第三十七話 祈りの伏魔殿②

「はぁっ、はぁっ、はぁーっ……」


 ミケルセン邸の二階にある、大広間からほど近い一室。


 びっしょりと汗をかいて仰向けに倒れたマージェリーが、ぜえぜえと肩で息をしながら天井を仰いでいる。口の端には僅かに泡が浮いており、彼女の状態が万全ではないことを示していた。


 時間停止。時の魔法の完成を目指すミケルセン家の秘奥が一つである。


 魔力を散布した特定エリアの空間情報を凍結し、五秒間だけ術者と術者の許可した人間以外の全ての動きを強制的に止める術式である。


 時間停止と銘打っているが、結果的に時間が止まっている様になっているだけで実態としては空間の強制制圧ドミネーションに近い。


 空間の情報全てを把握しコントロールし続ける必要がある為、ミケルセン家でもごくごく限られた人間しか使えない。当主であるザイドリッツ・ミケルセン以外には使えないというのが、この術式への通説であった。


「思ったよりやってくれるじゃない、引きこもりの分際で……!」


「時間停止……貴女ができた憶えは無いんだけど、いつできる様になったの?」


「ついさっきよ。アタシの中の妖精種エルフの血が目覚めたから、今までよりもずっと明瞭クリアに世界を認識できるようになって初めて使える様になったわ。……フリーデのお陰ね」


「……そう。フリーデと云ったのね、貴女の大事な人」


「ええ。アタシを護ってくれて、アタシを導いてくれて……アタシが殺した、とても大事な人よ」


 すく、とマージェリーが起き上がる。既に息は整っており、動きに乱れは無い。


 そしてその目には、確かに前へと進む為の力が宿っていた。


 フリーデ・カレンベルク。


 今はもう、マージェリー・ミケルセンの記憶おもいでの中にしか存在しない人物。けれど確かに、マージェリーの内部こころに根差す大切な人。


 彼女の存在が、妹の五体へと戦う力を与えていることはヘンリエッタにも容易に見て取れた。


 ――強くなったのね、マリー。強い目になったわ。


「こんな所で引きこもり相手にかかずらっている場合じゃないわよ。あいつを倒す為に力を貸して、ヘンリエッタ姉さま」


「……やれやれ。自分が助かる為なのは勿論とは云え、重ねて可愛い妹に頼られたとあっては、もう頑張る以外の選択肢が無いじゃないの」


 すう、と大きく息を吸い込み、ヘンリエッタが自分の眉間へと指の腹を当てる。


 それは一段階深く物事を考える時の、彼女特有の習慣ルーティン


「――――――」


 静かに、しかし激しく。ヘンリエッタの脳髄は震え思考を開始する。


「マリー、まずは状況を整理しましょうか。シャロンの使う術式は?」


神殿術式アエデス・サクラ。刻印魔術と降霊魔術の複合術式ね。膨大な手間と魔力が掛かるけれど、一度発動すればかなり強力よ。規模によっては心象結界魔術にも匹敵する性能があるわ」


「シャロンにはそれだけの魔力があるの?」


「この屋敷一棟丸ごとよ? そんな魔力アタシだって持っていないわよ。恐らくアイツは、で術式を発動・運用してる」


 かつんと、マージェリーがヘンリエッタの手元にあるグローム鉱石をつつく。


「この石は魔力を含んでる。この石で刻印を刻んで、刻印そのものに石の魔力を帯びさせていけば、自分の魔力の代わりとして機能させられる」


「じゃあ、シャロン本人は全く魔力を使ってないの?」


「いいえ、それは無いわ。灯りに使う程度なら問題ないでしょうけど、術式の規模が大きすぎるもの。必ず自分の魔力を薄く伝播させて、屋敷全体と同期させている筈。さながら身体の一部である様に、今も屋敷全体を認識している筈よ」


