いわゆる、キとタにまつわる争いについて

K-enterprise

みんななかよく

 キノコタケノコ戦争をご存じだろうか。

 我が国最大の内戦などと言われ、もう40年以上に渡り、たくさんの人間関係を破壊してきた悲しい争いである。


 コ○・ペ○シ

 ポ○リ・ア○エリ

 ○ッキー・ト○ポ

 それ以外にも数多の戦いが私たちの日常に内在し、人々は、それぞれの嗜好を主張する者、ひっそりと意志を隠す者などに分かれ、表向きは平穏な生活を送り続けている。

 だが誰もが知っている。

 どちらかを選ぶ状況に陥った時に、大きな混乱が訪れることを。


「というわけで、どちらか選んでいただきます」


 私立東洋水産高校。

 その生徒総会の時間、それまで会長の挨拶やら、会計報告、事業報告などで続いていた、退屈で弛緩した空気は一変した。

 それは、生徒会長から、購買が購入するカップ麺の品目を削減するといった決定事項と、選択すべき商品が告げられた時だ。

 ご丁寧に、壇上のスクリーンには高精度のプロジェクターによって映し出された、赤いきつね、緑のたぬきが映し出されていた。


「う、そだろ……」

「まさか、そんな!」

「どっちもじゃダメなのかよ!!」


 唖然、呆然、意気消沈。

 多くの生徒がその決定に、驚愕し異論を唱える。


「これは決定事項だ。これは皆にも責任があるのだ。やれ、あの新製品がいいだの、やれ期間限定だの、蓋止めシールが無くなったんだって? 試してみようぜ! などと好き放題リクエストを出したから、購買のおばちゃんは心労で倒れてしまったのだ! よって、購買で販売するカップ麺は三種類に限定させていただく!」


 会長の叫びは、反対意見に燃え上がる皆に降りそそぐ消火剤だ。

 誰もが皆、購買のおばちゃんの優しい顔を思い浮かべ、自己嫌悪に涙した。


 決定事項ならば仕方がない。

 そして、どちらかを選ぶという行為に意識を切り替える。


「どうやって選ぶんだ?」


 お調子者で名高い三年男子が挙手と共に問う。


「民主的に多数決だ。教職員も含めれば733人。白黒はっきりするだろう。棄権などという姑息な真似はするな! 投開票日は三日後、それまで心身ともに万全な状態にしておくのだ。部活動も禁止だ! 怪我でもされちゃ敵わんからな!」


 熱く叫ぶ会長に会場のボルテージも上がる。

 誰もが各々の主張を語り始める。

 

「やっぱきつねだよな、あのお揚げは官能だよ」

「……え、良助君、天ぷらが好きだって……お蕎麦が好きだって……嘘だったの?」

「うどんだよねぇ? あのもちもちっとした触感、生麺か! って感じよねぇ」

「あの天ぷらのサクサク感がたまらねぇんだろうが!」

「1980年発売って、後発のくせに生意気だぞ!」

「二年しか違わないわよ! 誤差よ誤差!」


 すでに混乱の坩堝るつぼ

 最初は自身の好みを呟いた程度の波は、いつしか相手を滅殺するほどの憎悪が渦巻く。

 本来、それを抑える立場の教員ですら、それぞれに徒党を組み、双方で聞くに堪えない暴言を繰り返す有様。

 むしろ、接してきた期間と摂取量で言えば、大多数の学生と比較にならない。いい年をした大人ほど、そのこだわりは強かった。


 壇上からそんな混乱を眺めた生徒会長は、教員席で一人静かに佇む校長に目配せをする。

 ほんのわずか口元を緩ませた校長は、一つ頷く。

 そんな二人のやり取りを観測する冷静な人間は、すでに存在していなかった。


 それからの三日間、双方の派閥による争いは、長い学校の歴史の中で、箔押しの上製本でも作れるんじゃないかというエピソードに溢れていたが、特筆すべき事象も無く、罵詈雑言が紙面を埋めるだけの内容は、編纂した担当者の英断によって封印されることになった。


