プロローグ 5

 まさかこの短時間で、ここまで追い詰めてくるとは、

「面白い」

 余は思わず言葉をこぼす。魔物たちは静まり返り、余に次々と視線を送り始めた。

 それが余の本心であった。玉座からすっくと立ち上がる。

「もうよい大臣、今更慌てても仕方あるまい」

「我が君……」

 勇者との一騎打ち。これが魔王の宿命というものなのか。宿命が本当であるにしろ、偽りであるにしろ、余はそれに立ち向かう。全身から決意を滲み出したかのような瘴気が沸き起こる。

「やはりこうでなければ。正邪決戦というものは」

「しかし、もし我が君に何かありましたら、我々魔族は滅びますぞ」

「その時はその時だ。決戦というもの勝者が全てを得て、敗者が全てを失う。そのようなものだろう?」

 余は腰に帯びていた魔剣を抜き、高らかに掲げる。

「余の治世が始まり約百年、ついに神々は邪悪なる我らを討とうと勇者を遣わした! 悪は必ず滅せられるというのが、この世の掟であるのかもしれない。しかし、余は余の道を行く。決して臆することなくな。お前たちも余の部下、いや悪を象徴するべき魔物ならば、余について参れ。よいな!」

「おお!」

 魔物たちの拳も高らかに掲げられた。再び士気を取り戻した魔物たちは、意気揚々とそれぞれの武器を構える。大臣たちも武器を取った。

 こうしてこちらの準備は整った。余は剣を少し振って感触を取り戻したのち、正面の扉に向けて身構える。

 そしてその扉が、今開いた。

 出てきたのは、紛れもなく人間だった。確かに鎧兜はなく、耐火性も何もなさそうなただの布地の服を着ているだけ。手には木の剣を握りしめるその顔は、勇ましさのかけらもないような男の顔立ちだった。

 もっと厳つい顔かと思っていたばかりに、想像の斜め上を突かれた。こんな奴がこの魔王城を席巻している奴なのか?

 しかしここまでたどり着いたことは事実だ。彼が勇者であるのなら、私がそれを倒すのみ。

 余は奴に、余の全てを込め、言葉をぶつける。

「よくきたな勇者よ。ここまで来た事は褒めてやろう。しかしそれもここまでだ。この世界を統べる魔王、この私の力を……」

 そう言いかけた時、胸に剣が突き刺さる感覚を覚えた。

 気がつけば勇者が、木の剣で余の心臓を貫いていた。想像以上の、素早さだった。

「どうして……。どうしてだ貴様……」

 余は倒れる。そして余の体が足元から徐々に消え始める。どうやら勝負は決してしまったようだ。しかし奴は平然と、

「魔王であってるよな?」

と聞き返すような始末だ。

 奴は、やはり強かった。見かけによらず、攻撃力も俊敏性も私とは段違いだった。まるで何百回、何千回と魔物との戦いを経験したかのような手練れだったのだ。

 周りの部下たちは何が起こったのかがわからず呆然としていたが、私の惨状を把握し、憤りにかられた。

「貴様、よくも魔王様を! かかれ!」

 大臣の一言を合図に、魔王の間中心の勇者に大挙して襲いかかった。

 勇者にとっては多勢に無勢。しかし奴は微塵も動揺しなかった。

「スキップ」

 ……奴がそう言い放った次の瞬間、魔物全員が死んでいた。

 おかしなことを言っているかもしれないが、これが余の目の前で起こった出来事だった。

 勇者は朽ちていく魔物たちを見つめていたが、やがて視線を余のもとに戻した。その目は多少なりとも、哀れんでいた。

「ごめんな。あまりにも呆気なかったかもしれないけど、俺レベル99でカンストしてるから仕方がないよ。確実に倒して、早く帰りたいからね」

 レベル? などとは意味がわからなかったが、とにかくこの世界における最強であるということなのだろう。

 余の体が上半身を残すのみとなった。自身が滅びる敗北を味わったというのに、未練はなかった。圧倒的な力を見せつけられた後というのは、このようになるものなのか。

「……神も意地悪なものだな。まさかこんな強い奴を遣わしてくるとはな……」

 余の黄昏。しかしその言葉を、勇者は首を振って否定した。

「いや、そんなことはない。俺、二時間前は召喚されたての最弱だったし。ほら、この格好が証拠」

「では、なぜ……?」

 その理由を問おうとしたところで、体がすっかり消える感触とともに、意識を失った。

 奴は、一体何者だったのだろう? それになんだ、あの「スキップ」と言う呪文は……?

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