第15話 ちょっと黙ってられない
「ほほぅ.....」
梅は案内されたレストランに眼を見張る。
豪奢な飾りつけのされた品の良いホール。この宿屋そのものが大きな御屋敷みたいな感じだが、外観に違わず中も贅沢に設えている。
まるで執事やメイドのような姿で背筋の伸びた給仕達。
運ばれていく食事も手持ちだったり、ワゴンでだったりと様々で、皿に載せられた料理も手の込んでそうなモノばかり。
良いね、良いねっ! 期待出来そう。
花丸を飛ばしながら歩く梅と伯爵らは、執事風の男性に案内されてテーブルに着いた。
渡されたメニューを手にし、伯爵は梅を見る。
「今日のコースだ。読めるか?」
小さく頷く梅。
女神様のはからいなのか、言語に関することに不自由はない。ただ、書くのは別物だが。
異世界転生組の人間には、文字や、何か意味のある記号に日本語のルビがふられて見えるのだ。
同じものがメニューにも浮かんでいた。
食前酒、前菜、スープ、メイン、口直しのフルーツ、メイン、デザート、〆の飲み物。
地球でいうコース料理のようである。メインの二種が選べるようだ。
魚、海老、貝と、鶏肉、鴨肉、豚肉、牛肉、羊肉。
一品目が海の幸。二品目が真のメインのようである。
ぐぬぬぬっと眉をひそめる梅を見て、伯爵はやはり読めないのだろうかと心配になった。
だが、次に発した彼女のへにょりとした声を聞き、思わず噴き出す。
「これって、少しずつで全部食べるって出来ないのかな? どれも気になるぅぅっ」
うーっと足をジタジタさせる梅。
くっと顔を背けて失笑を隠すサミュエルを余所に、伯爵は声を上げて笑った。
「はっはっはっ、まあ分からんでもないが。では、魚介はそれぞれ別なモノを頼んで味見してはどうだ? 肉類は難しいな」
御行儀の悪い提案を平気でする伯爵らに、周りの貴族達が白い眼を向ける。
料理のシェアなどという概念がない世界だ。大皿料理ならいざ知らず、個人に提供されたモノを分けあうなど、まず有り得ない。
ヒソヒソと何かを囁き合う貴族達。
やだわ、何か癇に触るわね。
胡乱げな笑みを張り付かせる梅。
本人らは声を潜めているつもりなのだろうが、内容は聞き取れなくともこちらに向けて何か悪意を呟いていることは丸分かりだ。
それに気づいているだろう伯爵は何処吹く風。サミュエルも慣れた感じで気にしていない。
こういうモンなのかな?
二人があまりに平然としているので、梅も気にしないことにした。
こういった割り切りは、二人の上を行く彼女である。
そんな三人を気遣ったのか、テーブル専属らしい給仕が声をかけてきた。
「料理は御決まりになりましたか? 御嬢様にはハーフで御用意いたしましょうか?」
それに耳を欹だて、ピクリと梅が反応する。
「ハーフ?」
「はい。御嬢様には量が多いと存じます。なので半量のハーフで御提供も出来ます」
それを聞き、梅のアホ毛がピコンっと立った。
「なら.....っ」
満面の笑みを浮かべた少女。着飾った姿形もあいまり、その笑顔は極上品。
ヒソヒソやらかしていた貴族らも、一瞬で押し黙る艶やかさ。
やはり、可愛いは万国共通らしい。
「わあっ? 美味しそうだねっ」
梅の前にはハーフで提供された羊肉の香草焼き。馥郁とした香りが漂い、思わず喉がなる。
そして伯爵とサミュエルの皿にもハーフ料理。ただし、こちらは二種盛りだった。
一つには豚肉のカツレツに鴨肉のロースト。
もう一つには牛肉の煮込みに、揚げ鶏。
ハーフサイズの料理が提供出来ると聞き、梅が伯爵達にはハーフ×2の料理を頼んだのだ。