「ぼくらは知的生命体である矜持を持つべきだ」と、担当者が残した名言は、その内容を容易く想像させた。



 投開票日。

 生徒会室で行われた開票作業は、不正防止の為に20台のカメラを使い、各教室に実況された。

 誰もが固唾を飲んで開票の行方を見守る。

 モニターを凝視する者。

 耐えきれなくて机に突っ伏し呪詛を唱えている者。

 自らが選択したモノを、その瞬間に食する為、数分前から湯を入れて待機している者。


 モニターに映し出されたホワイトボードには、いくつもの正の字が埋まっていく。


「おい、まさか……」

「同票だと?」

「嘘よ! 総数は奇数のはずよ!」

「誰かが、棄権したんだ!」

「なんという罪深いことを、なんまんだぶなんまんだぶ……」


 校内は静まり返り、憤りと悲しみに溢れていた。

 それと同時に、決まらなかったことに安堵する者もいた。


「もういいじゃない! どっちを選ぶなんて無理なのよ! カップ麺の神様がそう言ってるってことじゃない!」


 反戦穏健派の一人が叫べば。


「棄権者を探し出せ! 投票用紙には名前が書いてあるはずだろうが!」


 と唯一主義強硬派が叫ぶ。


 そう。

 投票用紙には遺恨を残す事を覚悟して、誰がどちらを選んだか、つまりどちらを切り捨てたか明瞭にする為に、個人名が印刷されていた。

 モニターの中、怒りで紅潮した生徒会長が、腕を水平に振りながら叫ぶ。


『反逆者を見つけ出せぃ!』


『その必要は無い!』


 ガラリ! と開き戸の音を立て、生徒会室に進入する男の姿。


「あいつは……」

「赤木!」

「緑太!!」


『お前は、赤木緑太!』

『ああ、そうさ、きつね派からは求婚され、たぬき派からは婿に来いと、この三日間、茨のモテ期を過ごした赤木緑太とは俺のことだ!』

『……つまり、無記名は貴様であると?』

『無記名じゃないさ。どっちも書いたからな。無効になったんだろう』

『何故だ! お前はこの悲しい争いを引き延ばしたいのか!』

『どちらを選んでも、半分は悲しいままじゃないか』

『クッ、それでも、我々は選ばねばならんのだ!』

『いや、赤いきつねと緑のたぬきのどちらかを選ぶ必要は無い』


「え?」

「どういうこと?」

「赤木、気は確かか!」


 観衆も困惑し、校内は騒然となる。

 モニターに映る赤木緑太は、ポケットから二つのカップ麺を取り出す。


『そ、それは!!』『むう、いかん!』


 生徒会長と、監視席にいた校長が声を上げる。


「あれは、○○○○!」

「ああ、しかもうどんと、そばだ!」


『これは今しがた購買で俺が買ってきた。何故この二品目が固定で、残りの一枠を選ぶって話になったんだろうなぁ?』

『く、それは……』

『分かりやすい対立構造を明示して、それを隠れ蓑に一番大事なモノを隠す。俺たちはまんまと嵌められちまったって訳だ。この不毛な代理戦争ってヤツにな!』

『しょ、証拠でもあるのか!』


 赤木緑太、おもむろにスマホを取り出す。

 ボイスレコーダーアプリが購買のおばちゃんの声を流す。


『そうなのよ! 校長と会長がサァ、やれ西だ東だ北海道だって、地域限定品が出る度にうるさくってサァ、そんなんなら三種類に限定するよ! って叱ったのよ。そしたら、この二つだけは死守してくださいって泣かれちゃって』


「なんて杜撰な作戦なんだ……」

「購買のおばちゃん、ベンチプレスで120キロ上げるんだろ? 心労っておかしいって思ってたんだ」


『わ、わしは、知らん! か、会長のヤツに唆されただけだ!』

『あ、てめぇ、星○源ゆるさねぇとか言ってやけ食いしてたじゃねーか!』

『醜い争いは止めろ! お前らが愛好するのは、元は同じ商品名なんだ。二人で仲良くどちらかを選べ!』


「神采配だ!」

「争いを止めろとか言って焚き付けてやがる!」

「……それじゃあ私たち、もう選ばなくてもいいのね!」


 大喝采が巻き起こる。

 購買の在庫と、各陣営に備蓄されていた在庫が放出される。

 職員室のポットも、家庭科室のガスコンロも、理科室のバーナーも、ただお湯を沸かすためだけに費やされ、三日三晩、赤と緑の祭典は続いた。


 その後、赤木緑太は生徒会長を務め、卒業後、教師として私立東洋水産高校に凱旋した。

 赴任の挨拶で全校生徒の前に立つ。


「おい、あの先生、校庭の銅像の人に似てないか?」

「美術室の偉人像の人にも似てるよ?」


 騒がしくなる生徒の前で第一声。


「お前ら! 赤と緑、どっちが好きだ?」


「赤!」

「緑!」


 多くの声が上がる。

 根付かせた文化は今も確かに生きている。

 赤木緑太は感涙にむせぶ。



「黄色」


 凛とした声に静まり返る教職員と生徒一同。

 

「あれは、博多、黄子おうこ……」


 誰かが呟き、博多黄子は、赤木緑太の前に歩み出る。


「赤と緑、足すと黄色になるって知ってる? センセイ」


 ニヤリと笑いながら告げる黄子の声。

 それは新たなる戦いの幕を開ける合図だった。



―――了―――

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