第24話:シャルロットとレオン殿下3

 花瓶から手紙を受け取った私は、怪しまれないようにレオン殿下の部屋に戻り、何気ない顔で掃除を続けた。


 ポケットに入れた手紙だけは絶対に落とさないように何度も確認し、疲れ果てた体に鞭を打ち、メイドの仕事を終わらせていく。


 そして、慌ただしく過ごしている間に夜になり、食堂で夜ごはんを済ませると、急いでメイド寮の自室へと戻った。


 ここならソフィア以外はやってこないし、手紙に集中しても問題はない。


 ポケットから手紙を取り出した私は、震える手を抑えて、破らないように慎重に紙を広げる。


『親愛なるシャルロットへ』


 これは間違いなくレオン殿下の文字だ。懐かしい……。


 レオン殿下は書類を書く時、筆を力強く握り締め、時間をかけてサインする。油断すると可愛らしい丸文字になるのだが、彼のこういう癖を知っている人は少ない。


 家庭教師の先生と、教育に携わったナタリーとロジリー、そして、何度も手紙や交換日記でやり取りをした私くらいだと思う。


 男らしくない文字だと嫌がっていたけれど、彼もこんなところで役に立つとは思わなかっただろう。万が一気づかれた時、レオン殿下の文字ではないと判断され、すぐに捨てられていたはず。


 まだ婚約破棄からひと月も経っていないのに、こうして素のレオン殿下を感じられることが幸せに思う。常日頃からクールな人ではあるが、最近のレオン殿下は追い詰められているみたいで、ずっと気掛かりだった。


 親友のソフィアが近くにいてくれる私とは違い、彼は独りで耐え抜いているのだから。


 何より、手紙の内容が重い。


 予想通りというべきか、そこまで堕ちたかというべきか、国王様が人質に取られていることが書かれている。


 最初は国王様の治療もうまくいっていたのに、ある日を境に容態が悪化。その不自然な病と、ウォルトン家の余裕に疑問を抱いたそうだ。


 毒が盛られているのでは? と。


 最終的に、回復魔法を使うグレースに大きな負担がかかることを理由に婚約の話を持ち出してきたため、裏で糸を引いていることを確証したという。正当な理由で王妃の座に就き、国を乗っ取ろうとしているのだ。


 肝心の毒を使った痕跡は見つかっていないので、ウォルトン家に従わなければならないことが書かれている。


 う~ん、思っている以上に慎重に動くべき案件になりそうね。このことを公にするのは簡単でも、国王様を殺される可能性が高く、リスクが大きすぎるわ。


 内政だけならローズレイ家で支えられるけれど、戦争となれば話は変わるから。


 まだ若いレオン殿下に反発する人も増えたり、国王様の死を逆恨みしたりして、統率が取れなくなるだろう。さらに、魔法を得意とするウォルトン家が没落したら……、国は終わる。


 隣国と平和条約を結んでいても、絶好の機会を逃すとは思えない。レオン殿下も同じように考えたから、表向きはウォルトン家の話を受け入れたに違いない。


 適切な判断だったのかと聞かれれば、誰も何も言えないだろう。手紙の二枚目の内容を見たら、余計にそう思う。


「国王様だけではなかったのね……」


 レオン殿下が毒の形跡を探していたのは、自分も同じような体験をしているからだった。


 強い立ちくらみだったり、グレースが愛しく思えたり、強く欲情したりと、自分の身に起きたことが箇条書きでメモされている。


 文字が震える箇所があるのは、必死に抗い、私に伝えようとした影響だろう。婚約破棄する前から、ずっと苦しんでいたのだ。


 ロジリーが物を壊すようになったと言っていたのも、自分を抑えつけている証拠であり、グレースが不敵な笑みを浮かべるのも、理性を失ったレオン殿下が自分に堕ちるとわかっているから。


 国王様の毒はわからないが、レオン殿下の毒は媚薬で間違いない。……本当に実在するものなのかは、何とも言えれないけれど。


 私の知る限り、媚薬は古い絵本に出てくる空想の薬だ。販売されていると聞いたことがないし、作れるとも思えない。


 ローズレイ家の専門外だし、調べるには骨が折れそうね。


 そんなことを考えながら読み進めていくと、不意に衝撃的な言葉が目に飛び込んできた。


 ポタポタと流れ落ちる私の涙で、レオン殿下の文字がにじんでいく。


『すまない。彼女と一夜を共に過ごした。どうしてこうなってしまったのか、俺にも記憶はない』


 ティエール王国において、王位継承者が体を許すのは、妻になる者だけだとされている。


 レオン殿下がグレースに体を許してしまったのなら、それはもう……私は婚約者には戻れない、ということ表していた。

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