#38

 瑠璃と付き合うことになった。

 姉さんには申し訳ない、というのも違う気がする。

 愛理さんのおかげで色々と進めることができた。


「紀里ねえはいいの?」


「姉さんは……帰ったら締め上げられるかもしれないけど……瑠璃に被害は行かないようにする……」


「大丈夫かなぁ……」


 正直なところ誰かに助けを求めても無駄なので諦めている。

 誰かさんの影響で諦め癖が付いてしまったような気がするが、姉さんのせいな気もする。


「そういえば樹先輩の件は大丈夫なのか?」


「知らない」


 その話題には触れてほしくないかのように明らかに機嫌が悪くなった。

 本当の家族を失ってから現れた家族同然の人に裏切られたんだからな。

 機嫌が悪いという言葉だけで済ませてはいけない話。

 俺にとって、樹先輩は……どういう存在なんだろうか。

 ふと思ってしまった。

 正直なことを言うと瑠璃は樹先輩のことが好きだと思っていた。

 だからライバル心のようなものを抱いていたことは事実だが、別にそういうこともなく瑠璃も俺のことが好きだったというオチ。

 やっぱり師匠兼先輩が一番合うのか?

 これまで様々なことを学んできた身。

 様々と言っても半分普通に捕まるだろレベルのものと将来IT系に勤めれば使えるだろうなというものというなんとも言い難い技術だけど……

 そんなことを考えていると、ポケットに入っているスマホが鳴った。

 気になり画面を確認してみると、姉さんからだった。


「あー……」


「出るの?」


「いや、いいや」


「あとでどうなっても知らないよ?」


 ……それはそうなんだが今出てもあまり変わらないので、無視することにした。

 それよりも今この瑠璃との時間を大切にすべき。

 姉さんことは忘れて二人だけの時間に集中した。





 入りたくない……

 瑠璃を家に送り帰ってきたが、玄関で腕を組んで仁王立ちしている姉さんが見えた。

 いっそのこと逃げてしまおうかと考えたが、無理なので入るしかない。


「灰羅?何やってるのかしら?」


「はひ」


「何もしないわよ」


「樹先輩助けて……」


「何に怯えているのかしら?助けが必要なら助けてあげるわよ?」


 睨みつけてくる視線を耐えながら俺は覚悟を決めて家に入った。


「瑠璃と付き合うことになったそうね?」


「……はい」


「はぁ……なんて言えばいいのかしらね……最愛の弟に彼女ができたんだもの素直に喜べばいいのかしら?それとも奪われたことに悔しさを覚えればいいのかしら?どっち?」


「俺的には素直に喜んで欲しいんだけど……」


 すると深刻そうにしていた顔から一変し、俺が同じ高校に受験するとなった時並みの笑顔になった。

 怖い……


「そうよね!まんまと愛理に嵌められたことも灰羅が瑠璃に告白したことも忘れて喜ばないとよね」


「……姉さんも誰か男探したら?」


「……なんて?」


 地雷原のど真ん中に立たされている気分。

 何を喋ってもいけないような気がする。

 姉さんは黙ったままリビングへと戻った、多分黙って着いて来いという意味だろう。

 俺も後を追うようにリビング入った。


「さて……灰羅。瑠璃と別れてずっとお姉ちゃんと暮らすつもりはないの?」


「ないけど?」


「……そうよね。はぁ、分かっていたというのに何をしているのかしら私は……」


「姉さんが冷静に……成長かぁ」


「何が成長よ、どうせ灰羅と瑠璃が結ばれるなんて知っていたことなのよ?」


「じゃあなんで……」


「案外諦められないものよ」


 面倒くさい……

 結ばれると知ってから何年拗らせてきたんだこの姉は……


「姉さんは本当に誰かいい人探してくれ……」


「そう言われてもねぇ……」


「各務さんとか彼女いなかったよね?」


「あいつは……初恋拗らせてるらしいわ」


 なんであの美顔で拗らせてるんだよ……

 しかも初恋って……一途にもほどがある。


「いっそのこと拗らせてる同士で……」


「長続きするわけないじゃない」


「ですよねー……」


 どうしたらいいのか分からない。

 どうやら俺のことは諦めているような感じがするので、まあこれからは安心して生活できそうだ。

 ……前は姉さんと樹先輩が付き合えば解決するなんて考えてたな。

 まあ樹先輩は先輩で雪上さんと楽しく生活しているみたいだし、邪魔はできない。

 姉さんをどうするか考えたが、誰かと付き合う未来なんて一切見えない。

 頼むから平和に済んでくれ……ただそれだけ願った。






(樹視点⦅前話続き⦆)

