第11話/開発部に行こう!~温泉と言ったら牛乳でしょ!~



「おばけちゃん。なんで私がここにいるか、わかるよね?」

「ハイ、ゴメンナサイ」


 怒ってるマルガ、怖い。



 マルガは、ダンジョンに入ってくるなり私を呼び出した。笑顔なのに、こめかみに青筋を浮かべた、迫力というか凄味のある表情。

 それを見た瞬間、私は正座していた。正直怖い。

 バルガス経由で手紙を送って、まだ1週間しか経っていない。それなのにここにいるのは、そうとう大急ぎで駆けつけた証拠だ。


「それで? どういうことなのか、説明してもらえるかしら?」

「ナ、ナンノコトカナ?」


 にこにこと、笑顔で詰め寄るマルガ。でも目が笑ってないんだよね。


「大剣亭の人を、ダンジョン奥地の観光ツアーに招待したんですって?」

「ああうん。まぁ……」

「彼ら、大喜びで話して回ってるわよ“タダ同然でコアが手に入る”って。……どういうことなのか、説明して頂戴」

「いやぁ、それは語弊があると申しますか、先方に誤解が生じていると申しますか」

「おばけちゃん?」


 はぁ。しょうがない。マルガには教えておこう。


「えっとね」


 ……


「というわけで、試作エリアのテストを行いつつ、ダンジョンの信頼度を稼ぐ、一石二鳥の策なのです」

「そううまくいくかしら」


 私が壮大な計画を説明すると、マルガが不審そうな目を向けてくる。

 まぁ、だよね。


「試作エリアのテストは、バルガスたちに任せたらだめなの?」

「んー別にそれでもいいんだけどね。それだといつまでたってもダンジョンの信頼度は稼げないし」


 時間をかければ、私が人間と仲よくしようとしていることはわかってもらえると思う。でもそれだけだと、いつまでたってもダンジョン攻略をあきらめないだろう。

 だって、私が攻撃しないなら好都合でしょ? いずれは攻略できると夢を持ち続けてしまう。それはそれで困るわけで。

 だからこその、招待状だ。

 正々堂々と戦って撃退すれば、あきらめもつくと思うんだよね。そうなれば戦うよりも協力しようと考えてもらえるはず。

 それにしばらくここで生活すれば、ダンジョンにも愛着がわくと思うし、さらに商品価値を提示できれば、戦うよりも商うべきという意見は強くなると思う。


「一番の問題は、大剣亭のみんなを撃退できるか、ってことよ」

「ん~余裕じゃない?」


 だってカジノで素寒貧済だし。へーきへーき。


「油断しちゃだめよ。確かにおばけちゃんのダンジョンでは醜態をさらしてるけど“銀の戦斧”“鉄拳制裁”“獅子王”そのほか、多くの勇者の末裔が所属しているトップギルドの一つなんだから」


 なんだか強そうな二つ名がポンポン出てきたなぁ。でもまぁ。


「大丈夫。戦ったりしないから」

「っていうと?」

「コンセプトは鬼ごっこだよ。鍵を持った鬼が逃げまくって、ひたすら時間を稼ぐの。相手が根負けして、参ったって言うまでね」

「……それだけ?」

「うん」

「考え直しなさい」


 至極真面目な顔で、マルガが言った。あるぇ?


「どう考えても無理よ。どれだけ早く逃げれるのか知らないけれど、その程度の仕掛けで大剣亭のみんなを足止めなんかできないわ」


 これだけの情報じゃ、確かにそう思えるよね。うん。

 仕方ない。マルガには教えちゃうか。


「もちろんそれだけじゃないよ? 鍵の数は300個ほど集めないといけないし、鍵穴は全部で500箇所。さらに場所だって広いからね。たかだか2、30人くらいなら、十分防衛可能だよ」

「だからって」

「それに、これは予行演習でもあるからね。カジノルームが攻略された場合、本当に鬼ごっこエリアで防衛できるか、突破されるとしたらどれくらい耐久出来るか、どこが悪かったか、そうした情報も得られるし」


 こうした情報の収集は、カジノエリアを攻略されてからでは遅い。あそこを突破されたときに相手をうまくいなす手段は必要だ。

 せっかくトップクラスの冒険者が挑戦してくれるなら、その手練手管を学んでおきたいし。

 あとは多くの冒険者が来るとなれば、商人も集まってくると思うから、その辺を相手にした商売の準備もしないとね?

 もちろんダンジョン部分は完成してるけど、商品のほうはかわいい部下たちに任せっきりになっている。そろそろ試作もできてるかな?