「なるほど……魔術師の魔力と鉱石の魔力は、そのまま一つのリソースとして共有できるのね。つまり、グローム鉱石はとして捉えていいのかしら」


「ええ。だからこそ、非術師であっても魔術が使えるようになるのよ」


「――なるほど、神殿術式の概要は分かったわ。次は使について考えましょう」


 す、とヘンリエッタが指を二本立てる。


「マリー、貴女は一度放った魔術を消すことができる?」


から困ってんじゃないの。魔術の基本は世界に対しての意思の発露。世界に及ぼした影響をそっくり消してみせるなんて、それこそ魔法級の所業よ。奇蹟と換言してもいいかもね」


「……なるほど。つまりってことね。意思の発露……私達が意思を発露する時、媒介とするもの……ふむ」


 ゆっくりと、ヘンリエッタが瞼を開く。


 マージェリーの方を見つめ、何か得心いった風に彼女は微笑んだ。


「初めに在るのは言葉ロゴス。恐らく彼女はマリーが術式に込めた言語ロゴスを乱して、意味消失によって無効化しているのではなくて?」


術式構成理論マギクス・コードを? 確かに理論上は相殺や意味消失もできるでしょうけど、アタシでも難しいわよ?」


「あら、そうなの?」


「神代の統一言語や妖精言語じゃないんだから、言葉の乱れた現代に同じ言葉なんてそうそう使い分けられるものでもないでしょうよ。

 コードや詠唱に用いる言語は人それぞれだし、全ての言語に対応しての術式阻害であれば主要言語だけで二十以上はあるもの。ニュアンスを理解して統一しないと別言語で翻訳しても齟齬が起きて上手く相殺できないわ」


「……確かに、翻訳の難しさは書籍でもしばしば問題になるわ。

 だから大事な書類や宗教関連の書籍は全て共通語リングワ・フランカで書く事が定められているの。

 ……まあ、それを共通語として用いているのはごく一部だけど、とにかく共通の言語でコードが構成されている訳ではないのね」


「ええ。アタシの母語……聖帝国の標準語はコードに入っているけれど、そこだけを乱されても機能するよう複数の言語を使って……」


 はっと、マージェリーの息を呑む。


 一つの、しかし決定的な見落としを、その時彼女は頭の片隅で見付けた。


「……なるほど、だから聖歌隊コーラルを連れて来てるのね」


 マージェリーが部屋の机から白紙本を取り、ページを破り取って何かを描き始めた。がりがりとペン先が紙面を擦る硬い音が、部屋の中へと機械的に響く。


「聖歌隊の連中、見たところ聖帝国だけでなく色んなところから連れてきてるみたいだった。連中の言語を術式で引き出して、神殿化した邸内に外部化させた記憶として蓄えれば、なるほど出来なくは無い……!」


「神殿に多数の言語を貯蔵して、いつでも引き出せるようにしているのね。だからあらゆる言語をっていて、常に対応できる」


「ったく、面倒くさいったらありゃしないわ。……でも、ってのは間違いよ姉さま」


 書くべき事を全て書き終わった紙を、マージェリーがヘンリエッタに渡す。


 シャロンの術式によって、この屋敷は一つの神殿として機能している。この会話がシャロンへと筒抜けになっている可能性はゼロではない。は全て、筆談で行うのが最善だとマージェリーは考えた。


「アタシが考えられるのはここまで。後は姉さまの頭脳に任せるわ」


「ええ、ここまで材料が揃えば難しくないわね」


 ヘンリエッタがグローム鉱石を、頭上へと掲げてみせる。魔力を帯びた光が、二人の目にきらりと一つ照った。


「鍵はこの石よ。それではこれより、作戦を伝えるわ」




「……おや、随分とゆっくりした休憩でしたね。この世の暇乞いは済みましたか?」


 それから、少し経ってのち


 大広間へと戻って来たマージェリーを見て、シャロンは余裕のある笑みを浮かべた。


 この神殿では、シャロンは既に無敵の存在として機能している。


 如何にマージェリーの術式が強大であったとしても、肝心の魔術がシャロンへと届かないのであれば何の意味も持たない。接近戦を挑もうにも聖歌隊の攻撃の前には近付くことさえままならない。屋敷を脱出することも適わない。


