プロローグ 4

「勇者はまだ捕まらんのか!?」

 時間的にもそろそろ生け捕りにして、ここに引っ立てることが余裕でできる時間だ。「初期装備」の勇者に、そこまで手こずるものだろうか? ついつい魔王とあろうものが、焦りを言葉に出してしまったのは情けない。

「申し上げます!」

 そう言って魔王の間に入ってきたのは、報告役のゴブリン。

 その姿を見て、余の邪悪な細長い瞳が特徴の目が、大きく見開かざるを得なかった。

「勇者によって、我々が圧倒的に劣勢です! 至急、増援をお願いします!」

 そう言うゴブリンは、見るからに満身創痍だった。

 最下級の魔物のゴブリンとはいえ、勇者の木の剣ごときで、ここまでの深手を負わせるものなのか?

 ゴブリンのその姿のおかげで、魔王の間の魔物たちに動揺が広がる。隣の大臣でさえも、

「木の剣が武器という報告は、誤報なのかもしれませんな……」

と弱音を吐く始末だ。しかしゴブリンはそれを大きく否定した。

「いえ、間違いなく木の剣でした。あの形や感触は、間違いなく木製です」

 その報告に、大臣はなおさら青ざめる。

「なぜだ。なぜ初期装備がそんなに強いのだ!?」

「私にもさっぱり……。それだけではなく、勇者の身につけているものは、近くで見れば完全に布製で、甲冑をつけている様子もありませんでした」

「完全に武器も布も、初期装備だというわけか。おそらく召喚直後だということはもはや明確だぞ」

「なぜか、奴は、強いのです。もはやその服が布製なのかも確かめることもできませんでした。奴の間合いに入ることができず、傷一つ付けられないので……」

 勇者の強さに、余を除いた全員が意気消沈してしまった。全く、いざという時の頼りなさが目に見え、余も思わずため息が出てしまった。先程の勢いは、もはやない。

 とここで、後ろから、重苦しい鎧が歩く音がした。

「揃いも揃って情けない。魔王様のお側にありながら、お主らは恥ずかしくないのか」

 出てきたのは親衛隊長、鋼鉄の魔人のバイバルスであった。鎧に全身を包んだその穴から、邪悪な眼光が浮かび上がっている。誰もがおののくその姿は、まさに余に続いて最強と言われる威厳そのものを感じさせた。

「魔王様、初期装備の勇者ごとき、一捻りにしてご覧に入れます。この久方ぶりの出陣のために、日々鍛錬を重ねておりました。どうか御下知を」

 バイバルスは畏まりながら跪く。場の動揺を収めた奴だ、とやかく言うまい。

「任せる。行って参れ」

「承知!」

 バイバルスは重々しい足音を響かせながら、奴にしては意気揚々と出陣していった。

 これで勇者の運も尽きただろう。かつて王国軍十個師団をたった一人で壊滅に追いやったバイバルスのことだ。彼の魔斧から繰り出される強靭な一撃は、必死に自身の得物で受け止めた者ですら余裕で断ち切るほどだ。うまくかわせたとしても、その衝撃波の凄まじさをもろに浴びて戦いにならなくなるだろう。

「報告!」

 ほら、早速報告のゴブリンが現れた。どうやら決着は素早くついたみたいだな。

「バイバルス親衛隊長が、お討ち死に!」

「なっ!」

 衝撃の報告に、余も思わず口から感情が漏れ出た。

 一度相対した相手は、まず彼から出る瘴気を吸う時点で戦意を喪失する程の、あのバイバルスが、やられただと? しかもこの短時間で……。

「勇者はバイバルス隊長を一撃で……。もうこの魔王様の間に来ます!」

「ばかな! この魔王城は十五階層もあるのだぞ! 一体どんな速さだ……」

 先程と同じ喧騒が魔王の間を支配する。いや、先程よりも一層大きな喧騒であった。

 余もようやく悟った。今我々は、窮地に立たされているのだと。

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