 紀里が帰った。

 愛理さんと紀里の間に亀裂ができたのではないかと心配している。


「樹さん心配しなくていいですよ?こんな勝負何回もしてきて負け続きだったので頑張っただけです。それに……きーちゃんも多分灰羅のことは諦めていたと思いますよ?」


「そうか……というかさらっと思考盗聴するのやめてくれ」


「アルミホイル頭に巻いときます?」


「意味なさそうだな」


「樹さんの顔見れば大体分かるようになったので」


 そんなに表情筋緩くなってたか?

 確かに愛理さんと出会った頃に比べたら表情筋はだんだん緩くなっているような気もするが、考えてることが見透かされるほどではない気がするんだがな。


「さてさてさーて?」


「ちょっと外の空気吸って……」


「家の中にいてください」


「はい……」


 若干忘れていたが、今日一日愛理さんの言うことを聞かなければならないんだった。


「頭撫でてもらうのはしたしー?キスじゃいつも通りですもんねー?」


「度を越えたのは勘弁してください……」


「え?私に意見言う権利ないですよ」


「はい……」


 もう俺は愛理さんの奴隷なのかもしれない。

 甘やかされて衣食住が充実して五体満足で奴隷のように扱われては人としてダメになる。


「膝枕してください」


「男の膝枕なんて硬くて寝心地悪いだろ」


「樹さんの顔眺めながら寝れるので寝心地いいです」


 そんなことを言いながら愛理さんは俺の太ももの上に頭を載せてきた。

 じーっと見てると不満げな顔を見せてきた。

 これは頭を撫でろということだな……

 当たっているかは分からないが、取り合えず愛理さんの頭を撫でてみると、案の定不満げな顔も見せなくなった。


「きーちゃんも落ち着いたみたいですよ」


 机の上にあるスマホを取ったかと思えばそんなことを言って俺に画面を見せてきた。

 そこには灰羅から『姉さん諦めたみたいです』とメッセージが来ていた。

 愛理さんの言っていた通りだな。


「樹さん私が他の男の人と連絡取っても嫌にならないんですね」


「まあ灰羅だし、あいつも彼女できたし……」


「樹さんが他の女と連絡してたら速攻ブロックするので覚悟しててくださいね」


「さらっと怖い事言うのやめないか?それに連絡取り合う奴なんて少ないからな」


 そういえばこの間、あいつから今年は来るのかと聞かれていたな。

 行くと一言だけ伝えたがそのまま既読無視されている。


「樹さんって分かりやすい時本当に分かりやすいですよね」


「ん?あーまあその話題で考えたりするからなぁ」


「まああとで樹さんのスマホの中確認させてもらいますね」


「勘弁してくれ……」


「ふーんだ」


 パスワード変えて顔認証も外しておこう……

 面倒くさいが愛理さんに中身を全部見られたり消されたりするほうが面倒くさいので仕方がない。


「しかし紀里どうするんだろうな」


「ん~まあ本当に相手がいないってなったら多分お見合いになると思いますよ?」


「お見合いも今じゃ中々ないだろ……」


「そうですね~きーちゃんのことだからビジネス婚でもいいとか言い出しそう……」


 まあ俺と愛理さんの関係のように上手くはいかないだろうな。

 俺と愛理さんの関係は両推しだったからこその関係だもんな……


「正直樹さんとの関係がうまくいって良かったと今でも思いますよ」


「まあそうだな」


「でも、私は樹さんが推しっていう存在から一生を共にするパートナーになっちゃいましたけどね?」


「俺もいつまでも守ってやりたい存在になったからな」


「過保護すぎますけどねー手出してこないですしー」


「いつまで言うんだそれ」


「樹さんが襲ってくるまでですかね?」


 三年生になったらとか色々と言って認めはするけれど、誘ってくるのは変わらない。

 よく俺の理性耐えられてるよな……

 好きな人と一緒に生活して誘ってくるんだぞ?普通は耐えられないだろ。

 俺も正直なぜ耐えられているのか分からない。


