第16話

夜になってもザックは部屋から出てこなかった。


それより問題だったのは、陽が落ちて夕食の時間を過ぎてから帰ってきたヒロが目を泣き腫らしていたことだった。

目は赤く充血し、まぶたは寝起きのザックよりも酷い腫れ方だった。


リュカは驚いて問いただしたが、ヒロはけろりとした様子で「問題ないわ。もう大丈夫だから」と何も話すことはなかった。

リックは夜から広場で演奏会があるらしく、途中で別れたそうだ。


喧嘩別れなどしてなければ良いが。


驚くほど明るく振る舞うヒロの姿は、リュカとバートを却って不安にさせた。


昼間の様子からして、何もなかったとは到底思えない。

間違いなくリックと揉めたのだ。

バートは確信していた。


しかし

それが事実だとして、バートにできることは何もない。

これは二人の問題である。


バートは無愛想ではあるが、人に興味がないわけではなかった。

どちらかと言えば寧ろ、昔から他人の感情には敏感に反応する質だった。

夕食を済ませ、カウンターで紅茶にレモンを浮かべながら、バートは忙しく働くヒロを見ていた。

あえて忙しさの中に身を置いて、嫌なことを忘れようと努めているのかと思っていたのだが。


バートの予想とは大きく異なり、ヒロは無理をしているように見えなかった。

大泣きはしたが、最後には仲直りをして帰ってきたということか。

むしろ今朝よりもハキハキとして元気そうに見える。



気に病みすぎか。



バートは少し安堵した。

声を掛けようと思ったものの、実際にはどのように声を掛けたら良いのか皆目見当がつかなかったからだ。


下手に声を掛けなくて良かった。


バートが紅茶の入ったカップに視線を落としかけた、そのとき。

ヒロの胸元のアミュレットがぬるり、と艶めいた。



何だ?



見間違いか。ヒロから目を離す直前、視界に入ったアミュレットが光ったように見えた

いや。光ったというよりは。

魔石の中で何かが動いたと言うほうが近いかもしれない。


まるで、蝋燭の火が揺らめいたような。


一瞬の出来事だったために、バートは確信が持てなかった。


気のせいか。いや、それにしても。


なぜか気になった。


バートは改めて魔石を凝視したが、特別変わった様子はなかった。

昼間より暗い色に見えるのは、光の加減だろうか。


気にはなるが、魔術の素養がない自分には何もわからないし感じられない。

少なくともわかることは、バートが心配していたよりもヒロは元気にしているということだ。


余計な世話など焼くべきではない。


これ以上考えるのはやめよう、とバートは思った。

頭を悩ますべきは、ヒロではなく自分の雇い主のほうだ。


一日食事を抜いたくらいでは倒れたりしないが、明日も出てこないようなら何か手立てを講じなければならないだろう。


一体、何をそんなに引きずっているのか。

いや、ザックを宿まで引きずったのは自分なのだが。


バートは深いため息をついた。

今夜も星空を拝むことはできそうにない。


念のためリュカに冷めても食べられる食事を用意してもらおう。


紅茶をひと口啜ったあとで、バートはカウンターに戻るリュカを呼び止めた。

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