 つまりマージェリーとヘンリエッタの状況は、完全に詰んでいるかの様に見える。


 しかしマージェリーの目に、敗北の二字は欠片ほども映ってはいなかった。


「……ねえ、シャロン。アタシ、こう見えても親切なのよ?」


「…………はい?」


 突如投げかけられたマージェリーの言葉に、シャロンが怪訝な表情を浮かべる。

 ゆっくりと階段を下りてくるマージェリーの動きは、無敵の城塞の深淵へと踏み込む彼女の姿は、しかし全く怖れを知らない。


「大好きな先生に最後のお祈りを捧げる時間だってくれてやったし、後で地獄に追って来る先生へ言い訳が立つよう、わざわざ一人で来てやったんだから」


「………………」


 びき、とシャロンのこめかみに血管が浮き出る。


 さっと腕を振り上げると、あちこちから聖歌隊の息を吸う音が無数に聞こえた。


「本当に、本当に本当に本当に……口の減らない雌豚ですこと。ならば腐臭にも似たその不遜、穢れた泥の身の内まで、微に入り細を穿ち磨り潰して差し上げましょう」


 素早く正確に、シャロンが掲げた腕を振り下ろす。


「陽光礼賛歌第十四番『仮令たとい、死の砂漠を歩むとも』、斉唱!」


「――――――――。――――――――」


 聖歌は響き、魔力が満ちる。


 旋律と共に無数の炎が辺りへと拡がり、次々に生まれる巨大な火柱がマージェリーへと迫る。


 其は、灰も残さぬ試練と裁き。


「歩め歩め、死の砂漠を! 敬虔なる者には心地良い草原も、罪深きやからにはがたほむらの砂漠となりましょう!」


 しかしそれでも、マージェリーの目は変わらない。


 ほんの瞬きほどの速度で、彼女は淀みなく魔力を指先へと集めた。


 高速詠唱のきんと硬い音が、唇から鳴る。


「――・――。あらゆる不義と不届きへ、水星メルクリウスの瞬きを」


 一閃。一条の青い閃光がマージェリーの指先から解き放たれ、鋭く大気を裂いて進む。マージェリーへと迫っていた火の海や火柱は立ちどころに穿たれ、一拍置いて両断され、雲散霧消し塵へとかえる。


 其は、あらゆる罪と不敬を裁く水星メルクリウスはさみ


「――なっ」


 ばつん。


 何かが断ち切れる音が、シャロンの耳に入る。


 ――莫迦な。何故、どうして魔術が……。


 ぶしゅ、と音を立てて、温かい何かが手を伝う。


 それが何か。そう疑問に感じたシャロンが視線を手の方へとゆっくり移し……そして自分の手が二つに裂かれているのを認めるまで、時間は掛からなかった。


 ひゅ、と壊れた楽器の様な音が、シャロンの喉から漏れ出る。


「――あ。あ、あ、あ……ああああっ! 痛いッ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいいぃいッッッ!!!!」