「今日配信しないと……樹さんが甘やかしてくれるから頑張ろー!」


「そろそろ同じことの繰り返しのような気が……」


「後ろから抱き着いて頭撫でてもらって、耳元で囁いて、さりげなくえっちなことしてきてくれないかなー」


「願望が具体的すぎて怖い」


「あーあ、そんなことしてくれたら今度樹さんだけに雪姫雪花としてASMRしてあげようとおもったのにー」


 ……推しが俺にだけ……う……

 推しが自分にだけASMRしてくれるなんて、ただ推していた時代だったらスパチャ限度額毎日渡しているところだったぞ。

 それも雪姫雪花のASMR配信はメンバー限定の上にいつやるかすらも分からない幻の配信枠の一つだ。

 1リスナーとして他のリスナーへの罪悪感を感じてしまうが断れない。

 そして俺がリアタイしたASMR配信で、見事堕とされ他のASMRが聞けなくなってしまった。


「ASMRで物足りなかったら普通にリアルでも耳かきとか~囁きとか~してあげますよ?」


「是非お願いします」


「じゃあお昼ご飯食べたら期待してますよ」


「あ、配信終わりじゃないんだな……」


 口笛を吹きながら気分良さそうに愛理さんは台所へ行った。






「愛理は可愛いな」


「ふぇぇ……」


 愛理さんの望み通り後ろから抱き着き、頭を撫でながら耳元で囁いている。

 なぜかは分からないがあいりさんはベッドで横になりながらがいいと言ったので、ベッドの上で横なりながらすることになった。

 えっちなこととはなんだと悩み、結局耳を唇で挟んでみることにした。

 頭を撫でながらでは少しやりづらいので、頭を撫でるのをやめて愛理さんのお腹に腕を回し抱き着くようにした。

 すると愛理さんがびっくりしたのか嫌だったのか分からないが、俺から離れてしまった。


「……ダメです。今、樹さんにそんなことされたら……ちょっと自室にいくことになるので……」


「なんでだ?」


「いじわる」


「じゃあえっちなことはなしだな」


「やだやだやだ」


「じゃあどうするんだよ……」


 耳がダメならどこがいいんだ……

 俺が困惑していると、頭に?マークが浮かぶようなセリフを吐いてきた。


「……胸揉むとかですか?」


「ド直球だしなんで耳はダメで胸は良いんだよ」


「耳弱いんで……」


「首でもいいか?」


 何も言わないので肯定だと思って、首を甘噛みしてみると愛理さんの体がピクッっと震えた。

 可愛い……

 愛理さんの反応が、俺の中の悪戯心に刺激してくる。

 仕方がない、愛理さんがいいというのならと思い、ゆっくりと這わせるように手を上の方へ動かすと、


「あー!やっぱりだめでしゅ!」


「噛んだな」


「言わなくていいです!はーダメダメ、脳みそ溶けちゃう……」


「俺より愛理さんのほうが弱いんじゃないか?」


「そんなはずは……」


「じゃあもう一回してみるか?」


「ダメです」


 愛理さんは本当に可愛いな。

 あと正直なことを言うと愛理さん前より耐性がなくなっているような気がする。


「配信してきます……」


 一切顔を見せずに部屋から出ていってしまった。

 愛理さんなら気持ちを切り替えて配信できるだろうと信じてるが……

 あの様子ではどうも不安な気持ちが這い上がってくる。

 今、愛理さんに話しかけたら更に取り乱しそうなので、特に何もすることなく配信が始まるのを待った。




 配信が始まった。


『こんゆきー!』


 お、いつも通りの雪姫雪花になっている。

 声のトーン、V体の動き、特にいつも変わらずの配信だ。


『おひさ~最近配信できなくてごめんね?』


 心配は無用だったようだ。

 流石は企業勢ボロは出さないようにしているのだろう。

 取り合えずいつも通り雪姫雪花を見るためだけのアカウントで投げ銭をした。

 推しがいつも横にいるし、結局どこかに引かれて懐に戻ってくる行為に何の意味があると思う人がいるかもしれないが、推しに貢ぐという行為がやめられない一種の禁断症状だから見逃してくれ。


