番外編 西園寺甘奈の憂鬱

 明日は夏祭りだ。一万五千発もの花火が打ち上げられる、大イベント。この夏祭り、県外からも人が来るほど人気だ。

 さて、俺はその夏祭りに友達二人と行くことになったのだが一つ、問題がある。

 浴衣を持っていないのだ。まぁ浴衣なんていらないと思っていたのだが、俺と一緒に夏祭りに行く友達、二人共浴衣で行くというのだ。一人だけ私服だなんて恥ずいだろ? 言ってしまえば図書館でみんなビジネス書や実用書、一般文芸を見ている中、俺だけがラノベを読んでる感じだ。いや、それとはちょっと違うか。

 まぁ何はともあれ浴衣を買おうかと思うのだがこれまた問題が発生する。俺は浴衣がどこに売っているのか分からないのだ。

 最近はネットでも買えるらしいが必要になるのは明日。当日に届けることも出来るみたいだが信用ならん。

 そこで俺はリビングでくつろいでいる、妹の甘奈を頼ることにした。


「てなわけでさ、浴衣買える店、知らない?」

「浴衣なんてどこでも買えるでしょ……」


 甘奈は面倒くさそうに応えた。

 艷やかな長い黒髪をストレートに下ろして、タンクトップにショートパンツというラフな格好だ。

 甘奈の部屋着は基本こんな感じである。

 それにしてもどこでも、か。俺はそのどこでもが分からないんだがな。


「あー、じゃあさ。俺の買い物に付き合ってくれないか? 浴衣、教えてくれよ」

「浴衣教えろってどういうこと……」

「そのとおりの意味だけど、あ、悪い。ライン来た」

「それが人にものを頼む態度か!」


 甘奈がガミガミ言ってるが俺はそれを受け流す。そしてスマホに視線を落とした。

 先輩からだった。内容は明日の夏祭りに行かないかというもの。

 前の遊園地のときも思ったがこの先輩達、行き当たりばったりだな……もう少し計画性がないものか。と思ったけど白井が夏祭りに誘ったのも昨日なんだよな……。あれ?これらに違和感を持つ俺がおかしいのか?


「はぁ、ライン、誰から?」

「部活の先輩だよ」

「ふーん」


 甘奈は髪を弄りだした。


「部活、結構続けてるんだ」

「まあ、これといって辞める理由がないし、今の所辞めたときのデメリットの方がでかいから」


 実際、演劇部は居心地がいい。先輩は優しいし、同級生も、盛岡との距離感を測りかねてるくらいで、だがそれもそこまで問題ではない。

 まぁ詰まるところ、勉強するより演劇部で過ごす方がいいのだ。

 とりあえず先輩達には一緒に行けないと返信。これはまあ先約がいたから……。


「浴衣買うの、手伝ってもいい」

「まじ?」

「まあ、何もせずに過ごすのも退屈だし。若干憂鬱だったから。やっぱり刺激が欲しい」

「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者と会いたいってこと?」

「違うわ! 別に神に何かならんし!」

「お、このネタ理解できたんだ」

「お兄ちゃんがそういうことばかり言うからでしょ……」

「そらアニメはネタの宝庫だからな」

「アニメ好きにしばかれろ」

「こわぁ……」


 甘奈は深くため息をつき、


「ただし条件。アイスかかき氷奢って」

「おっけ。全然いいよ」


 妹の休みを俺に付き合わせるのだ。これくらい安いもんである。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ということで俺達はバスでショッピングセンターに来た。四階建ての大型商業施設である。

 雲一つない空。照りつける太陽。そして美少女である俺の妹……。

 甘奈は外出するからということでピンクのワンピースに着替えていた。子供っぽさはあまりない大人な色合い。髪はストレートに下ろしたままだ。

 そんなこんなで俺達は周りの人達の視線を集めていた。


「流石は我が妹……道行く人達がみな俺達に視線を寄越よこす……」

「視線を集めてるのはどちらかというとお兄ちゃんでしょ……」

「え? あー、まぁその可能性もある」

「きしょ」

「え、酷い……」


 甘奈の言ったことを肯定しただけなのに……。


「浴衣は確か二階に売ってたはず。早く行くよ」

「あ、はい」


 俺達は店内に入り、エスカレーターで二階へと移動した。

 久々に訪れると新鮮味がある。服を売っているコーナーだったりゲームを売ってるコーナーだったり、はたまた女性用下着が売ってるコーナーもある。こういうの、本当に気まずくなるから辛いよ……。まぁ俺の気にし過ぎかもしれないが。


 俺達は浴衣の売ってるコーナーに辿り着いた。

 まずは値札を確認。

 ふむ、三千円のものや五千円のものまで各種様々だ。正直一万行くかなって予想してたから割と手頃な価格で安心する。

 レディースの浴衣が全面に売り出されているがしっかりとメンズもある。正直値段による違いとか全く分からないのだが……。

 多いのは紺を基調としたもの。青味が強かったり黒味が強かったり、模様が刺繍されていたりと色々な種類がある。

 その他にも白を基調にしたもの、緑を基調にしたもの、何なら三色使われているカラフルな浴衣もあった。

 俺はオシャレとかには疎い方だからな。俺には何が似合うのか……うーん。教えて! 甘奈!


