005_とある村にて少年と

「鳥」「橋」「おかしな可能性」で。


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 その少年は、彼といつもつるんでいる友達と先を争って村を貫く街道を駆ける。

 その石畳の道路を進み、もうじき橋に達しようと言うところで彼は耳に優しげな旋律を聴く。

 古い石組みの橋の袂で、木の碗を足元に置き、リュートを弾いている道下風の男がいた。

 少年はその楽師の前に止まり、まじまじと楽器を奏でる男の音に聞き入った。


(旅の楽士だ。)


 俺がそうだと思ったのは、ただ単にこの小さな村にリュートなど──草笛ならともかく、そもそも楽器など──を真昼間から奏でる村人など知らないからである。


(ああ、そういえば。この人腰に剣を佩いてる。もしかしてこの人、冒険者?)


 少年は考えるより先に、口を開いていた。


「お兄さん冒険者?」


 楽の音が止む。リュートが彼の肩から下ろされた。


「そうだと言ったら? 少年」


 金髪をなびかせ、楽士の冒険者は少年に語りかける。


「うおおおお! 冒険者! ねえねえ、今日はこの村に泊まって行くの!?」

「そうだよ。俺の仲間と共に一泊さ」

「ねえねえ、お兄さんの仲間は? どこにいるの?」

「酒場さ。仲間が喧しくて、この村の人たちの静かな生活を邪魔してなければいいのだけど」

「酒飲みは煩いか寝てるいるかのどちらかだよ! 近所のタッド爺さんは毎日酒場でお酒を飲んではテーブルに突っ伏して寝てるんだ!」

「へえ」

「村人がみんな酒飲みなんじゃないよ? 向かい隣のハンスさんは一滴もお酒を飲まないんだから」


 楽士の彼は白い歯を見せて微笑を少年に向ける。


「君はなんでも知ってるんだね」

「知らないよ? 冒険者のお兄さんのほうが詳しいんじゃないの? 俺、この村のことしか知らないし」


 楽士は両目を上に向け、暫し固まる。


(何しているんだ? この人)


 少年はそう思ったが、楽士がなにか言うのを待っていた。そして楽士の彼が口を開く。


「そうだね、村の中には君は一番詳しい。そうだ、俺がこの世界のこと、村の外の事を少し教えてあげよう。その代わりと言ってはなんだけど、君が最近『感動した出来事』を俺に教えてくれよ。リュートの伴奏に君に教えてもらった話を歌にして旅先で皆に聞いてもらうから」


 少年は両目を見開いた。


 気づけば太陽は西へ傾いていた。

 楽士の長い歌は終わる。


(ドキドキ)


 期待に否が応でも少年の胸は高まった。そう、今度は少年が楽士に『感動した出来事』を話す晩になったのだ。

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