第14話 ちょっとおめかし


「大分かかるんだねぇ。もう四日目だよ?」


「各村や街がそれぞれ馬車で片道一日くらいか。王都までは五つの街を経由するな。ほぼ直線なんだが」


 そう言うと地図を広げる伯爵。


 ほほう。植物紙か。文明が滞ってると思いきや、何気に贅沢品もあるよね、ここ。


 以前に王都なら砂糖があるとも言っていた。黒砂糖っぽいが、甘味としては十分だろう。


 地図と睨めっこしつつ、梅はインベントリから菓子を取り出す。可愛い女の子や貴婦人が目印のポピュラーなクッキー詰め合わせ缶。

 その蓋を開いて二人に勧めながら、ふと梅は物申したげなサミュエルの顔に気がついた。

 何かを伝えたいようだが、何となく言い出せないような、モジモジした感じ。

 まるで子犬みたいに垂れ下がる耳の幻覚が梅の好奇心を突っつく。


「何さ? どうかしたん? サミュエル」


 言われて伯爵もサミュエルを見た。

 話を振られて意を決したようで、彼は神妙な口調で梅に答える。


「その.....っ、もし宜しければ《かくざとう》なるものを頂けないかと」


 思わずすっとんきょうな顔で言葉を失う梅を余所に、伯爵は顔を凍りつかせた。


「馬鹿をいえっ! あの時は特別だったのだろうがっ、ウメがどのような身分の者なのかを証明するために出されたにすぎんっ! 白い砂糖など、金貨と同等の代物だぞっ?!」


 えっ? っとさらに間の抜けた顔をする梅。


 なにそれっ! そんな風にとってたん? アタシが財力を見せつけるために出したとっ?!


 激昂する伯爵に、すいません、すいませんと頭を下げるサミュエル。

 そんな二人に呆れた一瞥をくれ、梅はインベントリから角砂糖の箱を取り出した。

 そして、しれっとサミュエルの目の前に差し出し、呆れ返る声が裏返らないように気をつけて説明を付け加える。


「大したモノじゃないよ。こっちじゃ高価かもしれないけど、アタシの故郷じゃ塩と同じ程度の日常品。こっちのクッキー詰め合わせ缶の方が、この角砂糖一箱よりも高価だからね」


 梅の言葉で、クッキーを食べていた伯爵が喉を詰まらせた。


「これがっ?!」


「食べたら分かるっしよっ! 砂糖にバター、ナッツまで加わってんだから」


 甘味と言えば貴族でも黒砂糖や蜂蜜。平民なら果物や、それを煮込んだシロップなどだ。

 こういったクッキーっぽいモノやパンの飴がけなどもあるらしいが、ここまで複雑な味わいではないという。


「今さらだが、お前の世界は恐ろしいな」


「まあ、アタシの祖国は、アタシの世界の中でも食べることに煩い国だったからねぇ」


 角砂糖を前にして眼を輝かせるサミュエルに、身体に良くないからと二つだけ渡し、梅は遠くを見るような眼で空を振り仰いだ。


 めっちゃ贅沢な国だったよな、今思えば。世界中の何でも手に入ったし、魔改造するのも当たり前。

 食はその最たる物の一つだったっけ。


 胡乱に乾いた笑みを張り付かせる梅の耳に、感嘆の溜め息を打ち震わせたサミュエルの呟きが聞こえた。


「これです。なんとも言えない純粋な甘さ。口のなかで徐々にほどけていく砂糖の粒。あああ、素晴らしい」


 半年前に口にしたきりな角砂糖。どうやらサミュエルは、ずっとこれに恋い焦がれていたらしい。

 甘味らしい甘味のない辺境だ。この雑じり気のない糖分のみの甘さが、よほど衝撃的だったのだろう。

 はあ.....っと、うっとりするサミュエルにつられ、伯爵も角砂糖に手を伸ばした。


「一つだけ」


 そう言いつつ角砂糖を口に放り込んだ伯爵は、ん~っと微妙な顔をする。


「美味いは美味いが..... 俺には甘過ぎるな。こちらの方が好みだ」


 そう言いながら、彼は缶からクッキーを摘まんだ。


 なるほど、個人の嗜好もあるか。ってことは、サミュエルはかなりの甘党かもしれない。


 如何にも至福という笑顔の青年に苦笑いしか浮かばない梅と伯爵。


 それ、食べもんじゃないからね?


