#37

 いつもと違う角度から日が入ってきたことに、違和感を感じ目が覚めた。

 あまり目覚めは良くない。

 ベッドから立ち上がり、朝食はどうしようかと冷蔵庫を見たが何もなかった。

 コンビニへ行きパンだけ買って、家に戻った。


「愛理さんがいないとこんなにも変わるものか……」


 寂しさと落ち着くような心地よさが混ざって何とも言い表せない。


「はぁ……」


 昨日の夜中のこともあってなかなか目が覚めない。

 瑠璃の家に行って色々と考えることがあった。

 ふと手元に置いてあったスマホが振動した。


「どうしたらいいんだ」


 スマホの画面に映っているのは、瑠璃から

『先輩のせいじゃないよ』

 ただその一言。


『そうか、もう大丈夫か?』


『だいじょーぶ』


 その一言の後に電話が架かってきた。


「あのメモ何」


「読めなかったか?」


「なんでもう来ないの」


「俺のせいかもしれないだろ……だからもう行かないし関わりたくないんだったら関わらない」


「ふざけないで!おとーさんのせいじゃないし!関わりたくないわけない!だから、だから……戻ってきてよ……」


 一生懸命嘆くように聞こえる声でそう言ってきた。


「そうか……」


「じゃあ!戻って……」


「戻らない」


 俺はそれだけ言って電話を切った。

 俺だってあの時間は楽しいし本当に俺のせいでないというのなら戻りたいと思うぐらいだ。

 でも、瑠璃は変わろうとしているし、瑠璃と灰羅、二人の恋路を邪魔するような真似はしたくない。

 今日から瑠璃はただの中学の時から多少関わりの多い後輩と思えばいいだろう。


「さて、一回忘れて家の掃除でもするか」


 実家に帰ってきたが、やはり掃除をしていないせいで埃が溜まっていた。

 まあこの様子から見るに、母さんは一回帰ってきたみたいだが……

 知らない土産が増えていた。

 多分帰ったというよりかは、寄った程度でしかないんだろう。

 掃除機が壊れていなくて良かったと安堵しながら、ゴミをまとめたり物を整理したり午前中はずっと掃除していた。






『瑠璃に何言ったんっすか!?先輩!』


「別に変なことは言ってないぞ」


『……変なこと言ってなければ瑠璃がああなることなんてないだろ!』


 灰羅の口調がいつも通りに戻っている。

 何故かはわからないがあいつは俺の前になると、高校生が使うような言葉になる。

 ただ今はその口調も直すつもりがないようだ。


「……あいつは今、過去から脱して変わっているだろう?だから俺はあまり関わらないほうがいいと思ってな」


『また面倒なことを……先輩はあいつの家族同然の存在なんだよ……』


「お前が支えろ。あいつの物語に俺はもう必要のない存在だ」


『はぁ……なら一層手伝ってくれ。明日……明日姉さんを抑えてくれ』


「はあ?お前……はぁ、分かった」


 俺が承諾するとそのまま灰羅は電話を切ってしまった。

 流石に俺一人でできる気がしないので、愛理さんに電話を架けようとスマホを手に取ったがかなり気まずい。

 謝る姿勢を取りながら恐る恐る電話を架けてみた。

 案の定、1コール以内に繋がった。


『なんですか?』


「えーっとだな……明日って予定空いてるか?」


『空いてますけど?』


 声だけでわかるぐらいには、気分を害されてらっしゃる……


「紀里を抑える話なんだが……明日になりそうなんだけど……」


『ふーん、分かりました。いいですよ』


「あ、はい。ありがとうございます」


『今日は帰ってくるんですか?』


「あ、はい。勿論です」


『分かりました……『ん?誰?』あ、ちょっと声出さないでって……』


 電話の奥から誰かの声がした。


「……愛理さん?誰かといるのか?」


『……じゃあ帰ってくるの待ってるので』


「え?ちょっと?愛理さん?」


 電話を切られてしまった。

 ……一回落ち着こう俺。

 愛理さんのことだ浮気なんてしてないだろう?

 でも、その謎の声は男っぽい声のような気もした。

 なんであんな気まずい感じで喋らないように言ったんだ?

