Divert―マーキューシオと誕生日プレゼント―

 ――私は御行のこと、嫌いとかじゃなくて……私は!

 ――約束、しよう

 ――また一緒に、花火を観よう


 そう言った葉月の顔はどこか切なげで、花火の光が赤色や青色、黃色に照らしていた。

 目元は少し潤っていた気がする。……勘違いかもしれないけど。

 ……嫌いじゃないなら、なんだ? 葉月は何を言いたかったんだ?

 ……俺のことが好きだって言おうとしてたのか?

 いや、そんなはずはない。自意識過剰。本当に、気持ち悪い。

 だけど、そうだと思ってしまったら、ずっとその考えが頭をよぎる。

 それに、また一緒に花火を観よう、とも言った。それは俺と二人だけで? それとも白井も?


「わっかんねぇ……」


 ずっとこんな調子だ。夏祭りの日に色々とありすぎた。

 ……りゅうとも再会して連絡先を交換した。俺の数少ない連絡先に高田隆盛という名が刻まれている。

 俺はため息を一つ吐いて、スマホを消した。


「ため息をついたら幸せが逃げるよ。それにしても何かあったのかい? 落ち着かない様子だけど」

「あ、いえ。特には……」

「そっか。まぁ俺じゃなくても頼れる人はいるからさ。悩みなら同い年の人に聞いてもらう方がいいかもね」


 橘先輩はタオルで汗を拭いながらそう言って、チラッと水野さんと盛岡の方を見た。二人共、水分補給をしている。

 お盆休みが終わってからの、初めての部活である。演劇部部室には部員全員、そして後藤が揃っていた。

 今は休憩中だ。一時間、基礎練をした後である。


「とりあえず西園寺も水分補給しな」

「はい」


 俺はリュックから水筒を取り出してグビッと水を飲む。氷が大量に入れられており、猛暑でも冷たさを保っていた。

 キンキンに冷えた水を飲むと、脳にまで染みる。そうすると、俺の中に疼いてる苦悩もいくらかましになった。

 橘先輩は同い年の人に悩みを聞いてもらえと言った。少し考えてみる。

 まあまず盛岡は論外。そんな悩みを共有できるような相手じゃねえ。

 次に水野さん。……あり、なのか? いやでもそこまで仲がいいわけではないしなぁ。水野さんもいきなりこんな話されたら迷惑だろ。

 ……まあ、そこまで深刻なことでもないし、もういいか。

 一旦、葉月やりゅうのことは忘れよう。今、大事なのは部活である。


 今朝、俺と盛岡の配役が決まった。

 俺と盛岡はまだ演劇経験が浅いからと、早めに役を決めて練習をすることになったのだ。

 俺がマーキューシオで、盛岡がティボルトである。

 ストーリーでは、ティボルトがマーキューシオを殺し、それに激怒したロミオがティボルトを殺すという流れだ。言ってしまえば盛岡の演じるティボルトは敵役である。普段の盛岡の態度とティボルトというキャラクターはかなり似合ってるな、と俺は印象を受けた。

 そんなことを思っていると、ふと思い出したことがある。

 そう、ロミオとジュリエットの舞台を視聴覚室で観たときのことだ。

 マーキューシオというキャラクターは非常にお喋りで卑猥なジョークを連発する下品なやつである。まあ高校の文化祭ということで脚本にはそう言った言動は無いのだが。

 そういう意味合いではマーキューシオというキャラクターはなかなかに掴みづらい。

 お喋りで下品なやつ、と聞くと噛ませ犬のようなキャラだが悪いやつではないのだ。それに、俺はマーキューシオというキャラクターに好印象を抱いている。それが何故なのか言語化できないが……。きっとマーキューシオを演じるに当たって、理解を深めるのは大切なことだろう。マーキューシオの根底にある信念は何なのか。

 そんなマーキューシオ、台詞の量がかなり多い。大変だ。


「よし、休憩は終わりだ。続きの基礎練やるぞ」


 後藤が手を叩いて、そう俺達に呼びかけた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「これで基礎練終わるか。おし、お前ら昼飯食っていいぞ」