「まぁ、紺色が無難じゃない? 値段的にも」

「紺色、多いのですが」

「一番安いやつでいいでしょ」

「えぇ……」


 適当すぎでしょこの子……。俺だって身だしなみには気を使うぜ? センスは無いけど……。

 まぁここは自分の直感で行こう。甘奈は紺色がいいのではと言った。とりあえず紺色の浴衣を一つずつ見ていくか。

 俺は一枚一枚吟味していく。


「お、これは?」


 俺は黒に近い紺に、青く細い縦線が入った浴衣を手に取った。こういう模様をしまと言うらしい。渋みがある、格好いい浴衣だ。

 即決だった。


「俺、これにするわ」

「ふーん。まぁいいんじゃない?」


 こうして俺の浴衣ショッピングは終わった。

 だがしかし、俺達の買い物はこれで終わらない。甘奈を付き合わせたのだから、甘奈が満足するまで俺も付き合わなければ!

 次回へ続く!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「いや、別に私は買いたい物なんてないけど……」


 甘奈はメロンソーダフロートを食べながらそう言った。まぁ番外編を二話持ち越しにはしないさ……。


「えーっと何でも買ってやるぞ?正直小遣いの使い道あんまないからさ」

「だからアイスで充分だって」

「うーん、まぁ甘奈がそれでいいならいいけど」


 ここは一階。エントランス近くの飲食コーナーだ。三時過ぎだがそれなりに人がいる。

 この飲食コーナー、ラーメン、うどん、洋食、ステーキ、なんでも御座ござれである。

 昼食は家で食べたから俺は軽めに六個入りのたこ焼きを食べることにした。

 このたこ焼き、中に入ってるのタ○ピーかもな。弾力があって、熱いけど美味しいッピ。


「フロート、うまいか?」

「うん。美味しい」

「一口くれ」

「やだ」


 ……まぁ仕方ない。流石にもう一個注文するとお腹が苦しくなる。メロンソーダフロート、お前はまたいつか食ってやるからな……。

 それからも他愛もない会話をして過ごす。

 そんな中、ふと気になったことが出来たので甘奈に質問した。


「そういえば甘奈、憂鬱だって言ってたな。何かあったのか?」

「あー、部活だよ。先輩、強かったからさ。卒業してからうちの部、ちょっときつくなって。このままだと大会に勝てないなぁって思ってさ」

「……なるほどね」


 甘奈は女子バレー部である。

 これに関しては俺に出来ることはない。まぁするとしたら励ますくらいか。


「ま、まだ分からんだろ。俺は何とも言えないけどさ、今決めつけるのは早計じゃないか?」

「うーん。でもなあ。うちの部、何かギスギスしてるし」

「えぇ……」


 どうしたらええんやこれ?


「先輩、ホント強くて優しかったから。その中でも凄い強い先輩がいてね。神波高校に進学したからもしかしたらお兄ちゃんも知ってる人かも」

「ほう。誰? 名前言ってみ?」

「葉月先輩」

「……ん?」

「聞こえなかった?」

「いや、えーと、葉月?」

「うん。あ、お兄ちゃん知ってるの?」


 知ってるも何も小学校から一緒なんですが……。というか明日、その葉月と夏祭りに行くんですが!

 はえー、それにしても縁ってのは不思議なもんだな。こんな繋がりがあったとは。

 つうか葉月、甘奈が後輩だったんならそのこと言ってくれても良かったのに……。知らなかったのか? 俺と甘奈がきょうだいだって。


「まあ、葉月は友達だな」

「それ、お兄ちゃんが友達だって勘違いしてるだけじゃない?」

「うおー! やめろやめろ!」


 ちょっとでも「あれ? もしかしたらそうかも……」って思ってしまうからまじでやめろ!

 友達だよ。うん。……友達、だよな?


「まあ、何だ。そんな抱え込むもんじゃねえぞ。部活なんてそんな高尚なもんじゃない。前の先輩は良かったみたいだがあんなの、先輩が後輩にイキるだけのものだから。パワハラだよ」

「お兄ちゃんが言うと説得力凄いね……」

「まあ、な。中学の部活なんてクソだよクソ」

「言葉が汚いなぁ……」


 そんな会話をしながら俺達は食べ終わる。


「うし、帰るか。付き合ってくれてありがとな」

「うん」


 俺達は店を出る。こうしてショッピングは終わりだ。

 空を見ると太陽が沈みかけていた。そしてふと俺は思う。

 やっぱり俺の妹は最強に可愛い。



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