第9話

 綾子はハンドバックから、顧客リストを取り出した。さ行の客を捜す。


 あった。


『佐久間敬一郎。相模化工勤務』


……相模化工? 奥村と同じ会社?……


 八年前に契約を取った客だが、どんな男か思い出せない。


「あなた……」再び、受話器に向かって話しかけた。「探偵さんがうちに来たのはいつの事?」

『二十分程前だが…』

「そうじゃなくて、今日初めて来たの?」

『そうだが』


……じゃあ、あの男はいったい誰? 犯人と同じ名前のあの男は……?


 震える手で電話を切り、綾子は車から降りた。

 このまま、車を出して家に逃げ帰りたい気分だが、あいにく綾子は運転ができない。

 恐怖を押し殺しつつ、綾子は佐久間の入っていった玄関に向かった


「なに……これ?」


 表札には奥村ではなく、佐久間と書かれていた。


 ベルを鳴らす。

 誰も出ない。

 もう一度押す。

 まったく、反応がなかった。

 扉に手を掛けると、ノブはあっさりと回り、外側へと開く。

 綾子は、家の中に踏み込んだ。


「佐久間さん! どこですか!!」


 家の中は静まり返っていた。

 昼間だというのに中は薄暗い。

 靴を脱ぎ、家に上がる。

 廊下の両側に扉が三つずつ並んでいた。

 右側の一番手前の扉を開ける。

 リビングルームのようだ。

 大きなテレビの上に写真立てがある。

 黒ネコを抱いた中学生くらいの少年が、両親と一緒に映っていた。

 少年の顔には、どこか探偵の佐久間の面影がある。


……と言う事は、ここは佐久間さんの家? でも、八年前にあんなハンサムから契約を取ったかしら? そもそも、相模化工にあんな人いたっけ?……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る