プロローグ 醜い嫉妬で身を滅ぼした皇后

武即天の前半生は可哀想な人生であった。

彼女は若い時に年老いた唐の二代皇帝太宗の気紛れで側室にされ、その後後宮で無為に過ごさなければならなかった。しかも太宗の死去によって若いうちから出家させられ、俗世間との関係を断たされてしまった。彼女の幸運は太宗の子、李治によってもたらされた。李治は男子であるが、皇帝の皇子でもあるので幼少の頃は自由に後宮に出入りすることができた。

彼は、その時父の側室である武才人に初恋をした。父の側室に対する少年の淡い恋。

気の弱く何人目かの皇子李治は当時皇太子ではなく、その他大勢の皇子の一人に過ぎなかった。

従ってこのエピソードは、ほほえましい話としてちょっとした話題となっていた。

後に李治は、御し易いていう理由で三代皇帝となった。

長孫無忌は、妹の産んだ

皇子のなかでしっかりとした長男の李泰を退けて、意思薄弱な次男の李治を皇太子に推した。

彼は、皇帝を傀儡にして操り自分の意のままに権勢をふるうことを目論んでいた。

李治は、父太宗の死去によって高宗となった。そして彼も父と同じように多くの妃をもった。しかし彼は愛情恋愛にひどい偏りがあった。

皇帝高宗の愛情は蕭淑妃一人に注がれ、それに王皇后は危機感を抱いていた。自分には子がなく、しかし蕭淑妃には優秀な息子がいた。自分が推薦して皇太子

とした皇太子が廃され蕭淑妃の皇子が皇太子になるようなことになれば自分も皇后を廃されるかもしれない。

彼女は、いささかヒステリックになっていた。

蕭淑妃だけに傾いている愛情を分散させなければならない。

いろいろ考えるが、いい方法は浮かばない。

焦っている彼女に、高祖の頃から後宮に仕えている柳という浅はかな老婆が王皇后に耳元で囁いた。


「お上の心を強く惹きつけている女性がいます」


「私の知っている女か?」


と王皇后は訊いた。自分が、知っている女が好ましい。


「この間先帝の命日のおりお上は安業の寺に参詣なされました」


貞観二十三年五月、太宗が死んだ後長安の安業里にあった済度をともらうためであるのはいうまでもない。


そして太宗の命日に皇帝は、その寺に参詣することになっていた。

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