 傷を認めて伝わるは、狂わしいほどに激甚げきじんたる罪の痛み。


 全くの予想外であった一撃に、シャロンは絶叫してのたうち回った。まるで赦しを求める様な、救いを乞う様な悲痛な叫びが広間に木霊する。


 それは同時に、裁かれるべき対象がマージェリーからシャロンへと移ったことをはっきりと示していた。


 シャロンの神殿術式は、もはやマージェリーへは通じない。


 聖歌隊の歌によってシャロンの傷は癒されていたが、既に形勢が大きく逆転していることは自明であった。


「……やっぱりね。蓋を開ければ何てことない、チンケな術式。流石は引きこもり、井の中のかわずは大海を知らないわ」


 ぴたりと、マージェリーが聖歌隊のいる方を指さす。


 先程まで青色であった魔力の色は黄色へと変化して、扱う属性が変化したことを示していた。


「仰げば居並いならぶ星のみや。乙女の住まうはむつの宮。しちの宮よりはかり持ち、汝の咎は量られる。

『されど罪は甘く香り、汝の渇きは枷とろう』。

 かろきはし、重きはし。金の明星あけぼし瞬く時、遍く罪は照らされる――!」


 其は、遍く罪を暴き出す金星の秤。


 マージェリーの指した方角を中心として、閃光が辺りを包む。光に包まれた聖歌隊の隊員達は、悲鳴の一つも上げずに次々と倒れていった。


 だが悲鳴など、彼ら彼女らが上げる筈も無い。その表情はみな穏やかで、苦悶や悲痛などどこにもありはしないのだから。


 その閃光が発せられて、シャロン以外の聖歌隊員の全てが倒れるまで、僅か二十秒ほどの出来事であった。


 そこで初めて、シャロンの全身を凍てつく様な恐怖が貫く。


「祝福術式……! 構想としては洗礼口上キリエ・エレイソンに近い、自然魔術と降霊魔術の複合型ですか……!」


「解説どうも。アタシに殺意を抱いた魔術師の魂へ不殺の戒律を刻んで、強制的に戦闘不能にする術式よ。

 祝福術式これは嫌いなんだけど、中々良いでしょう?」


 ――そっ、きょう……?


「莫迦な……貴女の使う言葉は全て把握した筈なのに……! 一節読めない言葉がある、これは一体……!」


「あら。アタシが一体、愛しい先生から聞かされていないのかしら?」


 マージェリー・ミケルセンの同行者。それが誰であったかを、当然シャロンが知らぬ筈も無い。


 彼女の名を知らぬ者など、この世界には居はしまい。


「……魔王。ノエル・【ノワール】・アストライア……!」


「そ。魔族の言葉までは知らないでしょうし、? ユークリッドが目指すのは。魔女を赦す為には、己が邪悪と断じた要素は一滴たりとも含めないものね」


 りん、とマージェリーの周囲の空気が張り詰める。


「決めるわよ、勝負を」


 それまでとは全く比べ物にならない程の莫大な魔力が、マージェリーの全身から迸る。それはフリーデとの戦いで見せた心象結界術式と妖精女王の息吹イル・レシプロ・デッラ・ティターニアを除けば、これほどの量は今までに見せた事が無い。


 文字通りの全力稼働。纏った魔力は六枚の花弁となり、明確な形を伴って背後に現れた。


「――目覚めよ、金星の乙女わたしは天秤と正義を司る花嫁。冠をいただ松明たいまつを掲げる乙女。今ここに、純潔の証明を開始する!」


 ――第六属性ニュンフス……金星ウェヌスの権能ですか!


 魔力障壁を複数展開し、シャロンが一滴冷や汗を流す。


 第六属性ニュンフス


 司る惑星は金星。象徴は冠と松明と天秤。そして純潔を示す乙女座の力を得るものでもある。そしてマージェリーの属性の中で最も強いのが、この第六属性である。


 惑星術式とは、自然魔術における最高等魔術の一つであり、加護を受ける惑星の権能を用いて世界に干渉する宇宙の力。


 火や水といった地球由来の事象とは一線を画す力を発揮するが、格子する為には莫大な魔力と幾つかの誓約を用意する必要がある。


 穢れなき純潔であること。金星の加護を得る為に、マージェリーの用意した誓約は一つだけである。


 ただ一つ。されどその誓約は何物にも勝る無類の強さを発揮する。


「わたしは男を知らず、不義を知らず、淫らを知らず、悦を知らず、肉の快を知らない。わたしは祈り、歌い、学びはたらく乙女あなたの徒なり。歌は途切れず、誓いを忘れず、祈りを絶やさず、あなたを忘れず、あなたの教えでわたしは歌う――」


 証明が進むにつれ、彼女の背後にある花弁は一枚ずつ消えていく。花弁が消える度にマージェリーの魔力は更に上がっていき、大気は鳴動を開始する。


「この……メスブタがぁああああっっ!」


 シャロンが両手を拡げると、光の短刀が瞬時に無数にマージェリーを囲んだ。


 戦闘において、術式が高等である必要は実のところ薄い。単純な術式であっても、先に相手へ当てて屠ることができればそれで充分。むしろ発動の速い単純なものほど戦闘向きであると言える。