 心のなかでだけ突っ込む梅。


 そうこうする内に馬車は最後の街に辿り着き、街の外壁の預かり所へ馬と馬車を頼むと一行は宿屋へ向かった。

 すでに夕闇が差し迫る時間だ。早めに宿泊場所を決めておきたい。

 なるべく高級そうな宿を選び、伯爵は梅らを伴って中へと入る。

 入り口に立っていた物々しい人物から声をかけられたが、伯爵が名乗ると、あっさり退いてくれた。

 

 門番とか、警備とかって感じなのかな? 


 屈強そうな男性は扉の左右に立ち、同じ制服を着ている。宿屋の雇われなのだろう。流石は高級宿。安全性も万全のようだ。


「もう王都はすぐですからね。大分街も様変わりしてきたでしょう?」


 サミュエルに手を引かれて歩く梅は、チラチラと周囲を窺う。

 そこには辺境近くでは見かけなかった豪奢な装いの人々がおり、ときおり声を上げて笑ったりと談笑していた。

 

 御貴族様ってやつかな?


 見るからに重そうなドレス。ベルバラやディズニーなんかでお馴染みの、スカートが大きく膨らんだソレ。

 そして案の定というか、傍を通るたびに匂う強烈な香水に、梅は窒息しそうになった。

 日本でもそうだが、高価な装いは基本的に洗わないのだ。そのため、匂い消しに大量の香料を使う。

 平安時代の十二単や、江戸時代の絹織物なども、滅多に洗われることはない。なので、香を焚きしめて香り付けしたりして、匂いを打ち消す努力を重ねていた。

 同じことが、ここでも行われているのだろう。

 辺境暮らしでも、服を洗いざらしにして清潔を保っている梅には、耐え難い匂いである。

 

 酷い香水の匂いで、ふにゃふにゃになった梅を不思議そうな顔で見る伯爵とサミュエル。

 都落ちしても彼等は貴族だ。きっと慣れ親しんだ香りなのだろう。この洪水のような匂いに、何の違和感もないらしい。


「一部屋にしたが構わないな? 寝室二部屋の四人部屋だ。一つに私とサミュエル。もう一つを梅が使うと良い」


 寝室二部屋の一部屋? つまり、寝室と応接室のある大きな部屋ってことかな?

 この世界にも贅沢な造りの宿屋があるのな。


 大して驚きもしていない梅に眼を細め、同じく静かに梅を見つめていたサミュエルと、伯爵は無言で頷き合う。

  梅は自らを平民だと言っていた。取り立てて特徴もない一般人だと。

 しかし、その凛とした立ち居振舞いや、高価な物品。何より、豊富な知識を持ち、大の大人を顎で使う統率力は並みではない。

 どう考えても梅は、高度な教育を受けた上流階級の人間としか思えない伯爵。サミュエルも同じ考えだった。

 こうして王侯貴族用の宿屋に入っても彼女は変わらない。物珍しげに眼を泳がせるが、狼狽えたり怯えたりしている訳ではない。

 とても年相応な子供の反応ではなかった。

 大の男とて、こんな高級な宿に入ったら背筋を丸めるだろう。普通の平民ならば。

 やはり彼女は高貴な生まれに違いないと、相変わらずの誤解を確信する伯爵達。

 得心げにほくそ笑む二人に気づかず、梅は伯爵を見上げた。


「ずいぶん大きな部屋をとったみたいだけど、路銀は平気なん? 節約した方が良くない?」


 明後日な梅の疑問に眼を丸くさせ、伯爵は顔に人の悪い笑みをはいた。

 こういう慎重なところも子供らしくはないが、好感を持てる部分でもある。


「それな。実は財政難を理由に一度断りを入れたんだよ。そうしたら、一切の費用を王宮でもつから王宮宛で申請してくれと返事が来てな。つまり無料なんだ。変に安いところを使うと、申請を受けた王宮の恥になるんだ」


