第10話 駅長の疲労回復方法

「しかし、酷いことをしてくれる。折角実った麦が台無しじゃ」


 先ほどの戦いで破壊された麦畑を見てバステトは溜息を吐く。

 麦を刈り取られるだけで無く、畑には穴まで穿っている。

 ここ数日繰り返される惨状に本来は豊穣神、農業の神として祀られているバステトは悲しくなる。


「本当に面倒くさい役目を押し付けられたわ」


 バステトのいるブバスティスが実習に選ばれた理由の一つが、テルに会いたくて探しまくる兄弟姉妹を追い払える実力者がバステトだったからだ。

 その前の実習は列車乗務だったが連日テルの姉妹が何かしら理由をつけてテルが乗務する列車に乗り込んできたため混乱した。

 それだけで無く、理由を作るために一部の魔物を嗾けて出現させ退治しに行くついでに会いに行くという事までしていた。

 今回は厳重に監視していた。

 だが、それでも抜け出す強者が、クラウディアをはじめ何人もいるため、バステトの能力を見込まれて実習先に選ばれた。

 しかし、実際はとんでもない災厄が連日襲って来ており、バステトは辟易している。


「また組合長が泣くな。自分の国にこんな事をしおって。あんな小娘ではなくテルに皇帝になって貰いたいものじゃ」


 あんな小娘に皇位継承権があるのが恐ろしい。

 皇太子になるつもりの無いテルには申し訳ないが、是が非でも皇帝に即位して貰わなくては酷い目にあう。

 バステトはテルの気配を遮る結界を張り直して、駅に戻り電話を掛ける。


「ああ、もしもし総裁。オタクの娘さん、クラウディアが来たのじゃ。アウグスティアの方へ誘導して置いたから始末は任せる。それとまた被害が出たので補償と追加援助宜しく」


 最後はドスの効いた声で電話を終え受話器を戻す。

 切る寸前に受話器から溜息が聞こえて来たので事態を飲み込んでくれているだろう。

 これでユリア――テルとクラウディアの母親にして人類最強の勇者にして皇帝陛下。その彼女がクラウディアの仕置き人として出てきてクラウディアを捕まえてくれるだろう。


「はあ、疲れた」


 一仕事と後始末を終えたバステトは猫に戻り駅長の机のクッションの上にまるまる。


「あ、駅長、業務を手伝って下さい」


 テルが文句を言うが先ほどの戦いと結界を張った時の疲れで手伝いたくても手伝えない。

 尻尾を上げて答えるだけで精一杯だ。


「もう、しょうが無いですね」


 その姿を見たテルはいつもの事だと深くは追求せず、業務に戻っていく。

 テルに呆れられるが、仕方の無いことだ。

 本当は人間姿でテルと一緒に業務をしたいが、魔力回復には消耗の少ない猫の姿が一番だ。この状態でも先日の女子高生程度の不届き者はあしらえる。

 しかし、それでも割に合わない。

 腹違いの兄妹が多くて入れ替わりに襲撃してくるテルの兄弟姉妹を撃退するのは本当に大変なのだ。連日迎撃して結界を張り直すのは疲れる。

 村への補償と援助認定だけでは足りない。個人的にもバステト自身への補償が貰いたい。

 テルが寝ているときに人間姿になって拐かそうかとバステトは考えた。

 いや、昨日のようにこの姿でテルにすり寄ってナデナデして貰おう。

 テルの撫で方は天下一品だ。クラウディアもテルに撫でて欲しくて堪らないという。

 ならば精々、クラウディアが悔しがるようにテルに一杯撫でてもらおう。

 今は朝ラッシュの時間だが、終われば十分に時間がある。昨日のような事故はもう無いだろう。

 そう思って時が来るまでバステトは猫の姿で疲れを癒していた。

 通学の列車が発車し、テルが事務室に戻ってきた。

 予想通り、テルは自分の椅子に座って寛いでる。

 そこを狙ってバステトは膝に飛び乗った。


「あ、駅長、何ですか」


 突然膝に乗ってきた駅長にテルは戸惑う。

 猫っぽいが、何百年も生きている神だ。


「って、やけに顔を埋めますね」


 今日のバステトはいつもと違い、撫でられたくてテルにすり寄っていく。

 すり寄られたテルは顔を赤らめた。

 バステトは人間に化けることも出来る。

 その姿を思い出すとテルは顔が紅くなってしまう。


「昨日は大変でしたからね。疲れたんですね」


 実際は今朝も疲れたのだが、バステトは可愛く猫の鳴き声を鳴らすだけだ。


「もう、仕方ないですね」


 テルは優しくバステトをなで始めた。

 猫の扱いに慣れているため、猫の気持ちよい場所をテルは知っており、的確になであやす。

 その扱い方の心地よさにバステトは自然と鳴き声が出る。


「おおい、テル、朝食を持ってきたぞ」


 だが農協の組合長が声を掛けてきて中断した。


「それと送れていた積み出しの時期も決めよう」

「はい、直ちに」


 テルは駅長を机に置くと組合長の対応を始めた。

 至極の時間を邪魔されたバステトは不機嫌な声を上げ、組合長を睨み付ける。

 だが、テルが真摯に対応しており、テルの方を見続けているため気がつかない。

 テルは人を引きつける天才だ、とバステトは思った。

 しばらくの間、撫でて貰うのはお預けにしよう、とバステトは思った。

 終わったらタップリと可愛がって貰おう。


「ああ、それと、今朝も違う畑で麦が切り落とされてダメになった。補償の手続きを頼む」

「はい、こちらに」


 今朝のクラウディアとの戦いの被害の手続きに入った。

 これは長引きそうだった。

 とても撫でて貰うだけでは割に合わない。

 いっそ約束を破ってテルを誑かそうか、襲って仕舞おうか、とバステトは本気で考え始めた。

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転移者の息子 地方駅員編 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou

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