 後藤はそう言って部室から出ていった。職員室で昼ご飯を食べているらしい。

 それに続いて先輩達も食堂へと移動する。

 こうして部室にいるのは俺達一年生組の三人のみとなった。

 昼休憩はいつもこんな感じだ。

 俺は壁に寄せたリュックから甘奈が作ってくれた弁当を取り出した。盛岡もそれに続く。

 盛岡とも、あまり良い仲とは言えないが一緒に昼食を食べており、窓際の地べたに三人並んで座って、いつも過ごしているのだ。

 部活を始めてからなんだかんだで一ヶ月が経過したから会話が詰まることもない。

 俺と盛岡が弁当を出して、さぁ食べよう! というときに水野さんが真正面から前のめりに、俺達へと相談を持ちかけた。


「あの、一週間後が橘先輩の誕生日なんですけど、男性が女性に貰って喜ぶプレゼントを訊いてもいいですか?」

「男性が女性に貰って喜ぶプレゼント?」


 俺はオウム返しに問う。質問の内容が突飛で驚いたのだ。仕方ない。


「はい。橘先輩にプレゼントを贈ろうと思っていて……」


 ラインで八月二十二日が橘先輩の誕生日と表示されていたから俺も誕生日が近いことは知っていた。当日に、誕生日おめでとうございますと言おうと思っていたからね。

 それにしても高校生って友達や先輩に誕生日プレゼントを贈るものなのか? と普通に疑問。俺も貰ったことあるけど、あまりないことだよね。

 ……え? 普通なの? 俺と住む世界が違ったりする? いつの間にリーディング・シュタイナーが発動した!?


「……なぁ盛岡、先輩に誕生日プレゼントって贈るもんなのか?」

「知るかよ。当人がプレゼントしたいってんならそれでいいだろ」


 まあ、それもそうか。

 俺は質問を反芻する。男性が女性に貰って喜ぶプレゼント……。


「正直、何でも嬉しいけどなぁ」

「うーん、でもこれは貰うの嫌だとか、何かないですか?」

「……まあ無難なのは食べ物だろうよ」


 盛岡がそう答える。


「食べ物、ですか。重くないですかね?」

「まあちょっとしたやつなら大丈夫だろ。見るからに高そうなのは気が引けるけどな」

「なるほど……手作りはどうです?」

「それは人によるかもな。俺は大丈夫だが」


 そう言って盛岡は言葉を切り、弁当に手を付けた。

 正直、意外だった。盛岡が質問に対してこんなにも親身に答えたことがだ。実はいいやつなのか? それとも俺にだけ冷たい態度とってんのか?

 そういや、盛岡が人と話してるとこ、あまり見ないな。教室ではいつも机に突っ伏してるし。

 まあいいや。とりあえず俺も水野さんの質問に答えておく。


「俺は手作りの食べ物はちょっときついかな。まあ本人に訊いてみるよ」

「あ、サプライズなので誕生日プレゼントの件だって言っちゃ駄目ですよ」

「あぁ分かってる」


 盛岡の言った通り手作りの食べ物をプレゼントとして受け入れられるかは人それぞれだ。そうなれば本人に直接訊くのが手っ取り早い。


「あ、ちなみに聞いておきますがお二人の誕生日はいつですか?」

「え? 俺は別に誕生日プレゼントいらないよ」

「あげるとは言ってません」

「……ソダネ」


 泣きたい。


「俺は十月三十日だな」

「へぇ盛岡君は意外ともうすぐですね」

「文化祭のちょっと後か」

「あぁ、まあな」

「あ、俺は四月三十日だから」

「もう過ぎてるじゃないですか……」


 これぞ誕生日が早いことの弊害。聞かれた頃には過ぎているからね。じゃあ来年祝うよ! て言う人もいるけど来年になったらみんな俺の誕生日忘れてるという……。

 それにしても盛岡も三十日なのか。いや、まあだからなんだよって感じだけども。

 ちなみにだが俺が手作りの食べ物をプレゼントで貰うことに抵抗があるのは列記とした理由がある。

 高校に入学してすぐの頃、俺に話しかけてくる女の子がたくさんいた。そうして、誕生日の話題になったのだ。そのとき俺の誕生日を教えて、じゃあプレゼントをあげるねと言った女の子がいたのだが……まあそれが手作りのお菓子だったわけだ。


 告白と共に受け取った。

 高校に入って、初めて受けた告白だった。

 まあ、なんと言うか、反応に困ったよね。その子と付き合うつもりなんてないからさ、手作りのお菓子を貰っての告白を無下にするのは気が引けたよ。

 それからも手作りのお菓子を貰う機会があったのだが心の中で拒絶してしまう。もちろん、受け取りはするけどね。

 いやー、自分で思っておいてだけどこいつ何様だよ! て感じだな。俺、最低かよ……。


「まあ今更だが、食べ物以外でもいいと思うけどな。選択肢多いからきついだろうが」

「そうですね。ありがとうございます」


 そう言って水野さんも弁当を食べ始めた。

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