魚介にいたっては、最初から三等分にした料理を盛って作ってもらう。
各々、全ての料理に舌鼓を打ち、楽しんだ。魚介料理が三種あり、三人居たからこそ出来た荒業である。
「まさか、こう来るとはな。お前の発想には畏れ入るよ、いつも」
くっくっくっと愉快そうに笑う伯爵。そして切り分けた一口サイズを梅の皿に置いた。
サミュエルも同じように梅へ分けてくれる。
幸せそうに食べる少女の姿は見ていて眼福だ。周りも同じなのだろう。口性なくヒソヒソしていた貴族らも、いつの間にか鳴りを潜めていた。
だが、そんな中にも強者はいる。
一連を見ていた何処かの誰かが聞こえよがしに声をあげたのだ。
「この宿も格が落ちたものだな。あんな下賤もどきが紛れ込むとは」
呆れた風に呟くのは恰幅の良い男。果実酒を片手に、赤ら顔でブツブツ言っている。
「はあ?」
さすがに、これは黙っていられなかったらしい保護者二人。剣呑に眼をすがめ、ゆっくりと立ち上がった。
「ウメを下賤と? どの口が言うかね? ミスミール子爵令息」
「騎士として聞き捨てなりませんね。謝罪を要求します」
さっきまでの無関心は何処へやら。色の変わった彼等の瞳を、周りの貴族らがワクテカな顔で食い入るように眺めていた。
「言ったそのままだろうが。なんだ? 囲う予定の娘か? 血は争えんな」
伯爵の口角が不均等に上がり、あからさまに歯を剥く。だが、それを制して、サミュエルが淡々と口を開いた。
「下品な事ですね。御自身にそのような覚えが? 自己紹介いたみいります」
暗に含まれる『おまえじゃあるまいし』という裏を読み取り、赤ら顔の男が激昂した。
「はあっ?! それは貴様だろうがっ! 不埒な真似をして御令嬢を捨てておいて騎士だと? ふざけるなよっ!」
怒鳴られたサミュエルの顔が、一瞬、硬質さを増す。
一触即発の空気が漂う室内。重く澱む雰囲気だが、空気を読まぬ梅が、ズバッとぶった斬った。
「あ~? つまり? だから? 何が言いたいのさ?」
炯眼に輝く黒曜石の瞳。明らかに相手を馬鹿にした風を隠さず、椅子から降りる梅。
彼女は激昂して立ち上がった赤ら顔な男と対峙する伯爵らの間に入り、むんっと仁王立ちする。
「子供が口を出すなっ!」
唾を飛ばすような勢いで捲し立てているミスミール子爵と呼ばれた男を一瞥し、梅も腹の底から怒鳴った。
「ならば、その子供を引き合いに出すなっ!!」
どんっと肝に響く高い声。
思わず戦く人々を余所に、梅は赤ら顔の男を見上げる。
「貴様が先にアタシを侮辱し、引き合いに出したのだろうがっ! そのアタシに口を出すなだと? どの口が言うかっ! ならば最初からアタシを引き合いに出すなっ!!」
正論だった。
しかし正論が真っ直ぐ通るのなら、このような事態にはならない。
他の貴族らも、きっと似たような事を囁いていたのだろう。ただ、彼等はそれを表面化させないよう気を配っていただけ。
この馬鹿な男は、酒気を帯びてタガでも外れたのか、そういった配慮も忘れてしまったようだ。
目の前の少女に戦き、一瞬呑まれかけたミスミール子爵は、次には憤怒で顔を真っ赤にさせ、自分の後ろに立っていた護衛らしい男を振り返る。
「この無礼な小娘を叩き出せっ! 己の分と言うものを教えてやれっ!!」
「は.....っ」
答えつつも、逡巡する護衛達。
梅の見かけは立派なモノだ。何処から見ても平民には見えない。態度も堂々としているし、言っていることに間違いもなかった。
さらには伯爵と子爵令息の連れである。そう簡単に手を出しても良い相手とは思えない。
