じゃなかった『炎のナイフ』を取りだした。


「おれが走って死神を刺す。ナイフは抜かず、そのまま逃げる」


 玲奈がうなずいた。


「わたしは動きの止まった死神に向かって、パンドラの箱をあける」

「玲奈、念じるのを忘れないで」

「そうでした。死神が吸いこまれるイメージで」


 玲奈がうっかり忘れるというのも珍しい。さすがに初戦闘、緊張はするか。


「おれが死神につかまれていたら、箱はあけない」


 玲奈が二度うなずいた。そう、ここが重要。つかまれていたら、おれまで吸いこまれちゃう。


「生命力を吸うという『モース』の呪文を喰らったら・・・・・・」


 おれが言い終る前に、玲奈がポケットから小さな瓶をだした。栄養ドリンクと同じぐらいの大きさだ。緑っぽい半透明のガラス瓶。


霊薬エリクサーを飲みます」


 玲奈の言葉に、今度はおれがうなずく。玲奈はひとつ大きく息を吐いた。


「勇太郎は冷静ですね。これではいつもと立場がアベコベです」

「まあ、おれはキャンプでいのししとか、山犬と戦ったことあるから」


 キャンプに行くと、いつもなぜか野生の動物と遭遇するのが不思議だった。なんのことはない、親父がそういうところを探していたんだろう。


 話をしていると石段の最上段に着いた。


「おれがさきに神社に行く。玲奈はまわりこんで、草むらに隠れてて」


 玲奈はうなずき、木々の生いしげる中に入っていった。その背中が見えなくなるまで見つめる。蚊がいなきゃいいけど。


 よし、ではやるか。


 ここから土の坂を少し登れば神社だ。周囲に注意しながら歩いた。


 まずは死神を見つけないと。そう思ったが、死神は賽銭箱の前にいた。賽銭箱ではなく、からだをかがめ、その前にある木の階段の裏をのぞきこんでいる。


 おれはまず、炎のナイフをだしさやをぬいて口にくわえた。炎のナイフだから熱かったらどうしようと思ったが、味はただの鉄だ。


 それから左手に小さな革の盾を持ち、空いた右手で地面に落ちている石を拾った。拳ほどの大きさの石だ。


 朝に投げたとき、石は通過した。でもそのあと、おれが殴っちまった。あれでこっちの世界に固定化されたのなら、今度は当たるのではないか。


 殴れたのは、おれに微量ながらでも魔力があるから。勇者である親父は感じ取れるらしいが、おれはさっぱり感じない。


 その親父でも玲奈の魔力は、まったく感じないという。おそらく奥底に眠っているだろうとも言った。いざとなったら殴れるおれに比べ、玲奈は無防備だ。危険にさらしたくない。おれが一発で決めないと。


 足音をさせないように忍び寄る。


 忍び寄るつもりが、すぐに死神は気づいて顔をあげた。くそっ、勘のいいやつ。忍び足から、そのままステップ。おれは投球モーションに入った。少年野球をしていたのでコントロールはいい。しかし中学でエースピッチャーをするほどでもない。


「喰らえ、おれの器用貧乏ボール!」


 拳ほどの石は一直線に飛んだ。ガンッ! と骸骨のひたいに当たる。死神は、ぬうっと立ちあがった。うそだろ。野球経験者が全力で投げたんだ。普通なら陥没骨折かんぼつこっせつするぞ!


 死神はすべるようにこっちに来た。やべえ。動きが速い。口に挟んだナイフを取る。死神がふりかぶった。大鎌だ。さっき持ってなかっただろ!


 風を切るようにせまる大鎌を小さな革の盾で受けた。からだごと吹っ飛ぶ。


「勇太郎!」


 玲奈の声。ごろごろと地面を転がり起きあがった。すげえ衝撃。しまった。衝撃でナイフをどこかに飛ばした。


 死神を見る。どこかに向けて手をひらいていた。その手を向けたさきを見る。玲奈だ。草むらの前に玲奈が倒れている。生命力を吸い取る呪文か!