「そうだ! せっかく来たんだから、うちの商品開発部を見に来てよ」




 というわけで、商品開発部にやってきました。


「商品開発部って。ここ、もみじちゃんとあおばちゃんのお部屋じゃない?」

「そうだよ」


 部屋の前のベルを鳴らす。これは私でも触れるように“体”で出来ている。ちりんと音を立てると、奥のほうからぱたぱたと足音が近づいてくる。


『おばけちゃん、マルガ! いらっしゃい』


 笑顔で出迎えてくれたのは、もみじだ。最近はようやく私にも慣れてきて、敬語を使わなくなった。いい傾向だ。私も息苦しいのは苦手だからね。

 もみじに連れられて奥のほうへ向かう。部屋はマンションをイメージして作ったので、通路の奥にリビングがあって、さらに奥がキッチン兼工房という構造になっている。

 リビングの中央にあるちゃぶ台には、落ち葉や木の実、数種類の花など、雑多に置かれている。作業の途中だったらしい。

 あおばが真剣な顔で、アクセサリーを作っていたが、私たちが入ってきらすぐに顔を上げた。


『マルガ。こんにちは』

「こんにちは、あおばちゃん」

『りんごは?』


 マルガに駆け寄ったあおばが、すんすんと鼻を鳴らしてマルガを嗅ぎまわる。この前の約束をしっかり覚えていたらしい。


「はい、りんご」


 もちろん、マルガも。鞄に入れていたりんごをひとつ手渡すと、あおばはお礼もそこそこに、かじりついた。ぱたぱたと尻尾を揺らし喜びを示すあおばに、もみじが近づく。


『私にもちょうだい』

『や!』


 マルガを盾にして逃げ惑うあおばと、それを追いかけるもみじ。困惑するマルガを中心に、ぐるぐると追いかけっこを続ける二人。その騒ぎを聞きつけて、エプロン姿のエレンがキッチンから顔を出した。


「こら、二人とも。マルガさんが困ってるでしょ?」

『はい』


 しゅんとして、もみじがうなだれる。その横であおばがりんごをしゃりしゃりと食べ続けて、もみじに頭をはたかれた。

 マルガはそれをみてくすくすと笑って、鞄からもう一つりんごを取り出す。


「もみじちゃんの分もあるから」

『ありがとうございます!』


 もみじはりんごをもらっても、すぐに齧り付いたりせず、ちゃんとお礼を言ってから受け取る。しかし尻尾はちぎれんばかりに振られていて、早く食べたいと伝えていた。

 すでに食べ終わったあおばが、もみじのりんごをじぃっと見ていたが、もみじはりんごを守るようにして背を向けた。


「りんご、高くなかった?」

「そうでもないわ。あれはダンジョンでそこそこ手に入るから」

「そっか。低品質な魔石くらいしか作れないけど、いい?」


 バルガスたちがゴブリン狩りに精を出してくれているおかげで、最近はDPの稼ぎがそこそこにある。なのでささやかな贅沢が出来るようになったのだ。りんごの支払いくらい、どうにかなるはず。

 しかしマルガは首を横に振った。


「いいのよ。プレゼントだから」

「そう? ありがとね」

「それより、何を作ってるの?」

「もみじとあおばはアクセサリー作り、エレンは料理の開発をしてるよ」


 姉妹は採集が終わると、集めた素材の中から使えそうなものを取り分けて、アクセサリーを作っている。子供が作ったものなので素朴なものだけど。

 エレンは料理の研究だ。

 食料用の工房を設置して、レシピを開発したのだ。て言うと誤解されそうだけど。

 開発をするには、ほしいレシピを選択して、研究ゲージが溜まるのを待つだけ。DPをつぎ込んだり、サポート用の機材を導入することで研究が早く進む。

 レシピの開発というよりも、解放のほうが適切な気がする。

 今現在、解放済みレシピは“牛乳”のみ。お風呂上りに欲しくなるもの、といったら、コーヒー牛乳でしょ! ってことで、現在コーヒーの研究を進めるために準備中だ。

 まぁ、牛乳だけでも結構好評なんだよね。

 この世界、酪農にあまり向いていないせいか、乳製品の価値が非常に高い。街の外にモンスターがうようよいるからね、畜産業自体難しいんだよ。だから貴族様とかのお偉方の食べ物ってイメージみたいで、それを飲めるってのがよかったみたい。

 そんなわけで、牛乳を使った料理を提供したら、受けるんじゃない? という発想で、エレンには料理を研究してもらっていた。

 という話をしていると、マルガが難しい顔をして考え込んでしまった。


「牛乳、か。輸送コストが問題になりそうね」


 どうやら商売のことを考えているらしい。

 そうこうしていると、エレンがお鍋をもって来た。


「牛乳を使ったスープが出来ましたよ」

『はーい!』


 もみじとあおばが、ちゃぶ台の上をきれいに掃除する。その間にエレンはお皿を準備。私は食べれないので見ているだけだ。いいなぁ。


「私も食べていいの?」

「うん。ぜひ食べて。感想も聞かせてね」

『マルガ、隣に座って!』


 あおばがマルガの裾を引っ張って、隣に座らせる。なかなか懐かれてるね。

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