【平安京の伝説】

 正直、私は歴史に強くない。

 中間や期末のテストでそこそこの点数を取るための教科書中心の勉強は一応しているが、基本的に好きとか特定の時代に興味があるわけでもない。

 三国川教授の手紙にあった平安京についてももちろん名称は小学生の頃から知ってはいても、特徴は? と例えば聞かれて幾つか即答できるほど記憶に刻まれてもいない。

 けれど今はとにかく与えられた2つのキーワードである[九条松埜家くじょうまつのけ]と[平安京]についてを調べてみる気持ちにはなっている。

 

 それにしても我が家の松埜まつの姓は国内で極端に少なく苗字ランキングで調べてもかなり下の55000位以下となっている。

 その松埜の頭に九条が付く家があるというのはこれまで身内からも聞いたことはなかった。

 とりあえずその点だけでも始業前に調べてみようかと、[九条松埜家くじょうまつのけ]で検索をしてみたが情報は1つも出て来なかった。

 ネットに出ていないということは、かつては存在していたが何らかの理由で絶えた?のだろうか。

 確かに古めかしい苗字の印象だ。

 もしかするとそういうことなのかもしれない。

  

「田端さん、ちょっといい?」

「ん? 何?」


 私は通路を挟んで左隣の田端裕美たばたひろみに声を掛けた。


「田端さんてネットに詳しいんでしょ? 聞きたいことがあるんだけど」

「詳しいというほどでもないけど・・・・どんなこと?」


 席は隣でも普段さほど親しくしているわけでもない私から唐突に問われ、彼女は少し戸惑う表情をした。

 ただ、ネットで動画やライブ配信をしているらしい彼女なら少なくとも今時めずらしくネット世界にうとい─というか深くは興味の無い─私よりは知識があるのではないかと思え、聞きたい点を口にした。


「あの、例えばある事を検索して情報がまったく出て来なかった場合、それはもう完全にどこをどう探しても調べようがない、情報はない、ということになるのかな?」

「はあ? そんなわけないでしょ、松埜さんググる信者? 万能だと思ってるの? ふふっ、面白いなぁ」

「え・・・・そういうわけじゃ・・・・」

「Twitterは? 情報募集してみた?」

「してないけど・・・・アカウントはあるけど大して利用してないし」

「あ~、じゃインスタは?」

「してない」

「え、松埜さんてそういう系なの? SNS苦手?」

「う~ん、正直あまり・・・・」


 別に悪いことをしているわけではないが、やはり今時の10代なら一般的にはかなり駆使しているらしいSNSを積極的には利用していない私は希少種に見られてしまうのかと、少し赤面な気分になった。

 けれどあまり興味が持てないのも事実かつ仕方のないことだ。

 やはり特殊な家の育ちということが関係しているのかもしれない。

 

「そっか~、なるほど。まあ別に強制じゃないしやらないとかやりたくない人もいるんだろうね。じゃ、私が調べてあげる。何を知りたいの?」

「え・・・・」

「先生が来ちゃうよ? 早く」

「う、うん・・・・」


 ここで迷った。

 九条松埜くじょうまつのという名を出していいものかどうか──

 

「どうするの?」

「あ、じゃあ──」

「名前かぁ、確かに珍しい苗字だね。ちょっと待って」

「うん」


 明らかに私のタップ速度とは違う素早い動きの彼女の指に驚きながら、私は無言で待った。


「う~ん、やっぱり九条松埜くじょうまつのじゃ出てこないね。ただの九条ならいろいろ出てくるけどね、九条大路とか平安京とか」

「平安京?!」


 その言葉に一瞬ドキリとする。


「うん・・・・あ、これは面白い。私こういう伝説みたいの好きなんだよね」

「え、何?」

「平安京の謎、ってやつ。巨大な人形、ヒトガタって読むのかな? 何か中心エリアに埋められてるとかって話が出てる。謎の神みたいな?」

「えっ!?」

「こういう話、何かワクワクするよね~・・・・あ、ごめん、脱線しちゃったね。九条松埜くじょうまつのについては後でまた違う探し方してみるからちょっと時間ちょうだい」

「あ、うん・・・・ありがとう」


 そう言ったところでちょうどチャイムが鳴り、同時に担任が教室に入って来た。

 起立、礼を身体が自動的にしながらも、私の頭の中はたった今、田端裕美の口から出た言葉でいっぱいになっていた。


 平安京──玄武、朱雀、青龍、白虎、東西南北を四神に守護された都。

 その都の中心に埋められた巨大な人形ヒトガタ

 謎の神?

 

(まさかそれが・・・・おどろし? 真中神まなかしん?)


 まだ何の根拠もないにも関わらず、勝手に動悸が高まってくる。

 何か──何か触れてはいけないものに指の先がほんの少し触れてしまったような、恐怖感の入り交じった形容し難い感情が内側から溢れてくる。


 もし、その人形ヒトガタが地域的な別名〈おどろし〉と呼ばれるものだったとして、それは我が家の〈おのろし様〉と関連づく点があるのだろうか── 

 脳裏をさまざまな思考が巡る。


 担任の朝礼の言葉など私の耳にはいっさい届いていなかった。




 

 

 

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