初恋の相手

高黄森哉

それは穴に落ちていくような、

 ピアノブラック。その人を初めて見て、最初に覚えた印象は、色になって僕に迫ったのです。なんだ見ているだけで、深い深い穴に落ちていくような、そんな感覚がして足がすくみました。彼女の身体の滑らかさは、グラマラスで、アールデコで、その曲面は艶やかで甘美でございます。


 ああ、授業を受けても、友達とタイヤの周囲で遊んでも、ジャングルジムに登っても、頭から離れない。しかし、友達に話しても、だれもその気持ちを理解してくれないのであります。もどかしさから、辺りの全てが歪曲されて終いには後ろまで見えてしまうようでした。


 どこが好きかといいますと、具体的に形容できません。理科百点花丸の僕にも無理です。毅然として、浮いていて、暗いところでしょうか。完璧な球は理論上あり得ないと言いますが、その人を取り囲む絶対領域は、その人の完全性から真球に思えました。理論を破壊できるほどの、人間の直観を破壊できるほどの、不可解さが、構成している気がしてなりません。そして、それはさらに不可解なことに、数式によって肯定されるのです。


 先に恋していた友達による研究で、近づきすぎると後戻りできないと知り、僕はその人に触れることは叶わないと悲しみました。それでも、僕は彼女と一緒になりたくてたまらなかった。だから、ビーナスにも、マーキュリーにも浮気をしなかった。僕は、一途だったのです。


 病状は悪化し、彼女のために進路を大幅に変更いたしました。大学も、かなり上位のものを要求されるでしょう。そのために、青春を犠牲にしてしまった。それでも、後悔などないのです。深い深い、穴に落ちていく。


 大学に何とか入学した僕はついに、王手をかけました。無限の曲面の端っこで、自分を、永久の旅に送り出す準備が出来たのです。大きさのない点は畳まれた四次元で、空間の格子の収縮は指数関数。それは、カメと彼とのタンデム。近づくにつれて進捗は遅くなり、終わりのない有限の中で、発狂しそうになりながらも、最後の最後に、分解されながら、愛という情報だけを彼女の内部にどくどくと送り込みました。僕はやり遂げたのです。さよなら、四次元。


 初恋の相手は、ブラックホールでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初恋の相手 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

同じコレクションの次の小説