特に伯爵は、もうじき辺境伯にもなるとの噂だ。
伯爵というだけでもミスミール子爵が太刀打ち出来るものではないのに。と困惑顔な護衛達。
そんな人々に溜め息をつき、伯爵は大袈裟に首を振る。
「こんなことではまともに旅は出来ないな。まあ王都に期待はしていなかったが、ウメが侮られ危害を加えられるのは困る。大切な預かりモノだ。ここはもう、引き返すか」
「そうですね。王都にも入っていないのに、この様です。ここにいる全ての人々が証人になってくれるでしょう」
なにがしかを含む物言いで、ウンウンと頷き合う伯爵とサミュエル。
それを聞いて顔色を変えたのはミスミール子爵らではなく給仕についていた執事風の男性だった。
給仕の男性の目配せを受け、慌ててミスミール子爵の処に店の誰かがすっ飛んでいく。
しばらく口論があり、すったもんだしたあげく、丁寧に退場させられる赤ら顔のままなミスミール子爵。
何が起きた?
訳が分からず首を傾げる梅だが、その答えは伯爵が教えてくれた。
訳知り顔な伯爵は辛辣に笑みを深める。
「今回の我々は国王陛下の客人だからな。旅程に含まれた街や店には末端にいたるまで話は通っているはずだ」
「私と伯爵は王都で蔑まれていますから。ああいう輩は掃いて捨てるほどいます。何時もなら店でも冷淡な扱いを受けますよ」
なるほど。つまり、伯爵とサミュエルは王都の鼻つまみ者ということか。
で、今回の旅は国王からの召喚。我々は賓客扱いで、店も協力的なのだと。
悪びれもせず、いけしゃあしゃあと説明する伯爵を冷やかに見据える梅。
でもそれって、逆を言えば、普段、二人は理不尽に虐げられているってことだよね?
「いったい、王都で何をやらかしたん?」
ん? と眼を軽く瞠目させ、二人はチラリと視線を交わすと、うんざりした顔で大仰に溜め息をついた。
「俺は何もしていない。俺の父親が、数々の浮き名を流した碌でなしって話だ。.....中には王女殿下の侍女だった侯爵令嬢もいたとかでな。勘気を被った」
「私も何もしておりません。.....が、何故か私に乱暴されたとか言う公爵令嬢がおりまして。責任を取れと言われましたが、事実無根。家を出奔いたしました」
しれっと簡単に答える二人。
うわぁ..... 当人らにはどうにもならない状況な事は、さわりを聞いただけで分かる。
「.....お疲れ様です」
「お前のそういうとこ、好きだよ、ウメ」
梅は一を聞いて十を知るタイプだが、深く詮索はしてこない。
単に興味がないだけかもしれないが、身に覚えのない罪で不条理に虐げられ続けてきた伯爵達には、その心ある無関心が嬉しかった。
梅は揉め事に関心がないだけで、伯爵らを心配しているのだということは、ちゃんと感じられるからだ。
善意の皮を被せた好奇心の塊な貴族らに翻弄されてきた二人には、梅の素直な気持ちが心地好い。
二人を守るように立ちはだかり、大の大人を相手取って怒鳴ってくれたウメ。
女性は慎ましくでしゃばらずに控えているのが美徳とされるデイモスの常識から言えば、とても誉められたことではない。
だが、そんな常識に裏切られ続け、謂われない罪に罵られてきた二人にとっては、世界という常識こそが敵だった。
だからウメのやらかすアレコレに、すきっとした清涼感を得る。
お前はそのままで良い。
ふふっと微笑み合う伯爵とサミュエル。
しかし今回の事が、新たな揉め事を引き起こすなど、考えもしなかった二人である。
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