 愛理さんだからと安心しているはずなのに、汗が止まらない。

 大丈夫だよな?友達だろう?きっと気まずい事なんてないはず……

 気になって居ても立っても居られないので、急いで掃除用具を片付け荷物を持って家を出た。






 急いで家に帰り、心して思いっきり玄関を開けた。

 目の前には、腕を組んで仁王立ちしている愛理さんとその横で腹を抱えて笑いを堪えている黒瀬さんが立っていた。


「樹さん電話してから帰るの早かったですね」


「マジで焦ってるのおもしろw」


「勘弁してくれ……」


 一気に不安がなくなり、力が抜けた。

 何故黒瀬さんがいるのかは、まあどうせ愛理さんが呼んだんだろう。


「樹さん今日はご飯なしですからね」


「え?」


「ふーんだ」


「あはは!ひぃーひっひっひ……しんどぉー」


「黒瀬さん一回リビング戻ってくれないか?」


「樹さんはさっさと家上がってくれませんか?」


 俺はこれ以上愛理さんに呆れられたくないので、大人しく靴を脱ぎ家に入った。

 そして愛理さんと黒瀬さんはソファーに座り、俺は床で正座をするという構図になった。


「さて……まず聞きますけど、何もしてないですよね?」


「……飯食ったり映画見たりしてただけです」


「へー楽しかったですか?」


「……あー」


 どう答えるのが正解なんだ。

 素直に楽しかったと言えば、多少は許してくれるのか……?

 どう答えるのが良いのか悩んでいたら、愛理さんにゴミを見るような目で見られそして、


「楽しくなかったんですか?へー最低ですね」


「あの、いや……楽しかったです……」


「へー楽しかったんですか?それは良かったですね。私といるよりも楽しそうで何よりですね」


「あ、いやえっと……愛理さんといる方が楽しいです」


「ふーん?瑠璃ちゃんが可哀そう」


 どっちに転んでも駄目じゃないか……

 そして横でずっと笑っているだけの黒瀬さんは何なんだ?

 視界から消し去りたいタイプの野次馬だろ。


「というかなんで黒瀬さんがいるんだよ」


「いや~ね?樹君が電話してきたときに焦らせるために……」


「言わなくていいです」


「わざわざ呼ばれたんか」


「まあ高い酒くれる約束だからヨシ」


「どうせコラボする予定ありましたし……」


 あの話本当だったのかよ……

 冗談だと思っていたが、全然違った。


「まあ今日は樹さんの夕飯がなくなることで許しましょう。その代わり黒には、夕飯作りますけど」


「わーい」


「ちょっと?愛理さん?」


「樹さんはそこら辺の草でも食べてきたらどうです?意外と美味しいかもしれないですよ?知りませんけど」


「辛辣……」


 愛理さんがいつにも増して辛辣で、泣きそう。

 どうせ使い走りにされるだろうから、その時に何か買って一人で食べよう……

 足が痺れてきた。


「珍しくゆきちゃんが辛辣だけど、私呼んだときずーっと心配してて『取られてないよね……?』『樹さんなら大丈夫なはず』とかもうずーっと言ってた」


「黒!……まあだって、樹さん取られたくないんですもん……」


 ありがとう、黒瀬さん、その言葉で俺が救われた。

 まあそのおかげですぐに俺は買い出しに行かされる羽目になったが、不安に思っていたことが払拭されたので、悩むことなく気楽に買い物ができた。

 まあそれでも愛理さんの作る夕飯が食えないし、結局自分の部屋で弁当食わされた時の寂しさは尋常じゃなかった。

 そして愛理さんと黒瀬さんが配信して結局また酔って、前回と同じようなことを繰り返して日曜日になった。






「んじゃ……」


「次からは酒を持ってくるな」


「飲まないと死ぬ」


「せめて度数低いやつにしろ」


 頭に手を当てながら、項垂れて帰っていく黒瀬さんを見送った。

 リビングに戻り、ソファーに座っている愛理さんに声を掛けた。


「あー……紀里抑えるのってどうするんだ?」


「樹さん」


「……なんだ?」


「手伝う代わりに、今日一日樹さんは私からされることを文句を言わない拒否しないと誓ってください」


 愛理さんだしなぁ……愛理さんだからなぁ……

 何を要求されるか分かった事じゃない。


「……分かった。けど、あまり変なことは要求しないでくれよ?」


「善処はします」


「……はぁ、で、どうするんだ?」


「紀里をここに呼んでます。まあどうやらもう感付いているようでしたが」


 紀里にはレーダーでも付いているのだろうか?そんなことを考えていたが、普通にストーカー行為をするような人間だったことを思い出して、どうせ何かして俺と灰羅の会話を盗み聞きでもしたんだろうと考えた。