『あ、スパチャありが……あ、あぇ……』


「ん?」


 ただいつも通りスパチャをしただけなのに、反応が……

 気になってスパチャ専用の欄を見てみると、何やら見たことのある顔が……

 どうやら俺は間違ってV垢でスパチャをしてしまったらしい。


『もしかして……いつものあの人って……』


 まずい……いつも配信を始まった瞬間同じ額を投げることにしていたせいでボロが……

 羞恥心で何もできなくなりそうだ。

 何故かって?そりゃぁ偶に恥ずかしいコメしてたからなー

 最悪だ。


『まあ分かってたけどね離凛さん?』


「無理だ誰か俺を埋めてくれ」


 どうやらバレてた上に自爆したらしい。

 無理無理普通に穴があったら入りたいと言って屋上から飛び降りれるぐらい恥ずかしい。


『まあいいやー取り合えず告知告知』


 配信を閉じたいが告知を挟まれては、逃げるに逃げれないじゃないか。

 愛理さんは逃がす気がないんだろうなー


『えーっとまずはー三期生コラボPCが出まーす!わー!で、外見とか性能は公式アカウントから随時発表されるので見逃さないでね?』


「そろそろ新しいPC買おうと思ってたし買うかー」


 勿論そんなわけないが、まあ買うよな。

 そろそろバイトか何かしないとまずい気がする……

 貯金もそろそろ底を着く。


『で、次は……あ、そうそうゲームの大会に出ることになったよーチームはこんな感じになりまーす』


「おーって、ん?」


 知らない間に勝手にエントリーさせられてる。

 俺と愛理さん、そして希華、他に二人とコーチが一人。

 VALO〇ANTはあまりやったことがないから足引っ張ることになりそうだ……

 ちなみに希華は普通に強いし愛理さんもそこそこ出来るらしい。

 他の人は普通に強いという話は聞いたことがある。

 あれ?ガチな大会?

 主催はsiveaだしスポンサーなんか全部見たことがあるぞ……

 気になったのでsivea公式のSNSを見てみれば大会専用アカウントを作っていたらしくそっちを見てみれば選手一覧ができていた。

 んーガチの大会だなこれ。

 siveaでVALO〇ANTやってる人を全員集め、プロ呼んだりストリーマー呼んだりかなり大規模にしっかりやるらしい。


『そろそろ選手顔合わせになるんで、楽しみにしててね』


「おい」


 俺になにも話が入ってないぞ。

 どうすればいいんだと悩んでいればスマホ画面上部に通知が流れてきた。

 sivea公式からDM来たって……

『エントリーありがとうございます。チーム編成はこうなっております。頑張れ』

 その言葉とさっき愛理さんの画面で見た画像が送られてきた。

 公式が自我持つなよ……

『頑張れ』なんて一言付けてくるなんて思ってもいなかったぞ。

 告知が終わりいつも通りの配信に戻った。

 ちょっと考えることが多いため、配信は一回閉じた。


「取り合えずまあ俺は大会に出ることになったと……」


 これは頑張るしかないの他に言葉がない。

 俺は特に何も知らされてなかったし、多分辞退はできるがせっかくの機会なので、頑張る。

 銀行手帳を持ってきて、額を見たが特に問題なさそうなので、公式から発表されるまで待機することにした。

 間違えてV垢でスパチャをしてしまったが、これはもうどうしようもないことなので忘れることにした。


「愛理さんの配信の内容はこれぐらいか」


 これらに関してはまだ考える時間は沢山残されているから一回考えるのはやめた。

 他にないかと考えていると、一番の問題が残されていることに気が付いた。

 そういえば明日から学校だ。

 勿論普通に学校生活に戻れば考えなくてもいいのかもしれないが、瑠璃達のこともあるし紀里に関しては、諦めているとはいえ何をしでかすか分からない状態でもある。

 このまま平和にいって紀里の問題がなくなっても、俺には瑠璃のほうの問題がある。

 中々に濃い週末だったせいで忘れかけていたが、瑠璃のことは中学の時からの後輩という考えか灰羅の彼女という考えで行かなければならない。

 かなり変わってしまうが、段々慣れることに期待しよう。

 明日に不安を抱きながら配信から帰ってきた愛理さんを甘やかし今日一日を過ごした。

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