第5話 孤独な怪物 5

「はぁ……はぁ……」


 満身創痍ながらも少女は走る。その美しい金髪を振り乱しながら懸命に走った。


 暗い森の中、松明の灯だけが頼りだった。既に随分と走ったはずであるが……


「はっ……!」


 遠くに……いや、かなり近くに松明の灯が見える。


 既にここまで……少女は悔しそうに唇をかみ締める。


「こ、こんな所で……わ、私は……」


 しかし、少女はもはや歩くことも叶わなかった。少女の体に不釣合いな大きな鎧がさらに少女の歩行を困難にしている。


「う、うぅ……」


 ここで、私は死ぬのか? いや、こんな所では死ねない。私には使命があるのだから。


 少女は渾身の力を込めてもう一度立ち上がった。後どれほど進めば安全が約束されるのかは知らないが、とにかく、逃げなければ……


「いたぞ!」


 と、背後で大声がする。


「ここだ! ここにいる! 殺せ!」


 野蛮な大声が聞こえる。少女は足の痛みも疲労も忘れて走り出した。


 背後からは大勢の人間の足音が聞こえる。少女は手近な場所に岩陰あるのを見つけた。


 その後ろに急いで身を隠す。


「おい! ここにいるんじゃなかったのか!?」


「い、いや……確かにここらへんにいたはずなんだが……」


 男たちの声が聞こえる。


 足音からするに何十人もの大人数だ。おそらく、見付かれば確実に私は殺される。


 少女は息を殺し、なんとか男たちがその場を離れてくれるのを待った。


「ふむ……そこらへんに隠れているんじゃないか? アイツは女だ。背格好も小さいから隠れやすい。しばらくそこらへんを捜索してみよう」


 ……不味い。このままでは確実に遅かれ早かれ見付かってしまう。


 少女はゴクリと生唾を飲み、そこから離れようとたちあ上がる。しかし――


「痛っ……!」


 足に激痛が走る。瞬間、小さな悲鳴とともに物音を立ててしまった。


「……そこだな」


 いやらしい笑い声とともに男が少女に近付いてくる。


「おい、『聖女騎士団長』、リーナ・フォン・ルーネイド! 出て来い!」


 もはやここまで、と少女はゆっくりと男たちの前に姿を表した。


「……くっ」


「へへへ。堪忍しろよ。隊長殿。てめぇ、よくも今まで散々俺達の仲間を殺してくれたな。てめぇ、さえ殺せば、騎士団の残りは雑魚ばかり。おまけに、お前の首を持って買えれば、キリシマ様にも喜んでもらえて、俺の人生も安泰ってわけだ」


「き、貴様! それでも、ヴァレンシュタイン王国の男か! こ、このままではヴァレンシュタイン王国も……この世界も……」


「全部滅びる、っていいたのか?」


 リーナと呼ばれた少女は驚いた顔で男を見る。


「そんなことはわかってんだよ。俺たちはキリシマ様『側』の人間だからな。だがよ、お前を殺せば、少なくとも世界が滅亡するまでは苦労しないで暮らせるだろ?」


 そういって哂う男。周りの何人かもせせら笑っている。


「そ、そんな……こ、この外道!」


「へっ! なんとでも言えよ。どういおうと、お前はここで死ぬんだからよ! さぁ! せめて、同じ、元、国民同士、人思いにやってやるぜ!」


 そういって男が剣を引き抜き、そのまま振り上げる。少女の頭には様々な思いがよぎった。


 故郷のこと、友のこと。そして……自分は死ぬわけにはいかない。けれど、体は言うことを利いてくれなかった。


「くっ……」


 少女が死を覚悟した、その時だった。


「お、おい! あれ!」


 男の仲間に一人が大声を出した。目の前の男も気を取られて剣を止める。


「どうした?」


「あ、あぁ……う、うわぁぁぁ!」


 そういって一人が逃げ出す。すると、その直後、他の者達も蜘蛛の子を散らしたように逃げ出していったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る