 ……尤も、それは通常であれば、の話だが。


「散在する星の欠片かけ。息吹・微笑み・視線・指先。祝福せよ。征伐せよ。あらゆる奇蹟とあらゆる災禍さいかを、あますことなく示してあばけ。涙と歓喜、赦しと罰、滅びと芽吹きは其処そこと知れ――!」


 十重二十重にマージェリーを囲んだ短刀が、一斉に襲撃を開始する。それと同時に彼女の背後にあった、最後の花弁の一枚は消えた。


 花の全てが散った瞬間、それまで辺りに満ちていた彼女の魔力はぱたりと消えた。


 世界は一瞬、静寂に満たされる。


証明完了Quod Erat Demonstrandumうたえ、清くまばゆ乙女わたしの心を」


 ゆっくりと、マージェリーの唇が動く。


「――【偽・聖罰神霆槍ランツァ・ディ・プレギレーラ】」


 其は、祈りと誅罰を司る神のいかずち


 広間全てを呑み込むほどの巨大な金色こんじきの槍が、シャロンへと向けて解き放たれる。彼女を囲んでいた短刀は瞬く間に全て燃え尽き、その矛先はシャロンの展開する障壁へと衝突する。


「ぐぅ……! あ、ああぁっっ……!」


 矛先がぶつかる端から、シャロンの障壁は次々と割れていく。


 どれだけ彼女が魔力を込めたところで、この槍を止められはしない。


 偽・聖罰神霆槍ランツァ・ディ・プレギレーラ。金星の権能を最大まで解放させ、敵と定めたあらゆる者を貫きし飛ばす乙女の槍。


 本来の聖罰神霆槍は、水星・火星・金星の権能をそれぞれ最大稼働させて、一流の聖歌隊が二百人掛かりで放つ術式である。


 それを金星の権能だけで、一人で撃てるまでに簡略化させたのがこの偽・聖罰神霆槍ランツァ・ディ・プレギレーラである。


「こんなものォ……! 私の全霊の神殿術式でッ! 粉々に打ち砕いてみせましょう!」


 広間の中に残った魔力を、シャロンがありったけ自分の中へと取り込む。全身の回路がはち切れそうな痛みを感じながら、彼女は渾身の力を込めて魔力を外部へと出力し始めた。


 稲妻が走るほどの濃密な魔力が迸り、巨大な魔力障壁が次々に縦に並んで現れる。障壁の列は次第にマージェリーの偽・聖罰神霆槍ランツァ・ディ・プレギレーラを堰き止め、徐々に押し戻し始めた。


 術式の強さは、込めた魔力の多寡だけで全て決まるほど単純なものではない。相性の問題や設定した誓約の達成難度、発動の速度や魔力の消費効率、術式を行使する環境フィールドなど条件は多岐に渡る。


 常人の三倍の魔力をぎ込み、純潔にまつわる誓約を六つ達成し、「光に満ちた広間」という環境で放つ偽・聖罰神霆槍ランツァ・ディ・プレギレーラは、個人の行使できる術式の中でも相当強い部類に入る。個人が防ぎ切る事はまず不可能であろう。


 しかし、何事にも例外は存在する。


 魔力の多寡が桁外れな規模スケールであったならば。個人の持ち得ない量の魔力で防御したならば、話は全く別となる。


 この神殿を構築する為に、シャロンは七十個のグローム鉱石を使っている。例え術式そのものを無効化できなくなっても、リソースとして蓄えた魔力そのものは大きな武器として行使することができた。

 

「けははははっ! 優秀とは云え所詮は個の力! 所詮で有頂天になったことが災いしましたねぇ雌豚! このまま挽肉になるまで磨り潰して――」


「――今よ姉さま! !」


 鋭く強く、マージェリーが叫ぶ。


 次の瞬間、ばつんと大きな音を立てて、広間の景色は紅く染まった。それまで偽・聖罰神霆槍ランツァ・ディ・プレギレーラを押し戻していた障壁の列は一瞬にして消失し、はち切れそうな程シャロンの身体を満たしていた魔力は消えた。


「え――」


 唐突な異変に、シャロンの意識はすぐに対応できない。


 無防備な彼女の全身を、祈りと誅罰を司る神のいかずちが呑み込んだ。

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