「このやろ!」


 おれは駆けだし小さな革の盾を両手で持つ。


「死ね!」


 飛びあがり着地とともに死神の頭へ盾をふりおろした。プロレスラーがパイプ椅子いすを打ちおろすように全力だ。


 パリン! と頭蓋骨ずがいこつの一部が割れた。おれは玲奈へと走る。


 玲奈に駆けより抱き起こした。まぶたは閉じられている。


「くそっ!」


 ポケットから霊薬をだした。歯で封をしているコルクを抜く。玲奈の口に流しこんだ。のどが動く。おお、飲んでいる!


 一本分を流し入れ、おれは置いていた革の盾を急いで持つ。ふり返った。死神がこっちに来る。しかし、足取りがおかしい。フラフラしている。パイプ椅子攻撃ならぬ、革の盾攻撃が効いたか!


 おれは革の盾を両手で持って駆けだした。もう一発だ。


 しかし近寄ると死神は大鎌をふりまわした。やたらめったら斬ろうとしてくる。近寄れなかった。


「勇太郎・・・・・・」


 かすかに声が聞こえた。ふり返ると、玲奈がゆっくりと立ちあがっている。


「玲奈、だいじょうぶか!」

「どうしましょう、勇太郎」


 うん? なにがと思ったら、玲奈がゆっくりと顔をあげた。


「すっごい気分がいいです!」


 あげた玲奈の顔は、かつてないほどの陽気な美しさを放った。風もないのに長い銀髪がゆらゆら揺れている。これ霊薬、効きすぎ!


「うお!」


 またもや大鎌。おれはステップバックでなんとか避ける。


「玲奈!」

「なんです!」

「いまなら魔術でるかも!」

「無理です!」


 いや、どう見ても魔力ビンビンだぜ。


「なんごともチャレンジだ!」

「言えてます! ポジティーブ!」


 玲奈タン、変なテンションMAX。


「でも、やり方がわかりません!」


 また大鎌。かがんでよける。髪かすった!


「そうか、イメージ、イメージですね!」


 玲奈はなにか思いついたようだ。目を閉じ、両手を胸の前で組む。えー、それ祈りのポーズ。


「魔法じゃ・・・・・・」


 魔法じゃねえよ、とツッコム前に、なぜかおれのからだは青いオーラに包まれた。


「えー!」


 おれの制服の上着がビリビリに破れていく。


「失敗しました!」


 玲奈がさけんだ。


「さきほど、勇太郎が細切こまぎれという話、あのときに浮かんだイメージを思いついてしまいました!」


 あれか。親父が魔術の説明をしたときだ。おれの服が細切れなのを思い浮かべてたのか!


 おれを包んだ青いオーラは、まだ消えない。制服の上着は布きれとなり飛び散る。さらに次はYシャツがやぶれ始めた。


「止める方法を考えます!」

「玲奈、いい、やってみる!」


 青かったオーラは黄色に変わってくる。なんだかわからんが、気合い乗ってきたー!


「ォォォォォオオオオオ!」


 右の拳をにぎる。最後の一枚、おれのTシャツがはじけ飛んだ。


「死ね、死神!」


 大鎌をふりかぶったところへ距離をつめ、右ほほを殴る。ほほ骨とアゴ骨の一部が割れた。死神がうしろへ倒れる。


「玲奈、いまだ!」


 おれは急いで逃げる。すごい光が走った。あたり一面にカメラのフラッシュが焚かれたかのようだ。


 目がしばしばする。白くなった視界が正常にもどると、もう死神は消えていた。


 ふり返ると、玲奈があの『封じ箱』を両手で持っている。駆け寄った。


「玲奈、だいじょうぶ?」

「ご、ご、ご、ご」

「ご?」

「ごめんなさい!」


 玲奈が大きく頭を下げた。


「魔法のイメージというところで、よこしまな映像が浮かんでしまい」


 恥ずかしそうな玲奈に、なんだかおれまで恥ずかしくなってくる。


「あ、いえ、なんか光栄です」


 玲奈がおれをイメージした。それはなんだか、とっても嬉しい。


「こ、こ、高校生がプロポーズしてる!」


 うしろから声が聞こえた。ふたりのオバチャンだった。買い物袋をからネギが顔をだしているので、買い物帰りなんだろう。


 プロポーズ。そう言われれば、玲奈の持つ『封じ箱』は指輪の箱と同じ形だった。


 どう言い訳しよう。問題は、おれの上半身が裸ってことだ。

 



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