003_どうか願いが叶いますように

「池」「金庫」「役に立たないメガネ」で「未設定」


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 春の日差しを受けて黄金色に輝く池──泉。

 幸運の泉。ここはそう呼ばれている場所だ。俺はメガネをかける。泉の中には鈍く光る黄金色の金貨が無数に見える。

 俺は周囲を見渡す。左、右、そしてもう一度左。


(よし、誰も見ていない)


 そうとなると早かった。

 俺は泉の水面に両手を突っ込み、泉の底にうず高く積みあがった金貨を掬う。


(あれ?)


 俺は掴んだ瞬間違和感に気づいた。

 俺が握った塊。確かに金色だ。だけど、脆くも薄く金が剥がれる。表面から一枚一枚、金が──いや、金色の何かがはがれた。


(雲母うんもだ)


 鉱物、石の親戚である。

 ちなみに金とは縁もゆかりもない。


 これはいただけない。

 幸運の泉。

 皆の、無数の人々の祈りと願いの形。

 それは、豊かさを与えない、偽りの伝説なのか。


(触るたびに金色の板が剥がれるだけ……)


 これはいただけない。

 それとも、他に意味があるのだろうか。


 気がつけば、俺は両目から涙を止め処なく流していた。


(子供や父さんを医者に見せてやりたい。なにより家族に美味しいご飯を食べさせてあげたい。毎日薄めた麦粥むぎでは、幾らなんでもやってられない)


 幸運の泉の伝説は嘘だったのかと、俺は肩を落とす。

 ここまで来るのに他人と出会わなかったのは皆、この泉が偽者である事を知っていたからだろうか。


 俺はメガネを外す。雲母は黄金色の金の塊にしか見えない。

 俺は急いで表面を擦る。


 しかし。

 黄金色の塊の表面が、脆くも崩れた。


(簡単に開く道など無い。今をしっかり生きて明日に繋がるように。この泉に皆が幸せを祈ったように、俺も祈る。俺だけの幸せではなく、皆の祈りが天に通じるように祈る)


 そうとも。幸運は誰にでも平等にやってくる。ただ、その姿や尻尾を見逃さないようにするのが難しいのだ。


 俺は泉を再び見る。

 反射する陽光。鈍い黄色の輝きが新たに見えた。


(なんだろう? また雲母か?)


 と、俺の右手はその黄金色の物体へ。

 触れる。今度は表面が崩れない。しかも──丸い! 


「金貨だ!」


 思わず俺は叫ぶ。

 俺は水の中から引き上げた右手の中の輝きを、ゆっくりと歯で噛んだ。

 崩れることの無い、柔らかな歯ざわり。


 金貨である。


「ああ、この金貨、本物か?」


(良かった。これで薬が買える)


 俺は低くしていた腰を戻し立ち上がる。

 幸運の泉はまだ輝いている。


(よかった。幸運の泉。伝説は本当だったんだ)


 と、俺が帰ろうと泉に後ろを向けたその瞬間。


「ツイてるぜぇ! お前、金貨を手に入れたんだってな!」


 刃の欠けた斧を持つ髭ずらの男。男は俺に対して無造作に斧を振り上げる。


(ああ、幸運は皆に平等なのか)


 頭に痛みが走り意識が遠のく中、俺は思った。


 幸運の泉が黄金色の光を放つ。

 ああ、この無頼ぶらいの大男にも幸運の女神は微笑むのだろうか。

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