第6話

 ピピ!


 その翌朝、綾子はメールの着信音で起こされた。

 身を起こした途端に頭痛を覚える。二日酔いのせいだ。

 横を見るといつも隣で眠っている息子がいない。

 昨日、義母に息子を連れて行かれたのを思い出した。

 その後、やけ酒をくらって眠ってしまったのだが……


「いったいなによ?」


 綾子は、おもむろにメールを開いた。


〈金返せ!?〉


「クソったれ!?」


 結婚以来、口にした事のない汚い単語を叫びながら、携帯をクッションの上に叩き付ける。

 直後に着メロが鳴り響いた。


「なんなのよ!? いったい!?」


 相手も確かめずに、怒鳴りつける。


『どうしました?』


 佐久間の声だった。


「あ……ご……ごめんなさい。例のメールの相手かと思って……」

『そうですか。それより、メールの相手が分かりました』

「本当ですか!!」

『ええ。相手は奥村おくむら 恭一きょういちという男です。昨日、頂いたリストの中にもいましたよ。覚えがありませんか?』

「聞いたような名前ですけど……しかし、随分早く分かりましたね」

『相手の番号が分かっているので、特定するのは難しくなかったですよ』

「でも、そんなに簡単に見つかるなら、なんで警察は今まで……」

『奥さん、警察が本気で捜していると思いますか?』

「確かに……」


 ここ数年の警察の不祥事を考えれば、警察に期待する方が間違っている。


『それより奥さん。これから二人で奴の所へ行ってみませんか?』

「私もですか?」

『心配ありません。安全は僕が保証します。相手だってヤクザじゃないし、危険はありません。それより、このまま相手を訴えても、起訴するのは難しいと思いますよ』

「どうしてです? わたしは散々苦しめられたんですよ」

『ええ、しかし、相手はただメールを送っただけですので、これを有罪にするのは難しいんですよ。ですから、これから直接奴に会って、止めるように説得してみてはどうでしょう』

「そんな生ぬるい! そんな事ぐらいで止めるような相手ですか!! それに、ストーカー対策の法律だってあるんでしょ? それを適用すれば……」

『奥さん。こう言ってはなんですけど、保険の外交員をやってた頃、かなり強引な勧誘をやってましたね。犯人はその事を根に持っているんですよ。ですから、もし裁判になれば、その事が明るみになって、旦那様やお姑さんの耳に……』

「う……」


 それは困る。

 仕事のためにやったとは言え、あの事が夫や義母に知れたら……

 それでなくても、息子への虐待がばれた今、そんな事まで知られたら確実に離婚される。

 恐らく、裁判所は綾子の親権を認めないだろうし、下手をすれば慰謝料も出なくなる。


「わ……分かりましたわ。会ってみます。でも、本当に危険はないでしょうね?」

『ええ、奥さんには指一本触れさせません』


 佐久間はその後、何時に迎えに行くかを告げて電話を切った。

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