「その間、樹さんは私にキスしながら頭を撫でてもらいます」


 何故か声は冷たいのに、発する言葉はいつも通り。

 俺をソファーに座らせ、太ももの上に乗っかり愛理さんは顔を近づけてきたので、手を顔の後ろへ回しこちらへ寄せて唇を重ねた。

 そして愛理さんの要求通りに頭を撫でてやると、なんか満足そうな雰囲気を出された。

 途中から舌も絡め合ったが、思ったよりも紀里が来るのは早く仕方がなくやめた。


「あなたたちねぇ……人の事呼んどいて何いちゃいちゃしてるのよ……」


「いつもの事だから気にしなくていいよきーちゃん」


「で、なんで呼んだのよ、私用事あるんだけど」


「ちょっと手伝ってもらいたくて」


 そうするとどこからともなく大量の紙を持ってきた。

 二人で何か話を始めたがよく分からない。

 凄いなぁ二人とも……そう思いながら愛理さんの頭を撫でさせられている。


「樹、あなたよくそれで文句の一つも言わないわね」


「そういう日なんだよ」


「どういう日よ」


「きーちゃんこれは?」


「愛理もよ……」


 俺が愛理さんの頭をずっと撫で続ける光景に呆れたのか紀里はため息をつきまくっている。

 仕方がないだろ……

 しばらく時間が経ち、とうとう痺れを切らしたのか、


「いつまでやるのよ……」


「ん~もうちょっと」


「あなたねぇ……これ一人でできるでしょう?それに樹に手伝ってもらったらどうよ?」


「俺はできないと思うぞ、聞いてて何も理解できん」


 一見すると、ただ話し合って紙に名前を書いたり判子を押しているだけなんだがなぁ……

 話の内容を聞く限り雪上家として色々しているらしい。


「愛理、あとで教えておきなさい」


「そうだね~樹さんも将来やるんですからね?」


「え」


「私は小学生の時からやってるんですし大丈夫覚えられますよ」


「私はただの手伝いだけど何度もやらされるおかげで覚えたわ」


「一般人と容量の違いがあるのをご存じで?」


 この二人と俺には、高い壁の違いがあると思っている。

 勉強やらこういうこともそうだし身分もそうだし……

 愛理さんとの違いに劣等感を覚え始めると気分が沈んでくる。


「……そろそろ帰ってもいいかしら?」


「どうしたの?」


「用事があるって言ってたじゃない?そろそろ時間が……」


「どういう用事?」


 愛理さんが少し悪意のある笑顔を見せながら紀里にそう聞いた。


「……愛理?」


「いや~久しぶりにきーちゃんに勝てたかな?」


「あなたねぇ……」


「これできーちゃんのブラコンが治るといいね」


 愛理さんがスマホを取り出すとその画面には『終わりました、愛理さん』そう灰羅からメッセージが送られていた。


「いつからよ……」


「ん~入学式のすぐ後?でも、大変だったんだからね?きーちゃんに嘘の情報を掴ませてこっちに来させるの」


「俺も愛理さんの手の平の上かよ」


「まあ樹さんが勝手なことしてくれたおかげでこんなに急展開になったんですけどね?……で、きーちゃんどうするの?大好きな灰羅が瑠璃ちゃんとくっついちゃったよ?」


 愛理さんこんなに性格悪かったか?

 少し悩んでしまうぐらいには、言動がちょっとよろしくない女性に感じてしまう。


「というかきーちゃん暴れないんだね?」


「だって、無理矢理奪い返せばいいじゃない」


「……きーちゃん、瑠璃ちゃんを切っても雪上家に引き入れるし暴力沙汰にしたらどうなるか分かってるのはきーちゃんだよね?」


 雪上家が強すぎる。

 正直紀里が何かしたところであの二人への被害が少なくなるというのなら勿論雪上家に感謝する。


「愛理って本当に性格悪いわよね」


 そう言って紀里は立ち上がり何も言わず帰っていった。

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