 ほうほうと頷く梅。


 つまりタダ飯ということか。良いね、良いね。是非ともこちらの本場料理を頂きたいね。

 

 辺境の時短料理や風土料理しか食べたことのない梅は、真っ当な素材や本職の手による料理に興味津々である。

 にししっと笑う梅を微笑ましく見つめ、伯爵とサミュエルは破顔した。


 花より団子な梅。こちらで言えば、薔薇より林檎。


 可愛いい思惑が丸分かりだ。なんと子供らしいことか。こういう処だけは梅も年相応だと感じる二人である。


「じゃ、荷物を置いて着替えたらレストランへ行こう。宿屋の中にもあるし、外で食べても良い。希望はあるかね?」


 外食は何時でも出来るので、梅はしゅたっと手を上げると、宿屋のレストランで食べたいと告げた。

 それに頷き、二人は着替えるため寝室へと消える。


「ああ、梅は子供だけど..... レストランには一応ドレスコードがあるんだ。何か使えそうな服はあるか?」


 最低限シルクでと言い残して、伯爵は寝室の扉を閉めた。


 ほーん。まあ、あるよねぇ。宿のカウンター付近にいたお客様らも貴族っぽかったし。


 梅はインベントリをスライドして良さげな服を探す。

 娘らのが七五三のや、冠婚葬祭用のドレスなどが丸っとあるのだが、どれも現代風の衣装ばかり。中世観の強いここでは浮いてしまうに違いない。


 悪目立ちはしたくないなぁ。


 するするとスライドしていくうちに、梅は母から譲られた七五三のドレスを見つけた。

 母が子供の頃知り合いの結婚式で着用したモノだが、保存が良く、色褪せも草臥れもなかったため、梅の七五三でも使ったのだ。

 腰を大きなリボンで締めるタイプのドレスは、三歳の時は踝まで。七歳の時は肩上げをほどいて膝下で着られたドレス。

 脇のタックで身ごろの調節が可能な祖母作の逸品。

 不自然にならず長く着倒せる工夫の凝らされたドレスである。


 うち、貧乏だったしな。婆ちゃんも苦心したんだろうな。


 故郷の家族を思い出して、思わず苦笑の浮かぶ梅。

 だが、今はそれが功を奏する。

 梅は、ちゃっとインベントリからドレスを取り出し、身につけてみた。

 インベントリの効果もあるのだろう。出したドレスは新品同然。

 作りたてで、まだ肩上げやタックを寄せられていない、まっさらなドレスに合わせ、梅は笑顔で髪や装飾品を整える。


 しばらくして寝室から出てきた梅に、伯爵とサミュエルは瞠目した。

 

 そこには天使かとみまごうほどに可愛らしい乙女が立っていたからだ。

 厳かな光沢を放つ淡い桃色のドレスは何処から見ても上質なシルク。しかも大量のドレープと繊細なレースで縁取られた贅沢な品。

 軽くハーフアップにされた髪を留めているのは細かい石がぎっしりと鏤められた豪華な髪留め。

 蝶を形どったソレを、まさか宝石ではあるまいがと、しげしげ眺める伯爵。

 宝石と言われても見分けはつかない見事なカットと煌めきである。

 腕には細い金の鎖を巻き付け、足首にも小さなアミュレットのついた鎖が飾られていた。

 見るからに高貴ないでたち。派手ではないが、上品に纏められた艶姿。白いタイツに履いてる靴も光沢のある黒いエナメルの靴で、とても可愛らしい。


「なんともはや..... お前には驚かされてばかりだな」


「可愛いですよ、ウメ。サクラの面倒はメイドに頼んであります。離乳食も。さ、行きましょうか」


 手を差し出してエスコートしようとするサミュエル。


 なんか、ワクワクすんねっ、ここのレストランって、どんなかなっ?


 二人は略式らしいが軍服をまとい、威風堂々。伯爵やサミュエルの胸に輝くのは勲章のようである。

 片側マントを靡かせる伯爵とレストランへ向かう梅。


 もちろん、これだけで終わらないのは梅のデフォだ。


 後にレストランで響く怒号の嵐を、今の梅達は知らない。

 

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